人魚は地上で星を見る

ツヅラ

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4章 星探し編

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 ゾイスが倒れた男を隠してくる間、シトリンとダイアは裏手に回っていた。
 丁寧に置かれた魔道具や干からびた生物に、檻の中で小さくなり震える同族。
 そして、大きな水槽。

「!!」

 中に、アレクとクリソがいた。
 体には傷がつき、ぐったりと目を閉じているが、駆け寄ればすぐに目を覚ました。

「「コーラルは!?」」

 開口一番の質問は、コーラルのことだった。
 シトリンだけならまだしも、ダイアもいるとなれば、自然とコーラルもここにいると考えたのだろう。

 しかし、人魚を閉じ込めるための水槽の中で、いくら声を出そうとも、外のふたりには届かない。恨めしそうに蓋につけられた電流の流れる網を睨みつけるが、指を動かし始めたシトリンに視線を戻せば、シトリンが指を滑らせた後に光が追い、空中に文字が浮かび上がった。

「別行動中、ここにいる」
「って、ふっつーに伝わってるのがこえーんだけど」

 にっこりといつもの張り付けた笑みのシトリンに、アレクが心底嫌そうに眉を潜めると、尚更笑みを深める様子に、つい尾びれで強く水槽を叩いてしまう。
 水槽の向こうで、会話の内容はわからないのに、なんとなく何を話しているか想像がついた、ダイアがなんとも困った表情を零した。

「コーラルはひとりではないですよね?」

――もちろん

「ってことは、アイツかぁ……俺、アイツ嫌いなんだよね。なんでもダメダメいうじゃん。ダメダメ魔人」
「そう言わないで。一応、コーラルの親代わりなんですから」
「クリソも”一応”って言ってんじゃん」

――嫌よ嫌よも好きの内?

 口パクの双子の会話がわからないダイアは、その内容をシトリンが書く文字から判断するしかないが、今のは意味が分からなかった。だが、双子の表情からして、余計な一言であったことだけはよくわかった。

「おい。余計なことしてる時間はないんじゃないのか?」
「あぁ、そうだったね。再会がうれしくてつい」
「はぁ……俺は鍵を探してくる」
「頼むよ」

 水槽の蓋の鍵でも、首輪や手錠の鎖の鍵でもいい。ひとつは出品者が持っているだろうが、それとは別に、ここの生き物を管理をしている人がいるはずだ。
 管理するためには鍵がいるだろうし、この数だ。複数人で管理しているだろう。そうなれば、保管している場所がどこかにあるはず。ダイアはそれを探しに向かった。

「ふむ……」

 水槽を見上げれば、闇市で使うにしては随分良い水槽だ。周りに置かれている檻に比べても上物。捕らえている人魚に合わせて、良いものを使用しているのかとも思ったが、蓋などを確認してみても、使い込まれた後も、埃や錆もない。新品だろう。
 店で使っているため、どこ製のものかも、価格も把握しているが、職人がひとつひとつ手作りしているため、数はない。
 そして、蝶番に購入した会社のエンブレムや家紋を彫るというのが、その職人のこだわりだ。
 この水槽の蝶番にも、こだわりが彫られていた。

「……さすがだ」
 
 そこに彫られていたのは、サソリをあしらった家紋。
 ゾイスから聞いていた通りの人物の家紋だ。
 感心していれば、大きく揺れる水槽に、慌てて手すりを掴む。

「オーララ……怒らせてしまったかな?」

 上から覗き込むように顔を覗かせれば、こちらを睨む四つの視線と同時に目の前に叩きつけられる尾びれ。

「アメージング! さすがは、重力から解き放たれた存在!」

 声こそ聞こえないが、その表情はろくでもないことを言っていることだけはわかるアレクはもう一度尾びれで水槽を叩く。

「アレク。気持ちはわかりますが、外に出てからにしましょう。アレでも、一応、僕たちを助けに来てるんですから」
「だいぶ我慢してんだけど!? こいつがウゼーんだって!!」
「えぇ、わかっています。貴方が全力で暴れたら、水槽にヒビが入るし、安全装置が働いで、僕たちは今頃夢の中です」

 むしろ、安全装置の電流が流れないギリギリで暴れ続けているアレクは、褒めてあげたい。

「コーラルが来てるなら、寝ている暇はありませんから」

 不機嫌な鳴き声が響くが、ふとアレクが何かに気が付いたように、ニタリと笑うと、口から空気を吹き出し、シトリンと同じように泡で文字を描く。

「なぁんかムカつくし、俺たちもこれで良くね?」

 水槽の向こうで、驚いたように目を瞬かせているシトリンに、悪戯に笑うアレクの言葉は、人間として話している言葉でもなく、人魚としての言葉でもなく、水中で使う鳴き声だった。
 唇を読むこともできない。音を拾うこともできない。水槽の向こうには、こちらと同様に文字以外の情報はない。

「おやおや……アレクってば、さすがですね」

 クリソもまた、アレクと同じ笑みを作っていた。

――鍵は?

――ダイア君が探している。

――お前も探せよ。

――確認することがあってね。

 文字だけの会話を続けながら、ふとアレクが鳴く。

「こいつ、文字だけの方がうざくなくね?」
「笑わせないで」

 堪えきれなかった笑いが尾びれに伝わり、不思議そうな顔でこちらを見つめられる。
 しかし、クリソは何事もなかったという表情で、また新しく文字を書く。

――コーラルは今どこに?

――オークション会場。僕たちが間に合わなかった時のために。

――本当に?

――本当

 そう書きながら、シトリンはふと指を止めると、文字を続けた。

――は、口止めされてたんだ。

「指が滑ってしまったのだから、仕方ない!」

 するすると滑らせる指の文字を追いながら、双子は食い入るようにその文字を追っていく。
 あくまで、これはゾイスの仮説だ。
 コーラルにすら、全てを伝えてはいない。しかし、シトリンだけには、その内容を伝えていた。そして、この水槽に描かれていた家紋が、よりその仮説の信憑性を高めた。

 あのサソリをあしらった家紋は、クォーツ家のもの。
 かつて、コーラルが魔眼を使わなければズルしなければ、本来、双子の人魚を手に入れていたはずの人物。ルチル・クォーツの家紋。
 あのオークションの後、ルチルはコーラルの不正を主張し、激昂していた。ヴェナーティオもその主張を受け入れ、コーラルを調べたが、嘘もなければ、魔法の反応もなかった。
 そのため、ヴェナーティオもルチルの主張を棄却した。
 その後起きた、双子の人魚の脱走。逃げた双子を襲った犯人は、ヴェナーティオの追手ではなく、ルチル・クォーツから依頼された人間だった。

『依頼は”アークチストに落札された人魚をバラシて、屋敷に捨ててこい”なんでな』

 頭に過ったのは、あの時の男の言葉。
 自分たちを殺そうとした男たちは、アークチスト家へ死体を捨てろと。死体ですら価値のある人魚の肉に興味もなく、その依頼をした人物。
 それはもはや、アークチスト家への嫌がらせであり、怨恨に似たもの。
 なにより、この状況は、あの時とそっくりで。

――コーラルは、この喧嘩を買うらしい。

 即決だった。いや、むしろ、狙いがはっきりしただけ、彼女にとっては良かったのかもしれない。
 しかし、この続き、コーラルには伝えていないことがあった。
 シトリンが再度、指を滑らせれば、弾かれたように視線を逸らし、駆け出すと物陰に隠れた。

 すぐに現れた今までも何度か見た従業員は、水槽に近づくと、何やら作業を始め、水槽を運ばして行った。
 運び出されていく水槽の音が聞こえなくなる頃、顔を出したダイアは、音の消えた方に耳を向けながら、シトリンの隠れる物陰へ狂いもなく近づく。

「残念。間に合わなかったみたいだ。一応、後を追いかけておこう。それにしても、先程の機転は素晴らしいものだった! 助かったよ。グラッチェ」

 先程、従業員たちが水槽に向かうのを一足先に察知したダイアは、シトリンに危険を知らせた。ただし、人間の言葉ではなく、獣人や動物が仲間に危険を知らせる鳴き声による知らせだった。

「しかし、イヌ科の獣人がいないというのに、先程の声に違和感を覚えないなんて、僕のところなら再教育対象だよ」
「俺は普通に対応されて複雑だがな」

 バレないようにするには仕方なかったとはいえ、少しは戸惑って欲しかったが、まるで最初から決められていた連絡方法かのように、素早く対応された。
 確かにこれではヴェナーティオに狙われた獣人が捕まるのも理解できる。

「よく聞く声だったからね!」

 満面の笑みで答えるシトリンに、やはり苦手だと、水槽の消えた方向へ目をやった。
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