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12.小さな記憶

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「何をそんなに悩んでらっしゃるのですか」

「……実は、私はもうすぐ爵位を継ぐんです。けれど私は本家で生まれた子供ではなく、妾の子供に過ぎません。父と正妻との間に子供ができなかったために役が回ってきただけなんです。そんな私がうまくやっていけるのか自信がなくなってしまって……」

 どうやらこの男は貴族だったらしい。

 確かに平民にしては高そうな服を着ている。男爵か子爵あたりだろうか。こんな元気のない男が高い爵位の家の人だとは思えないし。

「あなた、貴族だったのですね」

「……見えませんよね。最近になって貴族らしい振る舞いを教え込まれましたが、やはり幼い頃からきちんと貴族としての教育を受けた人間にはとうてい追いつけません。
子供の頃は貴族らしい生活どころか、その日の生活もままならないような暮らしだったんです。そんな人間が後を継いでうまくいくのか、不安が消えなくて……」

 男は沈んだ顔のまま、自嘲気味に笑う。

 深刻に悩んでいるのはわかったけれど、私にはどうもピンと来なかった。


「そこまで悩むことですか?」

「え?」

「そんな大層な立場でもないでしょう。妾の子でも何でもいいじゃないですか。継げって言われたんなら、その通りにすれば。そんなに重く考える必要はありませんよ」

 思ったまま、正直に告げる。

 別に家を継ぐくらいでそんなにうまくやれるかどうか悩む必要はないと思った。

 だって、この人の父親が継ぐように命じたということは、客観的に見てその能力があると思われているってことでしょう? この人が悩む必要はない。


「そう思われますか……?」

「ええ。それに、お父様は今まであなたやお母様の生活の保障すらしてこなかったのですよね? そんな方に正妻との間に子供ができなかったから跡取りになれなんて言われて聞いてあげるのですから、それだけで感謝しろと言ってしまっていいと思いますわ」

 躊躇いがちに尋ねてくる男性に、思ったままに告げる。

 全て本音だった。だいたい、公爵家とか侯爵家ならともかく、下位貴族でしょう? 貴族の家といったって国にいくつもある家の一つなのだし、そこまで思い悩む必要はない。

 いや、実際どんな家柄なのかは知らないけれど、私の直感がこの男の家は下位貴族だと告げているし、そうだと思う。

 私が失礼なことを考えながら言うと、男はぱっと顔を上げた。
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