妖精のたのみごと

水無月あん

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再会

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ケヤキの妖精と初めて会ってから2か月。
もう3月になったのに、今年はまだ寒い日が続いている。

おじいちゃんにばっさり切られた庭のケヤキも短いままで、なんだか寒そう。

なんてことをうっかり口にしたら、ケヤキの妖精が、「おぬしのじいさんは、切りすぎなんじゃあ!」と、その時の怒りがよみがえったみたいで、大変だった。
今も思い出しては、私に文句を言ってくる。

なんでそんな会話があるかというと、実は、この2か月の間、私とケヤキの妖精は、ほぼ毎日会っているから。

今や、私が学校から帰ると、待ちかねたように、ケヤキの妖精が姿をあらわすようになった。

門をくぐったとたん、全身緑色の小さないきものが、庭のケヤキの下からとびだして、自分のほうへと必死に走ってくる姿は、遠目に見ると、なんだか、かわいらしい。

でも、近くにくると、そのかわいらしさは、きれいさっぱり消え去ってしまう。

態度は大きいし、口は悪いし、なにより、私に会いたいから、あんなに全力で走り寄ってくるわけでもないし。

そう、ケヤキの妖精の狙いは、ただひとつ。
私のおやつだけ。

というのも、最初にあげたチョコレートがやけに気に入ったケヤキの妖精。
二度目に私の前に現れた時は、私の顔をみるなり、「また、あの土みたいな色をした、うまいものをくれ!」と言ってきた。

そのとき、私の家にはチョコレートがなかったから、かわりに、その日のおやつのマドレーヌをわけてあげた。

ちなみに、昼間、仕事でいないお母さんは、学校から帰ってきた私がすぐに食べられるよう、いつも、おやつを用意してくれている。

ケヤキの妖精は、チョコレートがなかったことに、あからさまに、がっかりした様子だった。
でも、マドレーヌを口にいれると、「うううう……これもうまいっ!」と叫んだあと、のけぞったり、とびあがったりと、大騒ぎしながら食べていた。

そして、気が付いた時にはもう、私は、ケヤキの妖精に、毎日、おやつをわけるはめになってしまっていた。

おやつを前にしたら、毎回、緑色の目を輝かせて、喜びを爆発させながら食べるケヤキの妖精。

大げさすぎない? とも思うけど、正直、ちょっと、うらやましい。
あんなに感情をだせるなんて、私には、なんだか、まぶしく見えてしまう。



◇ ◇ ◇



春休みが近づいてきたある日、転校生がやってきた。

先生につれられて教室に入ってきたのは、背の高い男子。
その顔を見た瞬間、ドキンと心臓が大きな音をたてた。

冬樹君……!

記憶の中の小さな男の子とは違って、大人びてはいるけれど、見間違えるはずはない。


「羽田冬樹です。3年生までこの学校に通っていたから、知っている人も多いと思います。また、よろしくお願いします」

「ええっ、冬樹君!?」
「うわあ、なつかしい!」
「背がのびて、かっこよくなってるー!」

教室のあちこちから、驚きの声や楽しそうな声がとぶ。

そんななか、とっさに、私は顔をふせた。
自分の顔がかたくなっていくのがわかる。

休み時間になったら、すぐさま冬樹君はみんなに取り囲まれた。

わいわいと楽しそうな話し声。
そっちを見ないようにしていても、私の耳は、懐かしい声だけを勝手にひろってしまう。

大人っぽくなっても、やっぱり、冬樹君はかわってない……。
いつだって、みんなに好かれる冬樹君だ……。

私は冬樹君の視界に入らないように、その集団からできるだけ離れた。

幸い、たった一人、私がクラスで話をする緑川さんも興味はないらしい。

緑川さんは、去年、この町にひっこしてきたから、冬樹君を知らない。
本好きの緑川さんとは図書委員になったときに話すようになった。
本の話ばかりしているので、個人的なことは知らない。緑川さんも聞いてこない。
でも、だからこそ、安心できる。

親しくなって、ともだちになるのは怖いから……。

クラス中がわきたつなか、いつもどおり、私は静かに一日をやりすごした。

帰りの時間になり、私は緑川さんにだけ挨拶をすると、急いで教室をでた。
ほっとして廊下を歩いていると、後ろから走ってくる足音。

「待って……」

その声に、2年前を思い出して、私は動けなくなった。
たちどまった私の前にまわりこんだ冬樹君。

2年前は同じ目線だったのに、今は私が見あげる感じで、目があった。

冬樹君は一瞬ためらったあと、
「ひさしぶり……。元気だった?」
と、聞いてきた。

以前とかわらず、やわらかい話し方。でも、胸にずきんと痛みがはしった。 

「うん……、ひさしぶり……」

自分でもびっくりするほど冷たい声がでた。
冬樹君の目が、悲しそうにゆれた。

記憶の中の小さい男の子と重なって、更に、ずきずきと胸が痛みだす。

「あの、はるちゃん……、僕……」

冬樹君が何かいいかけたのをさえぎって、「ごめん、いそいでるから」とだけ言うと、私はかけだした。



そして、次の日、私は学校を休んだ。
はじめて、お母さんに体調が悪いと嘘をついて……。

心配するお母さんの顔を見ると、罪悪感でいっぱいになるけれど、それでも、今は、学校に行きたくない。
自分でも、どうしていいかわからない。

だから、私は逃げた……。

結局、学校に行かないまま、春休みに入った。
 

春休み一日目。
朝早く目がさめた私は、のそっとベッドからでると、ひとつ深呼吸をした。
そして、おもいきって、机の小さなひきだしを開けた。

ずっと使っていなかった、そのひきだし。
奥のほうに手をつっこみ、中にあったものをとりだした。

全体的に灰色で、黒いもようがある、まんまるい石。
2年ぶりに見たその石は、記憶にある石よりも、ずっと小さく思えた。
 


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