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色々な涙

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疑問うずまくなか、イリスさんに案内されて、簡単な間仕切りのあるテーブル席に案内された。

「ここが、このカフェの特等席なんです。そこの窓から見える景色が素敵なんですよ」
そう言って、窓を手で示した。

見ると、窓越しに山が見えて、窓が一枚の絵画みたいに見える。

「あっ! あそこに滝もある! 霧がかかってるみたい!」

「ええ。あの小さな滝はお湯がでていて、昔はドラゴンが体をあたためていたという言われがあるんです。そのため、ドラゴンの湯と呼ばれています」

ドラゴンの湯…。
前世の記憶がよみがえる。

おばあちゃんと一緒に、銭湯によく通ったなあ…。
ちなみに、その銭湯の名前は、…あ、そうそう。
ご主人の名前をとって「クマゴロウの湯」だったわ…。

懐かしいわね…。

思い出したら、つーっと涙がこぼれた。

「え? アデル王女様?! いかがされましたか?」
イリスさんが、あせったように言った。

すぐに、ユーリが私の顔をのぞきこむ。

「どうしたの? アデル」

「うん、ちょっとね…。懐かしい気持ちになっただけ。心配しないで、ユーリ」

すると、ユーリがハンカチをとりだし、私の涙を拭きながら言った。

「この国にきてから、アデルは何故か懐かしいって泣くよね…。ぼくの知らないことを思い出して、アデルが涙をながすのって、なんか気に入らないな」
ユーリのひんやりした声に、思わず、涙がひっこんだ。

「えっ…、そうかしら…?」

「そうだ。いいことを思いついた」
そう言って、美しく微笑んだユーリ。

「うん。それは、絶対いいことではないわね。聞かなくて結構よ、ユーリ!」

が、ユーリは私の意見を取り入れるつもりはないみたい。

「ぼくが、アデルを泣かせて、上書きするの。それなら、泣く時は、ぼくを思いだすよね?」

「え? …いや、ちょっと、ユーリ! 何言ってるの?! それ、全然違うじゃない!」

「どこが?」

「私はね、懐かしくなって涙を流したの。ここ肝心。ユーリに泣かされたら、怖くて泣くじゃない? それだと、涙の質が違うわ!」
と、断固抗議する。

「あのね、アデル。ぼくなら、色々な涙を出させられると思うけど?」
ユーリが、艶やかに微笑んだ。

その瞬間、体がぞわっとした。

ほんと、この笑みで、令嬢たちが、どれほど悲鳴をあげてきたか…。
なんて、危険なの!

と、警戒した時、ユーリに向かって、ラスさんが声をかけた。

「はい、主。そこまで。その顔、純真なアデル王女様に見せていい顔じゃないから…。それと、その駄々洩れてるフェロモン、ひっこめて。このカフェ中に充満したら、どうする」

「ねえ、ラス。さっきから、なんで、そんなにアデルに構うの? ああ、ぶっ殺されたいんだね?」
と、冷気を放つユーリ。

「こら、ユーリ! そんなひどいことを言ったらダメよ! ラスさん、ごめんなさいね。でも、ユーリが、こんな口調でしゃべるなんて、本当にラスさんとは仲がいいのね」
私の言葉に、「だから、それ、ちがうから」と、ユーリが大きなため息をついた。

そんなユーリを見て、イリスさんが優しく微笑む。
「アデル様といらっしゃると、公爵様の青年らしい表情が見れて新鮮です」

それから、私たちは日替わりのランチを頼んだ。
前世を思い出すような、カジュアルなランチに心が躍る。

「ラスさんも一緒にどう?」
と、私が声をかけたら、ユーリがものすごい視線でラスさんをにらむ。

「いえ、主に本当に消されますから」
ラスさんは、そう言うと、外で待機すると言って出て行った。

ユーリと私が向かい合ってすわると、すぐに、サラダが運ばれてきた。
なんと、イリスさんが育てたお野菜だという。

みずみずしいお野菜が美味しい!

ふと、見ると、ユーリのお皿に、赤い実だけが残されている。
これは、前世ではなかった野菜、ララナというもの。
前世のプチトマトに、味も色も似ている。

「ユーリ。…もしかして、ララナが嫌いなの…?」

「まあ、ちょっと苦手かな」

なんと、魔王ユーリの弱点を発見! これは…いつか使えそうだわ! 
思わず顔がゆるむ。

「なんかアデル、嬉しそうだね? でも、苦手って言うだけで、別に食べられないわけじゃないから。弱点にはならないよ?」

あ、そうなの? 残念ね。…って、私の心が読まれてるわ!
さすが、ユーリ、おそるべし!

警戒した顔で見ると、ユーリがふっと笑った。

「あのね。何年そばにいると思ってんの? アデルの考えそうなことは、なんでもわかるよ」
そう言うと、自分のお皿から、残していたララナを私のお皿にうつしてきた。

「アデル、これ、大好物でしょ?」

「ええ。でも、ユーリ、好き嫌いはダメよ。大きくなれないからね」

「ぼくは、もう、じゅうぶん大きくなったから、小さいアデルが食べてね」

うん。それもそうだわ…。

悲しいけれど、ぐんぐん背がのびたユーリと、ちっとも伸びなかった私。
好き嫌いなく食べているのに、現実は悲しすぎる…。



※ 更新が大変遅くなって、すみません。
不定期な更新のなか、読んでくださっている方、ありがとうございます!
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