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番外編
円徳寺 ラナ 24
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それから、遠野さんに、あの講義以外でも、大学でよく会うようになった。
今まで知らなかったのが嘘のように、いろんなところで見かける。
そのたび、遠野さんは話しかけてくる。
といっても、まだ、遠野さん自身のことも全く知らないし、森野君と話す時みたいに、本の話とかでもないから、気の利いた返事もできない。
せっかく声をかけてくれたのに、こんなのでは悪いな、と思ったけれど、遠野さんは私の反応をまるで気にした様子はない。
ただ、一方的に話をして、私が聞く、みたいな感じ。
ころころ表情がかわって、かわいらしい遠野さん。
やっぱり、ちらちらとルリを思い出すような顔立ち。
似てる…、と思いつつ、だんだん遠野さんが話しかけてくることに慣れていった。
そして、リュウは病院から送ってくれるだけでなく、晩御飯も一緒にとることが多くなった。
今日も、まるで家族のように、リュウは食卓についていた。
「ルリがいなくて寂しいから、リュウ君が一緒にご飯を食べてくれて嬉しいわ」
と、リュウに微笑むお母様。
お酒を飲みながら、上機嫌になっているお父様も言った。
「確かに。リュウ君は話し上手だから、にぎやかでいい」
「そう言っていただけると嬉しいです。ここに来るのが、ぼくも楽しみだから」
リュウは、人懐っこい笑みを両親に見せた。
お母様が、そんなリュウを見て、ふと真剣な顔になった。
そして、しぼりだすようにつぶやいた。
「ラナは本当に幸せよね…。リュウ君みたいな人が婚約者で…。ルリは、このまま記憶が戻らなかったら、どうなるのかしら…」
反射的に、体がびくっとしてしまう。
恐る恐るお母様を見ると、何か考え込むように、宙を見つめていた。
お父様は酔っぱらってきたのか、顔を赤くして、大きくうなずいた。
「本当にそうだ! ラナに、リュウ君という立派な婚約者がいて、私も安心だ! ルリがあんなことになって、記憶もいつ戻るかわからない…。リュウ君! ラナはがんばりやで、自分のことは後回しにしてきた子だ。どうか、大切にしてやってくれ」
リュウはお父様に大きくうなずいた。
「もちろん、ラナを大切にします。それに、ルリのことも、ラナと一緒に支えますから」
「ありがとう、リュウ君。頼んだぞ」
そう言って、酔っぱらったお父様は、うっすらと涙を浮かべていた。
が、私は、何か思いつめたようなお母様の様子が気になって仕方がなかった。
そんな時、森野君からメールがきた。
向こうの生活にやっと慣れてきたこと。
でも、自炊で苦労しているようで、その様子が、おもしろく書かれていた。
ものすごく忙しそうだけれど、充実しているみたい。
森野君のがんばっている様子が伝わってきて、私の心も浮き立った。
そして、最後は、私の状況を心配して、連絡が欲しいとあった。
私は、早速、返事を書く。
でも、森野君を心配させないようにしないと…。
森野君は鋭いから、余計なことを書かないようにしよう。
私は、書いたり消したりしながら、色々考えて、結局、とても短いメールになった。
ルリの記憶は戻らず、家族は、落ち着いていること。
大学で、森野君と一緒だった講義で、遠野さんという人がよく話しかけてくるようになったこと。
あとは、穏やかに過ごしているから、安心してほしい。
と、いうようなことだけを書いたメールを送った。
すると、翌朝、返事がきていた。
おはよう。円徳寺、返事ありがとう。
円徳寺が元気そうで安心した。 …とでも言うと思ったか?
なんだ、あの要点だけをしぼりすぎて、連絡事項みたいになったメールは?
まあ、でも、円徳寺らしい…。
俺を心配させないようにと考えぬいたら、あんな簡潔すぎるメールになったんだろう?
正直、読んだ時は、「おい! 短すぎるだろう?」って、思わず笑った。
でも、円徳寺の俺を気づかう気持ちが伝わってきて、癒された。
というのも、今日、俺が作った料理が恐ろしくまずくて、俺の心が荒ぶってたからな。
それと、その遠野という学生、急に接近してきたみたいで気になる…。
俺は、子どもの頃から、何度か身代金狙いで誘拐されそうになった。
その後も、下心があったり、悪意があったり、そんな人間が寄ってくることは度々だ。
だからか、俺は、まわりの人間に常に注意を払うのが癖になった。
あの講義を受けている学生たちも、なんとなく観察しているが、遠野という名の学生がいた記憶がない。
とはいえ、人数も多いから、俺が覚えてなかった可能性もあるし、その学生が休学して、復学してきたとか、何か事情がある場合もあるだろう。もちろん、もぐりの可能性も…。
俺が心配性なんだろうが、円徳寺は根が善良すぎて、そう言う意味で人を疑わないから心配だ。
とりあえず、何か買えとか言われても、買うなよ。
円徳寺、その遠野という学生について、なんでもいいから教えてくれ。
それと、メールは要点以外のことも書いていいんだからな。というか、書いて欲しい!
じゃあ、また、返事待ってる。
今まで知らなかったのが嘘のように、いろんなところで見かける。
そのたび、遠野さんは話しかけてくる。
といっても、まだ、遠野さん自身のことも全く知らないし、森野君と話す時みたいに、本の話とかでもないから、気の利いた返事もできない。
せっかく声をかけてくれたのに、こんなのでは悪いな、と思ったけれど、遠野さんは私の反応をまるで気にした様子はない。
ただ、一方的に話をして、私が聞く、みたいな感じ。
ころころ表情がかわって、かわいらしい遠野さん。
やっぱり、ちらちらとルリを思い出すような顔立ち。
似てる…、と思いつつ、だんだん遠野さんが話しかけてくることに慣れていった。
そして、リュウは病院から送ってくれるだけでなく、晩御飯も一緒にとることが多くなった。
今日も、まるで家族のように、リュウは食卓についていた。
「ルリがいなくて寂しいから、リュウ君が一緒にご飯を食べてくれて嬉しいわ」
と、リュウに微笑むお母様。
お酒を飲みながら、上機嫌になっているお父様も言った。
「確かに。リュウ君は話し上手だから、にぎやかでいい」
「そう言っていただけると嬉しいです。ここに来るのが、ぼくも楽しみだから」
リュウは、人懐っこい笑みを両親に見せた。
お母様が、そんなリュウを見て、ふと真剣な顔になった。
そして、しぼりだすようにつぶやいた。
「ラナは本当に幸せよね…。リュウ君みたいな人が婚約者で…。ルリは、このまま記憶が戻らなかったら、どうなるのかしら…」
反射的に、体がびくっとしてしまう。
恐る恐るお母様を見ると、何か考え込むように、宙を見つめていた。
お父様は酔っぱらってきたのか、顔を赤くして、大きくうなずいた。
「本当にそうだ! ラナに、リュウ君という立派な婚約者がいて、私も安心だ! ルリがあんなことになって、記憶もいつ戻るかわからない…。リュウ君! ラナはがんばりやで、自分のことは後回しにしてきた子だ。どうか、大切にしてやってくれ」
リュウはお父様に大きくうなずいた。
「もちろん、ラナを大切にします。それに、ルリのことも、ラナと一緒に支えますから」
「ありがとう、リュウ君。頼んだぞ」
そう言って、酔っぱらったお父様は、うっすらと涙を浮かべていた。
が、私は、何か思いつめたようなお母様の様子が気になって仕方がなかった。
そんな時、森野君からメールがきた。
向こうの生活にやっと慣れてきたこと。
でも、自炊で苦労しているようで、その様子が、おもしろく書かれていた。
ものすごく忙しそうだけれど、充実しているみたい。
森野君のがんばっている様子が伝わってきて、私の心も浮き立った。
そして、最後は、私の状況を心配して、連絡が欲しいとあった。
私は、早速、返事を書く。
でも、森野君を心配させないようにしないと…。
森野君は鋭いから、余計なことを書かないようにしよう。
私は、書いたり消したりしながら、色々考えて、結局、とても短いメールになった。
ルリの記憶は戻らず、家族は、落ち着いていること。
大学で、森野君と一緒だった講義で、遠野さんという人がよく話しかけてくるようになったこと。
あとは、穏やかに過ごしているから、安心してほしい。
と、いうようなことだけを書いたメールを送った。
すると、翌朝、返事がきていた。
おはよう。円徳寺、返事ありがとう。
円徳寺が元気そうで安心した。 …とでも言うと思ったか?
なんだ、あの要点だけをしぼりすぎて、連絡事項みたいになったメールは?
まあ、でも、円徳寺らしい…。
俺を心配させないようにと考えぬいたら、あんな簡潔すぎるメールになったんだろう?
正直、読んだ時は、「おい! 短すぎるだろう?」って、思わず笑った。
でも、円徳寺の俺を気づかう気持ちが伝わってきて、癒された。
というのも、今日、俺が作った料理が恐ろしくまずくて、俺の心が荒ぶってたからな。
それと、その遠野という学生、急に接近してきたみたいで気になる…。
俺は、子どもの頃から、何度か身代金狙いで誘拐されそうになった。
その後も、下心があったり、悪意があったり、そんな人間が寄ってくることは度々だ。
だからか、俺は、まわりの人間に常に注意を払うのが癖になった。
あの講義を受けている学生たちも、なんとなく観察しているが、遠野という名の学生がいた記憶がない。
とはいえ、人数も多いから、俺が覚えてなかった可能性もあるし、その学生が休学して、復学してきたとか、何か事情がある場合もあるだろう。もちろん、もぐりの可能性も…。
俺が心配性なんだろうが、円徳寺は根が善良すぎて、そう言う意味で人を疑わないから心配だ。
とりあえず、何か買えとか言われても、買うなよ。
円徳寺、その遠野という学生について、なんでもいいから教えてくれ。
それと、メールは要点以外のことも書いていいんだからな。というか、書いて欲しい!
じゃあ、また、返事待ってる。
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