1 / 120
プロローグ 居場所を失った四天王
魔王の死
しおりを挟む
『人間族』と『魔族』。
この世界、ユースティアに生きる人々は、大きく分けてこの二つの種族に分かれる。
人間族の中でもエルフやドワーフなど、細分化するならば種族は多彩であるが、大分類として必ずどちらかに属している。
この二つの種族は遠い昔より互いを相容れぬ存在として忌み嫌い合い、領土や利権をめぐり血で血を洗う争いが絶えずにいた。
しかし近年、魔族を統べる王である『魔王』の代替わりをきっかけに、この世界は平穏を取り戻すことになる。
恐ろしく血の気が多かった先代魔王に対し、当代の魔王は超が付くほどの平和主義者であった。
新たな魔王が即位してからというもの、その並外れた力と政治手腕によって、確実に争いは減り続けていた。
そして、百年の時が経った今、両種族は安寧の日々を享受している。
誰もがこのまま平穏な日々を送り続けたいと願っただろう。
しかし、まるでこの世界のそのものが争いを望むかのように、事態は急転直下を迎える。
――――魔王の死。
百年もの年月をかけ、人間族と魔族間の橋渡しを続けた偉大な王の死は、両種族に大きな波紋を呼ぶ。
魔王の死を契機に、人々は再び争いの歴史を繰り返そうとしているのだった。
◇
魔族が暮らす国『サタノキア魔王国』。この国の中枢であり、魔王の居城たる魔王城で暮らす一人の青年がいた。
青年の名はアース。やや浅黒い肌に、黒髪に琥珀の瞳という、別段珍しくもない普遍的な容姿だ。
……ただ、それは人間族の範疇においては、という文言が付け加えられる。
魔物を起源とする魔族は、緑の肌色、角や翼などの身体的特徴を持つものが多い。そんななか、アースは何の特徴も持たない異色な容姿をしていた。
彼はサタノキアの王である魔王に次ぐ権力を持つ『魔王軍四天王』の一人であり、得意とする錬金術を用いて日夜魔族領のための研究に明け暮れていた。
まだ幼い頃、両親を亡くしたアースは路頭に迷っていたところを魔王に拾われる。後にその才覚を魔王に見出され、現在では四天王の一角を任されるほどに成長した。
平和をこよなく愛した魔王の統治により、争いのない世界を目の当たりにしてきたアースは、魔王の思想に同調し、その助けとなるべく日々身を粉にしながら尽くしてきた。
そんな日々の中、アースは突然、魔王の訃報を知らせる書状を受け取る。
それは、人間族が統治する世界最大の国家『ガンドルヴァ帝国』へ和平交渉の為に向かっていた魔王と、同伴していた王妃が会談中に暗殺されたという、にわかに信じがたい事件を知らせる書状であった。
「ば、馬鹿な!? そ、そんな……どうして……!?」
普段は口数も少なく冷静な性格であるアースも、この時ばかりは声を荒げる他なかった。
魔王夫妻はそれこそアースにとって親代わりのような存在であり、その能力を認めてくれて、若輩の身でありながら四天王に抜擢してくれた恩人でもある。
それ故に、アースの受けた衝撃は相当なものだった。
「――――落ち込んでばかりもいられない。このままだと徹底的な戦争に発展しかねないぞ……魔王様の望んだ平和な世界を守る為にも、俺がしっかりしなくては」
自国の王が殺害されて、黙っていられる国民は少なくないだろう。元来攻撃的な性格を持つ者が多い魔族なら尚更だ。
国民の怒りを放置すれば、間違いなく戦争が起きてしまう。できることなら事件に関して詳細な調査を行いたいところであったが、アースは魔王の遺志を継ぎ、今は争いを止めるべく動くことを決めた。
魔王亡き今、最大権力を持つ四天王の一人として、まずは戦争という最悪の事態を回避できるよう、悲しみをぐっと飲み込んで尽力することを心に誓う。
「――そうと決まればこうしてはいられない。都合良く今日は四天王が集まる定例会議があったな。そこで間違いなく暗殺の件について話合われるだろう」
この日はちょうど、月に一度の会議の日だった。普段は各地に散らばる四天王が一堂に会するのは珍しく、まさに絶好のタイミングだと言えるだろう。他の四天王も魔王の件は耳に入っているはずなので、まず議題にあがるのは間違いない。
「行きがけにこいつを納品しておくか」
アースは外套を羽織ったあと、作業台に置かれた数十本はあろうかという量の剣を、あっという間に紐で束ねた。そしてそれを片手で難なく持ち上げ、肩へと担ぎ上げる。
錬金術師として働いていたアースだったが、武具の修理や薬品の補充管理、城壁の補修などおおよそ四天王の仕事だとは思えないようなことも引き受け、休む暇もないほど奔走していたのだ。
アースは外套のフードを目深に被り、部屋を出る。
道中、訓練所の入り口付近に武具の束を置き、納品完了とする。そして、アースはまっすぐに会議が行われる王の間へと赴いた。
豪華な装飾が施された重厚な扉を開くと、会議用に設置された円卓の周りに三名の人影が見える。
他の四天王は既に着席しており、どうやらアースが一番最後に到着したようだ。普段ならここに魔王も加わるのだが、空席の玉座が改めてアースの哀愁を誘う。
「……ケッ! ノロマのアースがやっと来やがったか! ったく、グズグズしてんじゃねぇぞ!」
ガンッ、と円卓に手を叩きつけて、アースを威嚇するように目をギラつかせる男が、入室するなり声を荒げる。
その男は頭部にねじれた二本の大きな角を持ち、背中には竜の翼を持つ竜人族の巨漢で、炎を操ることから『獄炎の魔将』の二つ名で呼ばれる魔王軍四天王の一人、魔王軍陸軍部隊を率いる将軍、フレアルドその人だ。
「すまない、フレアルド。少し用事があってな……」
「ハッ! ――まァいい。全員揃ったし、会議を始めるぜ」
会議開始の予定時刻にはまだ少し時間はあったが、最後に入室したのは事実なので、アースは言い返すことはしなかった。
フレアルドはアースを小馬鹿にしたように、にやつきながらも会議の指揮を執る。
普段ならもう少し突っかかってくるのが常だが、さすがにこの状況ではそういったことはしないのだなと、この時アースは思っていた。
「あー、これはまだ四天王と一部の者にしか伝わっていねェことだが、先日魔王様が帝国の人間どもによって暗殺された。こいつァは許されることじゃねえ! 復讐だ! 帝国の連中に……いや、全ての人間族を相手に戦争を仕掛けてやろうぜ!!」
(……やはりそうなるか)
魔王暗殺の件は、混乱を避けるため現状周知はされていないようであったが、ずっと隠しとおすことは不可能だ。いずれ知れ渡るのも時間の問題だろう。
予想通りの展開に辟易しつつも、一旦他の四天王の意見を聞くためにアースは沈黙を続ける。
「儂は賛成じゃ。自国の王を殺されて黙っていることなどできん。魔族の誇りに傷をつけることになる」
いかにも老獪といった雰囲気で、鳥がそのまま二足歩行しているといった容姿が特徴の鳥人族の男、空軍部隊大将のガルダリィがフレアルドに賛同する。先代魔王の時代から四天王に君臨し続ける老将であることから、四天王の中でも特に強い発言力を持っている彼の発言は、この場においてかなり重い。
しかし、魔族としての誇りを重んじる性格であるので、アースはガルダリィがそう答えるであろうことは、なんとなく予想していた。
「あァ、そうだよなァ! ガルダリィのオッサン! ……ミストリカ、お前はどうだ?」
ガルダリィの賛同を得たことでどこか上機嫌なフレアルドが、四天王最後の一人であり、水のように透明な水色の髪が特徴の水妖族の女性、ミストリカへと問いかける。
彼女はもともと王妃の近衛兵であったが、才覚に優れており、どんどんと実力をつけ、現在は四天王の一人として海軍を率いている。
普段フレアルドがアースに対して強く当たるのを庇ってくれるような優しい性格であるので、戦争は反対派であるとアースは考えていた。
「……私も賛成よ」
「――っ! ミストリカ、本気なのか!?」
予想とは正反対のミストリカの答えに、アースは思わず語気を強めてその真意を問う。
「ええ、本気よアース。あなた王女様の様子を見た? 昨夜ぼろぼろの姿で魔王城へと帰ってきたのよ。それからずっと部屋に閉じこもったまま……今回後学のために魔王様達に随伴されたのだけど、一言も喋らないの。心を閉ざしてしまったみたい。おそらくは、目の前で……」
「――――っ」
アースは恩人である魔王夫妻が殺害されたのに気を取られすぎて、報告書に記載があったにも関わらず、数名の部下と共に命からがら帰国した王女の事まで気が回っていなかった。
まだ年端もいかない少女にとって、今回の事件が彼女の精神にどれだけの影響を与えのかは想像に難くない。
それと同時に、王妃の近衛兵を務めていたころ、王女とまるで姉妹のように仲が良かったミストリカにとって、今回の件は許容できるものではなかったのだと納得する。
「よォし、それじゃあ満場一致で帝国のクソ野郎共に宣戦布告する。それで決定だ」
「――なっ、待てフレアルド! 俺は反対だ! 確かに由々しき事態ではあるが、魔王様の遺志を尊重し、慎重に事を運ぶべきだ。戦争などしたところで何も得るものはない、命を無駄に散らすだけだ!」
フレアルドがさも自然に自分の意見を聞かずに話を進めるので、アースは慌てて口を挟んだ。
「魔王様亡き今、四天王の内誰か一人でも意見を違えた場合は議決とはならないはずだ。もう一度言う、俺は戦争を仕掛けるのは反対だ!」
魔王不在の今、この国の方針を決めるのはアース達四天王の役割だ。かつて魔王が定めた法律により、国の進退に関わるような大事を議論する場合、魔王が不在の場合においては四天王全員が賛成しなければ議決には至らない。
そのことから、アースの言い分はもっともだと言える。しかしフレアルドはそんなアースの発言を聞くと、笑いを押し殺し肩を小刻みに震わせた。
「……クックック」
「……? どうしたフレアルド。何がおかしい」
フレアルドは意味深な態度を見せるが、その真意はアースにはわからなかった。
「いやァ実はな、アース。今回もう一つ重大な問題があってなァ……」
「なんだと……?」
今回の件と同等以上の事態が起きているのであれば無視はできない。アースの頭の中で様々な可能性が巡る。
「あァ、今回の魔王様暗殺の件。どうやら魔族側から裏切り者がいるみたいだぜ……」
「なっ、本当か!? 一体誰が――」
フレアルドの口から告げられた言葉にアースは唖然とする。
このことが事実であれば魔王は同族によって殺されたも同然であり、最悪魔王国で内部分裂が起きる恐れさえあった。
「それはなァ、お前だよアース。お前が暗殺の手引きをしたとの報告がァ、上がってんだよ」
「――――なんだと?」
フレアルドの口から告げられたのは、アースにとってあまりに予想外なことだった。
この世界、ユースティアに生きる人々は、大きく分けてこの二つの種族に分かれる。
人間族の中でもエルフやドワーフなど、細分化するならば種族は多彩であるが、大分類として必ずどちらかに属している。
この二つの種族は遠い昔より互いを相容れぬ存在として忌み嫌い合い、領土や利権をめぐり血で血を洗う争いが絶えずにいた。
しかし近年、魔族を統べる王である『魔王』の代替わりをきっかけに、この世界は平穏を取り戻すことになる。
恐ろしく血の気が多かった先代魔王に対し、当代の魔王は超が付くほどの平和主義者であった。
新たな魔王が即位してからというもの、その並外れた力と政治手腕によって、確実に争いは減り続けていた。
そして、百年の時が経った今、両種族は安寧の日々を享受している。
誰もがこのまま平穏な日々を送り続けたいと願っただろう。
しかし、まるでこの世界のそのものが争いを望むかのように、事態は急転直下を迎える。
――――魔王の死。
百年もの年月をかけ、人間族と魔族間の橋渡しを続けた偉大な王の死は、両種族に大きな波紋を呼ぶ。
魔王の死を契機に、人々は再び争いの歴史を繰り返そうとしているのだった。
◇
魔族が暮らす国『サタノキア魔王国』。この国の中枢であり、魔王の居城たる魔王城で暮らす一人の青年がいた。
青年の名はアース。やや浅黒い肌に、黒髪に琥珀の瞳という、別段珍しくもない普遍的な容姿だ。
……ただ、それは人間族の範疇においては、という文言が付け加えられる。
魔物を起源とする魔族は、緑の肌色、角や翼などの身体的特徴を持つものが多い。そんななか、アースは何の特徴も持たない異色な容姿をしていた。
彼はサタノキアの王である魔王に次ぐ権力を持つ『魔王軍四天王』の一人であり、得意とする錬金術を用いて日夜魔族領のための研究に明け暮れていた。
まだ幼い頃、両親を亡くしたアースは路頭に迷っていたところを魔王に拾われる。後にその才覚を魔王に見出され、現在では四天王の一角を任されるほどに成長した。
平和をこよなく愛した魔王の統治により、争いのない世界を目の当たりにしてきたアースは、魔王の思想に同調し、その助けとなるべく日々身を粉にしながら尽くしてきた。
そんな日々の中、アースは突然、魔王の訃報を知らせる書状を受け取る。
それは、人間族が統治する世界最大の国家『ガンドルヴァ帝国』へ和平交渉の為に向かっていた魔王と、同伴していた王妃が会談中に暗殺されたという、にわかに信じがたい事件を知らせる書状であった。
「ば、馬鹿な!? そ、そんな……どうして……!?」
普段は口数も少なく冷静な性格であるアースも、この時ばかりは声を荒げる他なかった。
魔王夫妻はそれこそアースにとって親代わりのような存在であり、その能力を認めてくれて、若輩の身でありながら四天王に抜擢してくれた恩人でもある。
それ故に、アースの受けた衝撃は相当なものだった。
「――――落ち込んでばかりもいられない。このままだと徹底的な戦争に発展しかねないぞ……魔王様の望んだ平和な世界を守る為にも、俺がしっかりしなくては」
自国の王が殺害されて、黙っていられる国民は少なくないだろう。元来攻撃的な性格を持つ者が多い魔族なら尚更だ。
国民の怒りを放置すれば、間違いなく戦争が起きてしまう。できることなら事件に関して詳細な調査を行いたいところであったが、アースは魔王の遺志を継ぎ、今は争いを止めるべく動くことを決めた。
魔王亡き今、最大権力を持つ四天王の一人として、まずは戦争という最悪の事態を回避できるよう、悲しみをぐっと飲み込んで尽力することを心に誓う。
「――そうと決まればこうしてはいられない。都合良く今日は四天王が集まる定例会議があったな。そこで間違いなく暗殺の件について話合われるだろう」
この日はちょうど、月に一度の会議の日だった。普段は各地に散らばる四天王が一堂に会するのは珍しく、まさに絶好のタイミングだと言えるだろう。他の四天王も魔王の件は耳に入っているはずなので、まず議題にあがるのは間違いない。
「行きがけにこいつを納品しておくか」
アースは外套を羽織ったあと、作業台に置かれた数十本はあろうかという量の剣を、あっという間に紐で束ねた。そしてそれを片手で難なく持ち上げ、肩へと担ぎ上げる。
錬金術師として働いていたアースだったが、武具の修理や薬品の補充管理、城壁の補修などおおよそ四天王の仕事だとは思えないようなことも引き受け、休む暇もないほど奔走していたのだ。
アースは外套のフードを目深に被り、部屋を出る。
道中、訓練所の入り口付近に武具の束を置き、納品完了とする。そして、アースはまっすぐに会議が行われる王の間へと赴いた。
豪華な装飾が施された重厚な扉を開くと、会議用に設置された円卓の周りに三名の人影が見える。
他の四天王は既に着席しており、どうやらアースが一番最後に到着したようだ。普段ならここに魔王も加わるのだが、空席の玉座が改めてアースの哀愁を誘う。
「……ケッ! ノロマのアースがやっと来やがったか! ったく、グズグズしてんじゃねぇぞ!」
ガンッ、と円卓に手を叩きつけて、アースを威嚇するように目をギラつかせる男が、入室するなり声を荒げる。
その男は頭部にねじれた二本の大きな角を持ち、背中には竜の翼を持つ竜人族の巨漢で、炎を操ることから『獄炎の魔将』の二つ名で呼ばれる魔王軍四天王の一人、魔王軍陸軍部隊を率いる将軍、フレアルドその人だ。
「すまない、フレアルド。少し用事があってな……」
「ハッ! ――まァいい。全員揃ったし、会議を始めるぜ」
会議開始の予定時刻にはまだ少し時間はあったが、最後に入室したのは事実なので、アースは言い返すことはしなかった。
フレアルドはアースを小馬鹿にしたように、にやつきながらも会議の指揮を執る。
普段ならもう少し突っかかってくるのが常だが、さすがにこの状況ではそういったことはしないのだなと、この時アースは思っていた。
「あー、これはまだ四天王と一部の者にしか伝わっていねェことだが、先日魔王様が帝国の人間どもによって暗殺された。こいつァは許されることじゃねえ! 復讐だ! 帝国の連中に……いや、全ての人間族を相手に戦争を仕掛けてやろうぜ!!」
(……やはりそうなるか)
魔王暗殺の件は、混乱を避けるため現状周知はされていないようであったが、ずっと隠しとおすことは不可能だ。いずれ知れ渡るのも時間の問題だろう。
予想通りの展開に辟易しつつも、一旦他の四天王の意見を聞くためにアースは沈黙を続ける。
「儂は賛成じゃ。自国の王を殺されて黙っていることなどできん。魔族の誇りに傷をつけることになる」
いかにも老獪といった雰囲気で、鳥がそのまま二足歩行しているといった容姿が特徴の鳥人族の男、空軍部隊大将のガルダリィがフレアルドに賛同する。先代魔王の時代から四天王に君臨し続ける老将であることから、四天王の中でも特に強い発言力を持っている彼の発言は、この場においてかなり重い。
しかし、魔族としての誇りを重んじる性格であるので、アースはガルダリィがそう答えるであろうことは、なんとなく予想していた。
「あァ、そうだよなァ! ガルダリィのオッサン! ……ミストリカ、お前はどうだ?」
ガルダリィの賛同を得たことでどこか上機嫌なフレアルドが、四天王最後の一人であり、水のように透明な水色の髪が特徴の水妖族の女性、ミストリカへと問いかける。
彼女はもともと王妃の近衛兵であったが、才覚に優れており、どんどんと実力をつけ、現在は四天王の一人として海軍を率いている。
普段フレアルドがアースに対して強く当たるのを庇ってくれるような優しい性格であるので、戦争は反対派であるとアースは考えていた。
「……私も賛成よ」
「――っ! ミストリカ、本気なのか!?」
予想とは正反対のミストリカの答えに、アースは思わず語気を強めてその真意を問う。
「ええ、本気よアース。あなた王女様の様子を見た? 昨夜ぼろぼろの姿で魔王城へと帰ってきたのよ。それからずっと部屋に閉じこもったまま……今回後学のために魔王様達に随伴されたのだけど、一言も喋らないの。心を閉ざしてしまったみたい。おそらくは、目の前で……」
「――――っ」
アースは恩人である魔王夫妻が殺害されたのに気を取られすぎて、報告書に記載があったにも関わらず、数名の部下と共に命からがら帰国した王女の事まで気が回っていなかった。
まだ年端もいかない少女にとって、今回の事件が彼女の精神にどれだけの影響を与えのかは想像に難くない。
それと同時に、王妃の近衛兵を務めていたころ、王女とまるで姉妹のように仲が良かったミストリカにとって、今回の件は許容できるものではなかったのだと納得する。
「よォし、それじゃあ満場一致で帝国のクソ野郎共に宣戦布告する。それで決定だ」
「――なっ、待てフレアルド! 俺は反対だ! 確かに由々しき事態ではあるが、魔王様の遺志を尊重し、慎重に事を運ぶべきだ。戦争などしたところで何も得るものはない、命を無駄に散らすだけだ!」
フレアルドがさも自然に自分の意見を聞かずに話を進めるので、アースは慌てて口を挟んだ。
「魔王様亡き今、四天王の内誰か一人でも意見を違えた場合は議決とはならないはずだ。もう一度言う、俺は戦争を仕掛けるのは反対だ!」
魔王不在の今、この国の方針を決めるのはアース達四天王の役割だ。かつて魔王が定めた法律により、国の進退に関わるような大事を議論する場合、魔王が不在の場合においては四天王全員が賛成しなければ議決には至らない。
そのことから、アースの言い分はもっともだと言える。しかしフレアルドはそんなアースの発言を聞くと、笑いを押し殺し肩を小刻みに震わせた。
「……クックック」
「……? どうしたフレアルド。何がおかしい」
フレアルドは意味深な態度を見せるが、その真意はアースにはわからなかった。
「いやァ実はな、アース。今回もう一つ重大な問題があってなァ……」
「なんだと……?」
今回の件と同等以上の事態が起きているのであれば無視はできない。アースの頭の中で様々な可能性が巡る。
「あァ、今回の魔王様暗殺の件。どうやら魔族側から裏切り者がいるみたいだぜ……」
「なっ、本当か!? 一体誰が――」
フレアルドの口から告げられた言葉にアースは唖然とする。
このことが事実であれば魔王は同族によって殺されたも同然であり、最悪魔王国で内部分裂が起きる恐れさえあった。
「それはなァ、お前だよアース。お前が暗殺の手引きをしたとの報告がァ、上がってんだよ」
「――――なんだと?」
フレアルドの口から告げられたのは、アースにとってあまりに予想外なことだった。
0
お気に入りに追加
528
あなたにおすすめの小説
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
学園ランキング最強はチートで無双する~能力はゴミだが、異世界転生で得たチート能力で最強~
榊与一
ファンタジー
西暦2100年。
人類に新たなる可能性、アビリティが齎された。
その能力は時に世界の法則すらも捻じ曲げる。
人々はそれを神からの贈り物(ギフト)と名付けた。
西暦2125年。
鏡 竜也(かがみ りゅうや)は16歳の時、突然ギフトに目覚めそれ専門の育成学園に編入させられる事になる。
目覚めた力は、触れた者の髪を伸ばすだけというゴミの様な能力。
そんなギフトで能力者だらけの学院などには行きたくなかったが、国からの強制であるため彼は渋々従う。
だが周囲の予想とは裏腹に、彼は瞬く間にその圧倒的な力で学園最強にまで上り詰め無双しだした。
何故なら彼は転生者だったからだ。
正確には一度トラックに引かれて異世界に転生した後、この世界に戻って来た転生者だった。
彼は転生時に女神よりチート能力であるレベルシステムが与えられ。
そして異世界でひたすらレベルを上げ続けた結果、圧倒的な能力で魔王を討伐するまでに成長していた。
「これで世界は救われました。さあ、貴方を元居た世界の時間へと送りましょう」
異世界でのレベル上げで圧倒的な能力を手に入れていた鏡竜也は、容易くトラックを躱して見せる。
「勇者もいいけど、やっぱこっちの世界の方がいろいろ便利だよな」
これは異世界でレベルを上げまくった鏡竜也が、そのチート能力で周囲の能力者達を圧倒する物語。
最強パーティーのリーダーは一般人の僕
薄明
ファンタジー
ダンジョン配信者。
それは、世界に突如現れたダンジョンの中にいる凶悪なモンスターと戦う様子や攻略する様子などを生配信する探索者達のことだ。
死と隣り合わせで、危険が危ないダンジョンだが、モンスターを倒すことで手に入る品々は、難しいダンジョンに潜れば潜るほど珍しいものが手に入る。
そんな配信者に憧れを持った、三神《みかみ》詩音《しおん》は、幼なじみと共に、世界に名を轟かせることが夢だった。
だが、自分だけは戦闘能力において足でまとい……いや、そもそも探索者に向いていなかった。
はっきりと自分と幼なじみ達との実力差が現れていた。
「僕は向いてないみたいだから、ダンジョン配信は辞めて、個人で好きに演奏配信とかするよ。僕の代わりに頑張って……」
そうみんなに告げるが、みんなは笑った。
「シオンが弱いからって、なんで仲間はずれにしないといけないんだ?」
「そうですよ!私たちがシオンさんの分まで頑張ればいいだけじゃないですか!」
「シオンがいないと僕達も寂しいよ」
「しっかりしなさいシオン。みんなの夢なんだから、諦めるなんて言わないで」
「みんな………ありがとう!!」
泣きながら何度も感謝の言葉を伝える。
「よしっ、じゃあお前リーダーな」
「はっ?」
感動からつかの間、パーティーのリーダーになった詩音。
あれよあれよという間に、強すぎる幼なじみ達の手により、高校生にして世界トップクラスの探索者パーティーと呼ばれるようになったのだった。
初めまして。薄明です。
読み専でしたが、書くことに挑戦してみようと思いました。
よろしくお願いします🙏
凡人領主は優秀な弟妹に爵位を譲りたい〜勘違いと深読みで、何故か崇拝されるんですが、胃が痛いので勘弁してください
黄舞
ファンタジー
クライエ子爵家の長男として生まれたアークは、行方不明になった両親に代わり、新領主となった。
自分になんの才能もないことを自覚しているアークは、優秀すぎる双子の弟妹に爵位を譲りたいと思っているのだが、なぜか二人は兄を崇め奉る始末。
崇拝するものも侮るものも皆、アークの無自覚に引き起こすゴタゴタに巻き込まれ、彼の凄さ(凄くない)を思い知らされていく。
勘違い系コメディです。
主人公は初めからずっと強くならない予定です。
婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる