上 下
78 / 121
番外編

円徳寺 ラナ 31

しおりを挟む
あれから、遠野さんは大学に来なくなった。

最後に見た、ほの暗さがにじむ遠野さんの笑顔を思い出し、心配になる。

遠野さん、大丈夫かな…。
大学に来れないほど悲しんでいるのかな…。

無茶をしてないといいけど…。
だって、そんなことをしようものなら、遠野さんが、さらに傷つく…。

心配ばかりが大きくなっていくが、私は遠野さんのために何もできない。
気ばかり焦るから、せめて、遠野さんが大学へ来た時、休んでいた講義がわかるように、遠野さん用のノートも作って、遠野さんが大学に来るのを待った。


そして、家では、ルリの記憶は、戻らないまま。
相変わらず、不思議なほど外出しようとはしないルリ。

お母様は、ルリの記憶を取り戻そうと、なにかと、以前のルリの好きだった場所へ誘う。
でも、ルリは、やんわりと断っている。

ルリは記憶を取り戻そうとしている様子はまるでなく、記憶が戻らないことに焦る様子もない。

ただ、まわりを観察しながら、淡々とすごすルリ。

決して拒絶する態度をとるわけではないけれど、まわりとは、どこか一線をひいたルリを見ていると、ふと、おとぎ話の「かぐや姫」を思い出した。
いつか月にかえってしまうような、どこか違うところからきた高貴な女性。

まわりには決してなじまず、ものしずかで、儚げ。
いつ消えてしまってもおかしくないような感覚にとらわれる。

だからなのか、お母様は目を離そうとはせず、常にルリに寄り添っている。

そして、リュウもまた、そんなルリに日に日に魅了されているよう。

ルリを見るリュウは、どこか、熱にうかされている感じ。
記憶を失う前のルリには、これほどの熱のある目は向けていなかった。

今では、大学から戻ると、リュウがいるという日が多くなった。
まるで、自分の家のように、長い時間、滞在するリュウ。

何かと、「記憶の戻らないルリが心配で、少しでも、ルリのために力になりたいんです」と言うリュウ。
そんなリュウを、お母様は頼り切っている。

二人はルリを中心にして固く結託したことで、家の中の空気が、少しずつ変わってきた。
説明しずらいけれど、二人の思いに支配されていくような、何とも言えない圧迫感。

でも、お父様は、ルリが退院してからも、ルリと同様、私にも気づかってくれている。
だからか、仕事からお父様が帰ってくると、家の雰囲気が軽くなる。
でも、仕事で忙しいお父様が家にいる時間は短い。

そんな変化の中、妙に心が揺れる時は、森野君からのメールを読み返す私。
そうすると、不思議なほど、不安が消えた。

森野君は心配して私の身の周りのことを聞いてくれるけれど、私は、リュウについては一切書いていない。

心配かけたくないというのもあるけれど、大きな理由は、外国で、がんばっている森野君に、どろっとしたリュウの話を書きたくないから。
まぶしいほど前に進む森野君に、よどんだもので足を止めて欲しくない、そんな気持ちになってしまう。


リュウが自分ではなく、ルリに惹かれるのは仕方がない。
それに、好きでもない私が婚約者で、リュウも気の毒だと思う。

本当はルリとリュウが結婚して、会社を継ぐのが一番いい。両親も望んでいると思う。

でも、お母様は、病弱だったルリの体が心配。
だからこそ、私を養女にした。
更に今のルリは記憶がない。

「ラナ。今のルリは記憶がないから、何かあったら、守ってあげて」
と、事あるごとに私に頼んでくるお母様。

「大丈夫です。守りますから」
そう答えると、お母様は私に微笑む。

その笑顔を見ると、やっぱり、期待に応えたいという思いがわいてくる。
孤児院から出してくれた、あの時の安心した気持ちが、どうしても戻ってくるから。

だから、ルリを守るため、私が矢面に立たてるようにならないと。

でも、私一人で、会社を継ぐ力はない。お父様が信頼している人の息子であるリュウが必要…。
婚約者をルリに変えるのは難しいってことよね…。

リュウの気持ちが私になくても別にいい。私もそうだし。
でも、同じ道を進む以上、信頼できる人であってくれたらいいのに。

でも、今までのリュウを見ていると、…そうじゃない。

ふと、遠野さんの付き合っていた人のことを思いだした。
そして、遠野さんを思うと、胸がいたんだ。


最近、お土産を買ってくるようになったお父様。
必ず、ルリと私と同じ物を買ってきてくれる。

物と言えば、以前のルリには、散々、持ち物をとられていたので、いまだに癖で、すぐに、あげようとしてしまう。

お母様はと言えば、ルリを喜ばそうと、プレゼント攻撃がエスカレートしていっている。
買い物に誘っても行かないルリに、デパートの外商を呼んでは何かを買うようになったから。

以前のルリは、「あれが欲しい。これが欲しい」と、散々言っていた。
今のルリは、決してそんなことは言わない。

でも、お母様がプレゼントした物は、きちんとお礼を言って、受け取っている。
どう見ても嬉しそうには見えないけれど、どこか観察するように、受け取っているルリ。

それを見たリュウも、ルリの気をひこうと、プレゼント攻撃にでた。
が、ルリは、高価そうなものは、すかさず返して、私と分けられるようなお菓子とかだけ、受け取っているようだ。

しかも、最近は、リュウと二人にならないよう、避けている感じもする。

知れば知るほど、以前のルリとは全く違う。

以前とはちがって、地味でシンプルな服を着て、表情も穏やかで、品のある立ち居振る舞い。
見た目ですら、全く違って見えてきた。



そんな生活が続き、半年が過ぎた頃、大学に遠野さんがやって来た。
私を見て、手をふった遠野さん。

その姿に私は息をのんだ。
げっそりと痩せてしまい、別人のようになっていたから…。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

捨てたのは、そちら

夏笆(なつは)
恋愛
 トルッツィ伯爵家の跡取り娘であるアダルジーザには、前世、前々世の記憶がある。  そして、その二回とも婚約者であったイラーリオ・サリーニ伯爵令息に、婚約を解消されていた。   理由は、イラーリオが、トルッツィ家よりも格上の家に婿入りを望まれたから。 「だったら、今回は最初から婚約しなければいいのよ!」  そう思い、イラーリオとの顔合わせに臨んだアダルジーザは、先手を取られ叫ばれる。 「トルッツィ伯爵令嬢。どうせ最後に捨てるのなら、最初から婚約などしないでいただきたい!」 「は?何を言っているの?サリーニ伯爵令息。捨てるのは、貴方の方じゃない!」  さて、この顔合わせ、どうなる?

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...