上 下
19 / 25

18

しおりを挟む
『公方様は身分の低い者も登用しているのです。今の小姓にはあの炭鉱の労働者から引き抜いた者もいるのですよ。』

白菊は昨日の佐助の言葉を思い出した。それと同時に、あの炭鉱で働く者たちの出自も頭に浮かぶ。

「それじゃあ、朔さんは紫龍王国の民なのですか…?」

朔は無言で頷いた。

「一応、表向きは菊桜帝国の貴族となっているけどね。」

「えっ、それはどういう…」

白菊は予想外の答えに驚いた。

朔によると、つまりこういうことであった。

政宗は、拾ってきた小姓を信頼出来る下級貴族の養子ということにして迎えていた。常磐氏に目をつけられると厄介なので、常盤氏、それから念の為蘭には、拾った小姓は貴族の出だと伝えていたという。

「でも、僕はこの国の貴族としての教養がないから、みんな薄々気付いてるんだ。あいつはだってね。」

常盤氏には気付かれていないと思いたいけど、と付け加えて朔は弱々しく笑う。

「でも、だからって仕事を押し付けるなんて…」

白菊は床に落ちている何枚もの白い雑巾に目をやる。

「仕方ないんだ。僕の正体を口外しない代わりに、彼らの分の仕事もやらなくちゃ。」

そう言いながら朔は手を動かし続けていた。

(正宗様はこのことを知ってるのかな…)

白菊はそう疑問に思ったが、仮に正宗が知っていたとしても、容認するほかないだろうと考えた。そうしないと朔がこの場に居られなくなってしまうからだ。

ふと、朔は白菊の方を向いて尋ねる。

「そういえば、白菊はどこのお家の子なんだい?」

白菊は少し戸惑ったものの、正直に答えた。

「えっと、実は僕も炭鉱の辺りで政宗様に拾ってもらったんです。」

「えっ、それじゃあ君も紫龍出身なの?」

「いや、そうじゃないんですけど…」

少し言い淀んで白菊は続ける。

「僕は父に炭鉱近くの馬小屋に捨てられたんです。」

白菊は少し嘘を交えた。確かに、初めは父親に捨てられたものだと思っていた。しかし実際は違った。今の白菊は、父親に殺される瞬間に違う世界へ来たのだということを確信していた。

「そうだったんだ…。辛いことを思い出させてしまってごめんね。」

朔は眉を下げて申し訳なさそうに俯いた。

「いやいや、顔を上げてください!」

悲しそうな顔をする朔に対して、嘘を吐いてしまったことにチクリと胸が痛む。

「でも…」

朔は心配そうに白菊を見つめる。

「父親のことはもういいんです。むしろ離れた方がお互いの為だったかもしれないです。それに…」

白菊は主君の顔を思い浮かべた。

「それに僕、正宗様に拾ってもらえて今は本当に幸せなので…」

昨日会ったばかりの皇帝のことを思うと、自然と笑みがこぼれた。

「そうかい…?それなら良かった。」

朔は安心したように柔らかい表情になると、白菊と目が合ってふっと笑った。

「しかし、白菊はまだ誰かの養子になっているわけではないんだね。」

朔は、廊下に面した敷居の隙間を丁寧に拭きながら話題を変えるように話しかける。

「…?はい、正宗様からは何も聞いていないですけど。」

「あれ?おかしいな。僕もそうだけど、普通は貴族の養子に入れるものなのに…」

朔は不思議そうな表情を浮かべながら、何か考えているようであった。

「いや、公方様は何か考えがあるんだろうね。そのことと、君に御名を呼ばせていることは関係があるのかな?」

にこりと笑ってこちらを見る朔に、白菊はぽかんとする。

「えっ、どういうことですか?」

何もわかってなさそうな白菊に、朔はふふっと笑って言った。

「だって、この国で公方様を御名で呼んでいるのは、皇后様と君だけだよ。」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

啓示~Luna e sole~

五嶋樒榴
BL
大学の准教授の長谷川修司が出会った少年詩音は、長谷川の初恋の人に似ていた。 劣悪な環境から救うため彼を引き取り育てる事に。 詩音は今まで性的虐待を受けて育ったため、長谷川に捨てられない様に奉仕をしようとする。 いつしか父性愛に目醒める長谷川と、長谷川をただ一途に愛する詩音。 それぞれの間で起こる様々な愛の形。 流れる年月の葛藤の果てに在るものとは。 セクシャルな虐待行為、女性との行為などのシーンが場面的に出てきます。 苦手な方はご注意ください。

こころ・ぽかぽか 〜お金以外の僕の価値〜

かんこ
BL
親のギャンブル代を稼ぐため身体を売らされていた奏、 ある日、両親は奏を迎えにホテルに来る途中交通事故で他界。 親の友達だからと渋々参加した葬式で奏と斗真は出会う。 斗真から安心感を知るが裏切られることを恐れ前に進めない。 もどかしいけど支えたい。 そんな恋愛ストーリー。 登場人物 福田 奏(ふくだ かなで) 11歳 両親がギャンブルにハマり金を稼ぐため毎日身体を売って生活していた。 虐待を受けていた。 対人恐怖症 身長:132cm 髪は肩にかかるくらいの長さ、色白、目が大きくて女の子に間違えるくらい可愛い顔立ち。髪と目が少し茶色。 向井 斗真(むかい とうま)26歳 職業はプログラマー 一人暮らし 高2の時、2歳の奏とは会ったことがあったがそれ以降会っていなかった。 身長:178cm 細身、髪は短めでダークブラウン。 小林 透(こばやし とおる)26歳 精神科医 斗真とは高校の時からの友達 身長:175cm 向井 直人(むかい なおと) 斗真の父 向井 美香(むかい みか) 斗真の母 向井 杏美(むかい あみ)17歳 斗真の妹 登場人物はまだ増える予定です。 その都度紹介していきます。

虐待を受けている俺が後輩から愛されて幸せになる話

もか
BL
虐待に悩まされ苦悩する男子高校生が後輩からの好意を受け、変わっていく話 ※少し暴力表現注意

ジ・エンド

Neu(ノイ)
BL
R-18/シリアス/年下攻め/年上受け/束縛/虐待/無理矢理/高校生/ホームレス/主従関係/スピンオフ/溺愛/etc. (「あべらちお」にて登場する愛弥の両親のストーリー。愛弥を引き取る前の親父と父ちゃんのお話です) 【傲慢少年×幸薄青年】 極道一家の次男坊として生まれた萌 幸在(キザシ ユキアリ)は、両親を上手い具合にだまくらかして中学卒業と共に一人暮らしを始め三年が経とうとしていた。桜が咲き始めた暖かさと寒さが交互にやって来る三月も終わりのことだった。 歩道橋の手摺りに乗っかり、今にも身を投げ出そうとしている若い男と遭遇し、無意識に助けていた。拾ったものは全て自分のものだという主義の幸在は、明らかに浮浪者の形をした男を連れ帰り、飼うことに勝手に決め行動に移していた。 ホームレスらしき男、無平 幸(ムヒラ サチ)を風呂に入れ食事を与え、身形を整えさせるも、身体中に根性焼きや傷痕、火傷痕を持つ彼は、死にたいと泣き縋る一方だった。面倒になった幸在は、自分の中での決定事項を漸く青年にと告げ、飼われる以外に道はないのだと幸を追い詰めるのだった。 その日から、死にたがる幸薄い青年と、彼を束縛し飼い慣らす傲慢で俺様なあざとい少年との生活が幕を開けた――。 本名も知らない、年齢もわからない、虐待を受けて育った様子の幸を、ゆっくりと少しづつ飼い慣らしていく幸在と、他人の優しさも温もりも世間のことも何も知らない幸のお話。 「幸せにしてやるから、お前のその命、俺に預けろ。お前が捨てる命を俺が拾ってやるんだ。今この瞬間からサチは俺の犬だ。精一杯傅けよ」 「こんな汚いオレなんか、何の為に傍に置こうと言うんです? オレは死にたいんよ。死なせて下さい。お願いやから、オレに構わんといて」 *不定期更新。 性的描写があります故、高校生含む18歳未満の方は、自己責任に於いて判断をお願い致します。 当方では、如何なる不利益を被られましても責任が取れませんので、予めご理解下さいませ。 タイトル横に*印がある頁は性的描写を含みますので、お気を付け下さい。 此方の作品は、作者の妄想によるフィクションであり、実際のものとは一切の関係も御座いません。 また、作者は専門家ではありませんので、間違った解釈等あるかと思います。 「あべらちお」に登場する愛弥の両親のスピンオフとなります。 苦手な方は読まれないことをオススメ致します。 以上のことご理解頂けたらと思います。

【BL】欠陥Ωのオフィスラブストーリー

カニ蒲鉾
BL
【欠陥Ωシリーズ第3弾!育休復帰編】  《橘つかさ》は幼い頃両親を交通事故で一気に亡くし、自分も後遺症としてフェロモンを全く感じない体質の欠陥オメガとなってしまった。身よりもなく施設で暮らすも、長年繰り返された性的虐待の日々から逃げるため施設を飛び出したその先で偶然出会った優しいアルファ《御門楓珠》に引き取られ、楓珠の秘書として新たな人生を歩んでいく。  それから数年後――ある日楓珠の息子《御門楓真》が留学から帰ってくると知らされたつかさは、7つも年下の彼とどんな会話をすればいいのか心の準備をろくにする間もなく、不意にばったり出会ってしまった二人。その瞬間、目にも止まらぬ早さでつかさを抱きしめる楓真は『俺の運命』と豪語し、つかさに対する熱心なラブアタックが始まった。  紆余曲折を経て番となり、決して簡単では無い双子の妊娠出産を経験したつかさと楓真は今では4人仲良く穏やかに暮らす御門ファミリー。  つかさの育児休暇も明ける頃、新たに社長に就任した楓真の念願の専属秘書として職場復帰したつかさに待ち受けていたのは、社内恋愛が出来ると浮かれた楓真とのラブラブなオフィスラブ……ではなく、長年楓真に想いを寄せ取引先としても大きな力を持つ幼馴染《一柳美樹彦》の存在が大きな波乱を巻き起こす―― 《欠陥Ωシリーズ》 【第1章】「欠陥Ωのシンデレラストーリー」 【第2章】「欠陥Ωのマタニティストーリー」 【第3章】「欠陥Ωのオフィスラブストーリー」 【SS】「欠陥Ωの淫らな記録」

トラとウマ─研修医の俺が拾ったのはアルビノ被虐待児でした─

西似居ハイロ
BL
秋田虎治(あきたとらじ)は研修帰りの公園でアルビノの被虐待児と奇妙な出会いを果たす─ 2人の選択と彼らが歩む未来とは…─? ※辛い表現アリ ※ゆっくり更新 ※ちょいちょい修正入ります 多分割とアルアルネタ……

もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!

をち。
BL
公爵家の3男として生まれた俺は、家族からうとまれていた。 母が俺を産んだせいで命を落としたからだそうだ。 俺は生まれつき魔力が多い。 魔力が多い子供を産むのは命がけだという。 父も兄弟も、お腹の子を諦めるよう母を説得したらしい。 それでも母は俺を庇った。 そして…母の命と引き換えに俺が生まれた、というわけである。 こうして生を受けた俺を待っていたのは、家族からの精神的な虐待だった。 父親からは居ないものとして扱われ、兄たちには敵意を向けられ…。 最低限の食事や世話のみで、物置のような部屋に放置されていたのである。 後に、ある人物の悪意の介在せいだったと分かったのだが。その時の俺には分からなかった。 1人ぼっちの部屋には、時折兄弟が来た。 「お母様を返してよ」 言葉の中身はよくわからなかったが、自分に向けられる敵意と憎しみは感じた。 ただ悲しかった。辛かった。 だれでもいいから、 暖かな目で、優しい声で俺に話しかけて欲しい。 ただそれだけを願って毎日を過ごした。 物ごごろがつき1人で歩けるようになると、俺はひとりで部屋から出て 屋敷の中をうろついた。 だれか俺に優しくしてくれる人がいるかもしれないと思ったのだ。 召使やらに話しかけてみたが、みな俺をいないものとして扱った。 それでも、みんなの会話を聞いたりやりとりを見たりして、俺は言葉を覚えた。 そして遂に自分のおかれた厳しい状況を…理解してしまったのである。 母の元侍女だという女の人が、教えてくれたのだ。 俺は「いらない子」なのだと。 (ぼくはかあさまをころしてうまれたんだ。 だから、みんなぼくのことがきらいなんだ。 だから、みんなぼくのことをにくんでいるんだ。 ぼくは「いらないこ」だった。 ぼくがあいされることはないんだ。) わずかに縋っていた希望が打ち砕かれ、絶望しサフィ心は砕けはじめた。 そしてそんなサフィを救うため、前世の俺「須藤卓也」の記憶が蘇ったのである。 「いやいや、俺が悪いんじゃなくね?」 公爵や兄たちが後悔した時にはもう遅い。 俺は今の家族を捨て、新たな家族と仲間を選んだのだ。 ★注意★ ご都合主義です。基本的にチート溺愛です。ざまぁは軽め。みんな主人公は激甘です。みんな幸せになります。 ひたすら主人公かわいいです。 苦手な方はそっ閉じを! 憎まれ3男の無双! 初投稿です。細かな矛盾などはお許しを… 感想など、コメント頂ければ作者モチベが上がりますw

処理中です...