ホワイトノイズ

ツヅラ

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第5楽章 それぞれの休息

02

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 何かに気がついたようにカルラが足を止めると、じっとそちらを見つめた。フィーネたちもなにかと視線の先を見るが、クレープ屋以外に何か不審なものはない。

「クレープ食べる?」

 クレープが食べたいのかと聞けば、カルラは困ったように視線を巡らせると、

「クレープは食べるけど……」
「けど?」
「あれ? お姉ちゃん?」

 フィーネが驚いた様子でクレープ屋でクレープをふたつ受け取っている金髪の女性を見つけると、近づいていった。

「フィーネの姉貴……?」

 ここにいる全員がフレイヤのことは知っていたが、そんなことよりフレイヤの後ろにいる女性の方に目が行っていた。
 帽子に収まりきらない長い銀髪の髪を持つ女性に、ミスズはユーリにまさかと視線を送るが、ユーリも苦い表情で彼女のことを見ていた。
 知っているのだ。フレイヤの役職も、私服とはいえ妹に連絡も無く街中にいる違和感も。

「シルヴィアお姉ちゃんだよね?」

 その答えをカルラが呼んだ。その名前に、ミスズもユーリ、そしてズルダも頬をひきつらせた。
 もちろん、気がつかずに自分の姉に声をかけようとしていたフィーネも、シルヴィアに気がつくと声を上げそうになり、フレイヤに口を塞がれたあと、ハグされていた。

「ひさしぶりー!!! フィーネー! 元気だったァ?」
「う、うん! 元気! すごく元気だけど……」

 フィーネの視線はやはり自然とシルヴィアに向いてしまう。
 さすがにいくら変装しているとはいえ、目の前にいて気づかない訳がない。ウィンリアの王宮の姫君であるシルヴィアに。
 そもそも、こんな場所にフレイヤがいるとはいえ、どうして他の王立騎士団の護衛無しでいるのか。それに、フレイヤも王立騎士団の白い制服ではなく私服だ。
 何が起きているのか頭が整理がつかない中、シルヴィアは微笑む。

「初めまして。貴方がフィーネ? フレイからいつもお話を聞かせていただいてます。お会いできて光栄です」
「へ? あ、こ、こちらこそ!」

 あまりの緊張に声が裏返ると、フレイヤは笑いながら頭を撫で、シルヴィアも上品に微笑んでいた。
 そんな光景にミスズもユーリも唖然と眺めていると、フィーネから助けてという視線を送られるが、できれば行きたくない。
 しかし、そんなミスズの願いとは裏腹に、カルラに腕をつかまれ、シルヴィアの元へ全力で走られる。せめて、ユーリも道連れにしようと手を伸ばすが、さすがにチームのリーダー。かわされた。

「シルヴィアお姉ちゃん!」
「あら、カルラだったのですね」
「うん! フィーネたちとウィンリアを見て回ってたんだ!」

 シルヴィアもカルラも互いに奏者がいることは気づいていたのだろう。

「あっちにいるユーリ君とズルダ君も?」
「はい」

 フレイヤの問いにミスズが即答すると、フレイヤは獲物を見つけたような猫のような笑顔を見せると、有無を言わせず一瞬にして二人を捕まえ連れてきた。さすがは姫君の近衛騎士。とミスズが捕まったユーリに微笑んでいると、珍しくユーリがバツが悪そうに視線を逸らせた。

 何故か、姫君とクレープを一緒にかぶりつきながら話をすることになってしまったミスズたちは、案の定ぎこちない雰囲気を醸し出していた。
 そもそも、軍人とはいえ新人であり、例え新人でなくとも国の姫君とこうして普通に話すこと事態がありえない状況であり、何故かクレープまで一緒に食べているのだ。ギリクがまだどこかにいないかと、周囲を見渡しても残念なことに見つからなかった。

「カルラちゃんは、えっと……シルヴィアさんと会ったことあるの?」

 お忍びで来ているからと、姫君と呼ぶのは禁止され、名前で呼ぶことになるのだが、それはそれでまた気まずいものがある。

「うん! 時々、先生と一緒に会いに行くんだ」
「私が庭園にお邪魔したいとお願いしたこともあるのですが、ダメだと言われてしまって……」
「まぁ、こうして普通に外に出てること事態、反対押し切ってますからねー」

 フレイヤは楽しそうに笑っているが、王の反対を押し切るなど普通はダメだろう。フィーネも心配になったのか、フレイヤに大丈夫なのか小声で聞くと、笑顔でブイサインを作られた。

「大丈夫っ! お姉ちゃんがちゃんと守ってるんだもん! ねぇ~! シルヴィ!」
「えぇ。私のナイトは勇敢で優しく、笑顔が素敵な方ですから」
「うひゃぁっ! 褒められちゃった!!」
「あぁ……! もう! お姉ちゃん、あんまり騒がないで!」

 嬉しそうに頬を抑えるフレイヤに、恥ずかしいのか、それともここに姫君がお忍びできているというのに騒ぐからかフィーネが慌てて止めていた。

「ふふっ……本当に仲がいいのですね。お話に聞いてた通り」
「え、あ、えっと……お姉ちゃん、どんな話したの……」
「フィーネのかわいさについて、いーっぱいっ」
「えぇ。いつも二人きりになると、フィーネの話やミドナの話をなさって、それは楽しそうに」

 シルヴィアの言葉に、フィーネは顔を赤くすると、ミスズの袖を掴み少し顔を伏せていた。

「貴方は……たしか、ミスズね」
「はい」

 二人は不思議そうに互いに顔を見合わせていると、シルヴィアは申し訳なさそうに首をかしげた。

「間違っていたらごめんなさい。ミスズのご両親は騎士団にいらっしゃったことあるかしら?」
「え? いえ、父も母も軍人ではないはずです」
「そう……誰かに似ているような気がしたのだけど……ごめんなさい」
「いえ」
「でも、みなさんとても楽しそうで、父に無理を言ったかいがありました」

 本当に幸せそうに微笑むシルヴィアは、カルラの頭を撫でると少しだけ寂しそうな表情になったがすぐに微笑む。

「お邪魔じゃなければ、一緒に街を回りませんか?」

 その言葉には、カルラとフレイヤ以外が一瞬表情を強ばらせたが、カルラがすぐに行くと返事をしてしまい、半強制的に姫君との観光が決まってしまった。

「奏者に姫に……ただの休日だったのによぉ……」
「諦めろ。そういう日だったんだ。それに警備隊も目を光らせているようだし、この状況で何か起こるとも考えにくい」

 ユーリの言葉に、ズルダも周りに目を配れば、確かに一定の距離を開けて、警備隊が立ってこちらを見ている。
 さすがに近衛兵とはいえ、たった一人で姫君の警備をさせるはずがなかった。

「これはこれで落ち着かねぇな」

 なにか捕まるようなことはしていないが、こうも警備隊から見られているとやはりあまり気分は良くない。

***

 巨大な慰霊碑の前には、花が置かれている。絶えず、誰かが誰かのために花を供え、その花が途絶えることはない。
 そこに、ライルは石のお守りを置き、手を合わせた。

「……」

 祈りを捧げている男の後ろ、一歩下がったところでそれをぼんやりと眺めていたコンナの頭には、鮮明にあの時の光景が浮かび上がっていた。
 普段と変わらない日常の中、知っている誰かの悲鳴が聞こえ、訳もわからないまま兄に手を引かれた。そして、何かの箱の中に放り込まれ、もがいたところでガサガサと音が鳴るだけで出ることはできなかった。

『誰か来るまで、絶対に静かに隠れてるんだ。ほら、兄ちゃんが守ってやるから』

押し付けられたお守りに、なにか声を出そうとした時にはもうフタは閉められていた。

「コンナはいいのか?」

 いつの間にか振り返っていたライルは眉を下げ、コンナのことを見ていた。

「家族も仲間もいるだろ」
「祈らないことにしてるんだ。昔から」
「どうして……」
「別になにか理由があるわけじゃないんだけどなぁ……」

 本当に自分でも理解できないのか、腕を組んで考えるが、困ったように顔を上げると、

「祈らないんじゃなくて、祈れないのかもな」

 そう言って笑った。

「私は運がいいから生き残った。ただそれだけ。用が済んだなら、帰ろう」

 階段の方へ向き直るコンナを呼び止め、驚いた様子でライルに振り返るコンナに、もう少しだけ待ってくれと告げる。

「別にいいけど……まだ何かあった?」
「コンナが祈れないなら、代わりに俺が祈ろうと思ってな」

 その言葉にしばらく唖然と口を開けていたが、疲れたように肩を落としてため息をつくと「勝手にしろ」と、吐き捨てるように言った。

 そろそろ日が落ちてくる頃、人通りの少ない道を進むと、砂海を望む高台に出た。フィーネとミスズがよくくる場所だ。
 そこはフレイヤのお気に入りの場所でもあり、シルヴィアがお忍びでやってくる時には必ず立ち寄っていた。

「うわぁ……!」

 カルラはその光景に目を丸くして驚き、シルヴィアに満面の笑みで振り返った。

「見て見て! すっごいキレイ!」

 その姿に、今はいない妹の姿が重なった。

「シルヴィアお姉ちゃん?」
「ぁ……本当に、何度見てもここはキレイですね」

 カルラはシルヴィアの手を引き、ミスズの手を引き柵の近くまで来る。

「ねぇ、また一緒に来てくれるよね?」

 不安そうに見上げるカルラに、ミスズとフィーネはすぐに頷くが、シルヴィアの方を見て微妙な表情になった。

「さすがにシルヴィアさんは難しいかもしれないけど……」
「それは残念です……でも、大丈夫ですよ。フレイが王宮の抜け道を知っていますから。日時を教えてくれれば」
「うわぁあ!! それすっごく怒られた奴ですよね!? しばらくは無理ですからね!?」

 フレイヤが青い顔をするくらいなのだから、相当怒られたのだろう。フィーネはフレイヤの行動力に顔を青ざめていた。

「姫が抜け出せるって大丈夫なのかよ……」
「近衛兵が手伝ったと考えれば……」
「というか、しばらくって言ったよね……?」
「お姉ちゃん!? ダメだよ!? リーダーまで真面目に考えないでよ!」
「まぁ、要は人だからねー抜け道って結構あるよ」

 笑ってそんなことを言うものだから、カルラが庭園にもあるのかと言い出してしまった。教えたその日には、抜け出してしまいそうなカルラに、まさか教える訳はないと期待を胸に、自分の姉を見たのだが。

「あるある! よくクロ――」
「お姉ちゃぁん!!!」

 正直に答えてしまう姉の口を塞いだが、途中まで聞こえてしまったからか、カルラは聞きたいと抗議してきて、フィーネは困り果てていた。
 仕方なく、先生に怒られるよとミスズがフォローを出せば、カルラはビクりと体を震わせてようやく聞くのをやめたのだった。

「ただいまー」
「おかえり」

 いつもは帰ってこない返事に、今更ではあるがジーニアスが今はいることを思い出してリビングのドアを開ければ、テーブルに座って本を読みながらコーヒーを飲んでいるジーニアスがいた。

「ミスズも飲む?」
「うん」

 本に栞を挟むと、立ち上がり台所に向かう。ミスズは椅子に座ると少しだけため息がもれた。

「お疲れだね。カルラと遊びに行ってたんでしょ?」
「うん。そうなんだけど、途中で何故か姫君と会って、それからずっと一緒だったから、さすがにちょっと疲れた」
「あー……シルヴィア姫、フレイが近衛兵になってからよく下りてくるからね」

 特に妹君がいた時は、お忍びで中層に降りてくるのはおろか、王宮からでることも少なく、軍の中でも一部しかその姿を見た人はいなかった。
 最近では行事に顔を出すことも多くなったからか、ほとんどの人々がシルヴィアの姿を知っているが、それでもやはり護衛一人で降りてくるなど考えてないからか、お忍びはそうバレることはない。
 さすがに、共鳴者ともなればすぐに気がつくものの、大抵の場合、気にしつつも声をかけることはない。

「それで、どこかで見たことがある顔って言われたんだけど、もしかしてジー君とかに似てるって意味だったのかな?」
「そうかもねぇ……でも、ミスズはどう見てもミカさん似だからなぁ」

 ミスズとジーニアスは父同士が兄弟だ。母親似であるミスズがジーニアスと似てると勘違いされるとは思えない。

「世界には似てる人が三人いるって話だし、もしかしたら似てる人が本当にいたのかもよ?」
「そうかも。私も、姫君と似てる友達いるし」
「へぇ……こっちの友達?」
「ううん。向こう。シリカっていう子」

 相槌を打ちながら、いつもより多く煎れられたコーヒーをミスズに持っていく。

「時々町に来るくらいなんだけど、あの町、同い年いなかったから、いつの間にか友達になっててね」

 ミスズが楽しげに話す昔の友達の話を、ジーニアスは入れ直した熱いコーヒーを飲みながら聞いた。
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