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「白菊!」
驚いて声を上げたのは、ずっと心配そうに白菊を見つめていた朔だった。
「朔さん、気遣ってくれてありがとうございます。」
白菊はひそひそ声で小さくお礼を言い、ニコッと笑う。
「でも…」
「大丈夫です。特技なら、僕にも一つだけあります。」
そう言ってさっと立ち上がると、白菊は正宗を真っ直ぐに見つめる。
「公方様。扇を一柄お借りしてもよろしいでしょうか?」
「……。」
正宗は険しい顔で白菊を見ていた。白菊が何をしようとしているのか、全く検討がつかなかったからだ。
白菊を見る目に力を込めて、"今ならまだ間に合う、断れ。"と呼びかける。
しかし、固い決意を秘めた瞳で、"心配しないでください"と言わんばかりに頷く白菊に、正宗は折れるしかなかった。
「……扇を。」
「はっ。」
正宗の一言で、別の小姓がいつの間にか用意されていた扇を取り出し、白菊に手渡す。
「ありがとうございます。」
礼を述べ、白菊は会場の真ん中へと進んだ。
左右にはずらりと官僚が座り、正面の一段高い座敷には、皇帝と皇后が隣合って座っている。
場内は、中央に佇む少年は何をするのかとざわつき、皆の視線はその少年の一身に注がれていた。
皆の注目を集める中、白菊は会場の中央で呼吸を整え、ゆっくりと目を瞑った。白菊の動き止まると、場内のどよめきは一つ二つと減っていき、しばらくするとしんと静まり返った。
会場から音が消えた瞬間、白菊が目を開けると同時に、パッと扇が開く音が響く。
ゆっくりと腕を上げ、もう片方の手で袖を抑える。
その動きに合わせて、やんわりと首をかしげてみせる仕草は、言い難いほどに艶めかしく、男でありながらゴクリと唾を飲む者さえあった。
扇を回す手首、音を立てず歩く足、清らかで切なげな表情。
その全てが洗練されており、頭から足先に至るまでの、全ての所作が意味をもつ舞であった。
静寂の中、衣擦れと扇子が風を切る音だけが響く。
どのくらい時間が過ぎただろうか。白菊が扇を畳み、それを両の手のひらに乗せ一礼したとき、観衆はハッと我に返る。
「…終わった…のか?」
誰からともなく漏れた声は、一同が白菊の舞に魅入り、まるで幻の中にいたかのような、柔らかな幸福感に包まれていたことを示していた。
「…素晴らしい。」
そうぽつりと呟いたのは朔だった。その声を皮切りに、次々と賞賛の声が上がり、会場は歓声と拍手に包まれた。
「……。」
そんな会場の雰囲気とは打って変わって、場内には苦虫を噛み潰したような顔の者と、険しい顔をする者がいた。
「…かのような芸能に通じているとは、感服いたしました。」
歓声に交じって、そう苦々しげに呟くのは常盤氏であった。
「無論。私が登用した者だ。小姓に相応しくない者であるはずがない。」
口ではそう返しつつも、正宗はいつになく険しい顔をしている。
父親に捨てられた貧しい孤児。王の顔もこの国のことも何も知らない、常識知らずの少年。
…のはずなのに。なぜこいつは、咄嗟に舞を…しかも、手練の舞妓も霞むほどの洗練された舞を舞えるのか。
(……俺に何を隠している、白菊。)
驚いて声を上げたのは、ずっと心配そうに白菊を見つめていた朔だった。
「朔さん、気遣ってくれてありがとうございます。」
白菊はひそひそ声で小さくお礼を言い、ニコッと笑う。
「でも…」
「大丈夫です。特技なら、僕にも一つだけあります。」
そう言ってさっと立ち上がると、白菊は正宗を真っ直ぐに見つめる。
「公方様。扇を一柄お借りしてもよろしいでしょうか?」
「……。」
正宗は険しい顔で白菊を見ていた。白菊が何をしようとしているのか、全く検討がつかなかったからだ。
白菊を見る目に力を込めて、"今ならまだ間に合う、断れ。"と呼びかける。
しかし、固い決意を秘めた瞳で、"心配しないでください"と言わんばかりに頷く白菊に、正宗は折れるしかなかった。
「……扇を。」
「はっ。」
正宗の一言で、別の小姓がいつの間にか用意されていた扇を取り出し、白菊に手渡す。
「ありがとうございます。」
礼を述べ、白菊は会場の真ん中へと進んだ。
左右にはずらりと官僚が座り、正面の一段高い座敷には、皇帝と皇后が隣合って座っている。
場内は、中央に佇む少年は何をするのかとざわつき、皆の視線はその少年の一身に注がれていた。
皆の注目を集める中、白菊は会場の中央で呼吸を整え、ゆっくりと目を瞑った。白菊の動き止まると、場内のどよめきは一つ二つと減っていき、しばらくするとしんと静まり返った。
会場から音が消えた瞬間、白菊が目を開けると同時に、パッと扇が開く音が響く。
ゆっくりと腕を上げ、もう片方の手で袖を抑える。
その動きに合わせて、やんわりと首をかしげてみせる仕草は、言い難いほどに艶めかしく、男でありながらゴクリと唾を飲む者さえあった。
扇を回す手首、音を立てず歩く足、清らかで切なげな表情。
その全てが洗練されており、頭から足先に至るまでの、全ての所作が意味をもつ舞であった。
静寂の中、衣擦れと扇子が風を切る音だけが響く。
どのくらい時間が過ぎただろうか。白菊が扇を畳み、それを両の手のひらに乗せ一礼したとき、観衆はハッと我に返る。
「…終わった…のか?」
誰からともなく漏れた声は、一同が白菊の舞に魅入り、まるで幻の中にいたかのような、柔らかな幸福感に包まれていたことを示していた。
「…素晴らしい。」
そうぽつりと呟いたのは朔だった。その声を皮切りに、次々と賞賛の声が上がり、会場は歓声と拍手に包まれた。
「……。」
そんな会場の雰囲気とは打って変わって、場内には苦虫を噛み潰したような顔の者と、険しい顔をする者がいた。
「…かのような芸能に通じているとは、感服いたしました。」
歓声に交じって、そう苦々しげに呟くのは常盤氏であった。
「無論。私が登用した者だ。小姓に相応しくない者であるはずがない。」
口ではそう返しつつも、正宗はいつになく険しい顔をしている。
父親に捨てられた貧しい孤児。王の顔もこの国のことも何も知らない、常識知らずの少年。
…のはずなのに。なぜこいつは、咄嗟に舞を…しかも、手練の舞妓も霞むほどの洗練された舞を舞えるのか。
(……俺に何を隠している、白菊。)
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