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二幕 願い

からくり発動

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 ヴァリテイターの本部の地図を何度も見直し、僕たちはフレイさんとライリーの案内の元、裏口へと到達していた。

 仮にも市民を守るためという名目があるため、町中の少し外れに堂々とその屋敷は建っていた。てっきり、本部は山の奥とか、人の目が届きにくいところにあると思っていたのだが違ったようである。

「これからは絶対にシアの指示に従い、離れないでください」

「リアン兄さんではないんですか?」

 ライリーが不思議そうに僕の裾をつかみながら見上げる。そのアッシュブラウンの瞳には少なからず信頼という文字が浮き出ているように見えた。

 本部の攻略とも言えるべき話し合いで僕が主体となって話していたからライリーがそう思うのも無理はないがこれは誤算だった。僕は二人と距離を近づける気はこれっぽっちもなかったのだ。だが、思ったよりもライリーが僕になついてしまった。もし、仲が進展していなければライリーはきっと思っていても口には出さなかっただろう。これも道中しまりがなかったせいだ。主にサノのせいで!!

 サノに対し怒りがふつふつ沸いてくるが、当の本人は何食わぬ顔で飄々としていた。

「僕の近くにいたら攻撃に巻き込まれるかも知れないからね。仲間に殺されたなんて笑えないでしょ? だからシアの近くでお母さんと一緒にいるんだよ?」

「うん!!」

 言い聞かせるように言う僕に対し、無邪気に笑うライリー。

 後悔を閉じ込めている心の蓋が外れそうになったがすかさず強く蓋を押さえつけた。二人を助けることに対する後悔に気づかない振りをすることに決めたのだ。それが後々無理矢理こじ開けられるとも知らずに。

「それじゃあ、行こうか」





 本部の中に入ってみるとそこはホテルのような場所だった。シャンデリアの暖かみのある光がエントランスを照らしているのが先方に見える。

 裏口にはフレイさんの言うとおりこの時間に人はいなかった。先方には少し人の気配がする気はするが、この裏口の近くにからくりがいくつかあるようなのでそれを使い、人の目をくぐり抜ける算段がついている。これで頭の近くまでおそらく気づかれずいけるはずだ。サノが余計な事をしなければ。

「ここは真っ暗だな」

「サノ、くれぐれも余計なことはするなよ?」

 すかさず僕はサノに釘を刺す。釘は多く刺した方がいいに決まってる。

「そんなことオレがすると思うか?」

「思う」

 僕の後ろでライリーもこくこくと頷いてる。

「お前ら……。オレってばそんなに信用ねぇのかねぇ。まあ見てろって」

 サノ……、それフラグ、と内心思いながらも、後頭部を守るように手を当てながら先頭きって前へ進み始めるサノの後を追うように僕たちも進む。

 まあ、そんなに前に進まなかったんだけど……。

「やっべ、変なとこ踏んだっぽいなこれ。床凹んじまった。――これ、刀ぶっ刺して上に戻せば直ったりしないか?」

「直るか!! フレイさん、このボタン何のからくりか分かりますか?」

「そのボタンはですね――――」

「そんなこと言っている場合じゃないみたいだよサノの兄さん、リアン兄さん」

「ライリーの言うとおりですね」

「えっ?」

 前方に見えるエントランスの手前にある十字路の左側からドン、ゴロゴロという音が響き渡る。音の方向に恐る恐る首を動かすと右側は壁が下りてきおり、左側には銀色の物体が微かに見えた。

 まさか、これは……!!

「鉄球……!」

 後ろに方向転換し逃走に切り替えるが、いつの間にか僕以外の人たちは結構前を走っていた。

 逃げ遅れた! というかこれって置いてかれた!!

「リアン兄さん、早く早く」

「先に行ってるわね」

「リアン何してんだよ。早く来いよ」

 三人はまだいいけどお前はどうしてそっちにいるんだ、この元凶野郎!!

 両手がわなわなと震える。怒りが足へも流れ、爆発的な速さを生み出す。
 四人との距離が一瞬で縮まる。

「サ~ノ~!!」

「まあ、なんとかなるだろ。大丈夫だって」

「全員で来た道戻っている何が大丈夫なんだよ!!」

 とてつもなくでかい鉄球が僕たちを襲う。壁と鉄球との間に人一人入るスペースはなく、僕たちは逃げることを余儀なくされている。この元凶であるサノは楽しそうにニコニコとしながら僕の隣で走っている。本当に自由人か!!

「お兄さん、どうしよう?」

「どうするったって……」

「リアン、早く決めないと行き止まりになるわよ」

「ああ、もう!! サノ、なんとかしろ。大丈夫なんだろ!!」

 半ば投げやりにサノに言い捨てる。

「はいよっと」

 サノは足を止め、後ろを振り返る。そして、腰に差している刀を構えた。

 それをみんなで走りながら見た僕は嫌な予感がし、慌ててサノの元に引き返すが間に合わない。

 銀の一線が鉄球を真っ二つに割る。そして割れた鉄球は両側の壁に寄りかかるようにして動きを止めた。

「な? 大丈夫だったろ?」

「何が大丈夫だって?」

「……あ~、これやっちまったな」 

 サノは割れた鉄球に目を向け、頭をかいたと思えば、次に首をコテンと傾けた。

「テヘペロってお前がやっても可愛くない!! というかそんなことしてる場合じゃない!!」

 割れた鉄球が壁をいくつか押しているのだ。これが意味することは一つ。

「次のからくりが来るわ!!」

 次はどこから――上と横か!!

 割れた鉄球の上へと跳躍。体を翻し、指を構える。紡ぐ魔法は決まっている。

『ライトショット』

 広範囲のビームとなって放たれた魔法は横からの針だけを溶かす。

 緑の壁がドーム状に展開され、四人を槍から守る。

「まだ、止まらないのか!! くっ」

 焦りが視野を狭くし、片腕に針が突き刺さる。刺さって数秒後、しびれが片腕全体を襲った。すぐに針を抜き、投げ捨てる。

 僕でこのしびれなら他の人はおそらく致死量だ。
 一度体勢を立て直すしかないか。

「シア、転移門は開ける?」

「一旦、この壁を解除しないと無理だわ。狭すぎる」

 確かに、四人とも屈んでいて高さが足りない。この槍と毒針が止むまで耐えるしかないのか。いや、フレイさんなら止める方法知っているかも知れない。

「フレイさん、止める方法知っていますか?」

「記憶が確かであれば、天井のあそこを押せば止まるはずです。ですが……」

 フレイさんが指を差した方角を見やる。

 ああ、思いっきり槍に囲まれている。でも僕ならいけるはず……!!

 豪雨のように降り注ぐ槍を刀ではじく。しかし全ては躱せず体に数本の槍が突き刺さった。追撃するように毒針が右半身を襲う。顔が苦渋に歪むが構わず天井に向かって跳んだ。そして、伸ばした左腕が天井を押す。

 槍と毒針の嵐が止む。

 みんなのほっとする声が聞こえた。

 体に刺さった槍を抜きながら竜化に入る。そして、能力『嫉妬』を発動させた。

 湧き起こる殺人衝動。人間への憎しみ。飲み込まれそうになる自我。暴れ回る力。周囲に無理矢理出ようとする禍々しい風。
 それらに耐えきれず、倒れそうになるのを咄嗟に片膝をつき、刀で体を支えることで耐えた。
 額には油汗。息が上がり、肩が上下に揺れる。

 落ち着け。落ち着け。あと少しだけ耐えろ!!

 自分に言い聞かせながら、自身が回復するのを待った。
 傷が塞がり、針が皮膚の硬化により抜けるのを確認し、竜化と能力を解除する。
 息を整え、みんなの無事を確認する。

「リアンさん、あなたは――」

「余計な事は詮索しない方が身のためよ、フレイ」

「シアさん……」

 冷酷な緑色の瞳が牽制するように揺れる灰色の瞳を貫く。

 この瞳を僕は知っている。何度も見てきた瞳だ。分からないものへの恐怖。まさにそれだった。

 あはは、やっぱりこうなるんだ。
 心の底で自分自身を笑った。学習しないバカだと。
 こういうことは何度かあった。結局、助けても恐怖で怯えられる。仕舞いには殺されそうになったこともあった。利用しようとする輩もいた。また、今回もそういう風になるのかと。

 そう思っていると後ろから衝撃が走った。

「ライ、リー?」

 勢いよく、僕に後ろから抱きついたライリーは笑みを浮かべていた。

「リアン兄さん。助けてくれてありがとう。格好良かったよ」

「ライリーは僕が怖くないの?」

 ひどく不慣れな手付きで、自身の首にまわされているライリーの手に触れた。暖かい。

「全然。それに僕知ってるもん」

 心臓がびくりと跳ね上がる。

 恐怖を抱いていないライリーだからこそ、正体を知られるのが余計に怖くなった。

「知ってるって、何を?」

「リアン兄さんみたいな人がなんて言うのかだよ」

「えっ?」

 ライリーは本当に僕の正体を知って――――

「まっ――」

「中二病、って言うんだよね」

「えっ?」

 思いがけない言葉に体が一瞬硬直する。

 今、中二病って言った? ライリーにはあれが中二病に見えたと? 確かに能力発動したとき、僕の周りに禍々しい黒と紫の混じった風が吹いたけれど。まさかそれが中二病に見えたのか?

 なんだか恐れていたのが恥ずかしくなって顔が真っ赤に染まる。

 ライリーはそんな僕の様子が面白いのか、僕の頬をツンツンし始めた。

「もしかしてリアン兄さん照れてる?」

「照れてなんか、照れてなんかない」

 真っ赤に染まった顔を隠すように俯いた。
 後ろから二人の笑いをこらえる声が聞こえる。

「おい、そこの二人笑ってるんじゃねえ!!」

 羞恥の叫びが引き金となったのか、二人はもう笑いをこらえるのを止め、笑い出す。

「だって、中二病って言われるなんて思わなかったのだもの」

「よ、中二病」

「お前ら、覚えてろよ!!」

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