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第二部
22.窮地②
しおりを挟む「お前……なぜここに……」
「ちょっと戻って来てたんです。やることがあったので。こんな時間にお外へ出られるんですか? ちょっとだけ待っていてもらえると助かるんですが」
「まさか、術師はお前が殺したのか。使用人たちはどこへやった。まさかあの者たちも殺したのではないだろうな。この扉もお前が?」
「一気に聞かないでくださいよぉ。答えられませんって」
ローレッタは眉根を寄せて困り顔で言う。
「一つずつ答えますね。まず一つ目の質問ですが、術師の方は私が処分させていただきました。あの人は命令に従っていただけなのでちょっと気の毒かとは思ったんですが、でも嫌がって怯える幼いリディアお嬢様に問答無用で文様を入れていたんですから、情けは無用かと思いまして」
「お前何を……」
「二つ目。使用人の方たちは殺してません。皆眠ってもらってます。お嬢様を不当に扱ってきた人たちなので、多少傷ついてもいいかと思って乱暴に捕まえちゃいましたが、死んだ人はいないと思います。地下牢にまとめて入れてあるので安心してください」
「何を言っているんだ、なぜ」
「最後の質問ですが、はい。この扉は私が魔法で閉めさせてもらいました。叩こうが壊そうが外には出られませんよ」
「そんなはずはない! お前は魔力を溜める器すらろくになかったはずだ! 魔法など使えるわけがない!」
お父様が言うと、ローレッタは苦笑いした。
「そうですねぇ。それで旦那様に魔獣の餌にされそうになりましたよね。リディアお嬢様が専属メイドに指名してくれなければ死ぬところでした」
ローレッタはそう言いながら、スカートを太ももの真ん中辺りまでたくしあげる。
服の下からびっしりと歪つな黒い文様が彫られた足がのぞくのを見て、息が止まりそうになった。
「それは……」
「魔力を溜める文様です。自分で彫っちゃいました。もとの器が小さいからかあんまり溜められないんですけど、補充係をする分には問題ありません。私に魔法を使うのは無理かと思いましたが、お嬢様が教えてくれたおかげで簡単な魔法くらいなら使えるようになったんです」
ローレッタは得意げに言う。
驚くと同時に、ローレッタの言葉が引っかかった。補充係とは何だろう。
それに、リディアに魔法を教わった? あの子には決して魔法が使えないように制御装置をつけているはずだし、魔力測定でも異常はなかった。
大体、地下室に閉じ込められているあの子がどうやって魔法を覚えたというのか。
「あ、戻ってらしたみたいです」
唐突にローレッタは言う。戻ったって何が? そう思う間もなく、扉があっさりと開いて人影が現れる。
「……リディア……!!」
「ローレッタ、ご苦労様。パーティーを抜け出して戻って来たの」
双子の妹が屋敷に足を踏み入れると、扉はひとりでに閉まる。お父様が慌ててこじ開けようとするが、あっさりと押し返されていた。
「まぁ、お父様。せっかく娘が帰ってきたのに、すぐに出て行こうとするなんてひどいではありませんか」
「貴様……!」
「せっかくだから少しお話ししましょう? 私に聞きたいことがあるんじゃなくて? なぜアデル様と私が婚約することになったのかとか、地下牢から抜け出してからはどうしていたのかとか」
「ふざけるな! 私たちを閉じ込めてどうするつもりだ!? 早くここから出すんだ!!」
お父様は怒鳴り声を上げる。
すると、それまで優しげな笑みを浮かべていた双子の妹の顔が、すっと冷えた。
「閉じ込められるくらいなんだって言うの。私は生まれてからずっと、薄暗い地下室に閉じ込められてきたわ」
私たちを一人ずつ眺める妹の顔は限りなく冷たい。
「こんな少しの間閉じ込められたくらいで大騒ぎして馬鹿みたい。地下室で血を見たのが怖かったのかしら? 私は七歳の頃からずっと血を流し続けてきたけれど。それとも人気のない屋敷が不安だった? まさかね。私はローレッタが来るまでずっと、地下室で一人で過ごしていたのよ」
妹の顔には何の表情も浮かんでいなかった。がらんどうの目でじっとこちらを見ている。
この女から逃げたいと本能が告げる。けれど、蛇に睨まれた蛙のように、一向に足が動かない。
「……リディア、悪かった。お前を苦しめていたことはよくわかった。しかし、家を繁栄させ、国を守るためには仕方なかったんだ。もちろんお前の貢献には感謝しているよ」
お父様は急に声を和らげて言う。媚びるような目で双子の妹を見ながら、必死にご機嫌を窺っている。
「感謝ですか」
「ああ、とても感謝している。クロフォード家の繁栄はお前なしにはあり得なかった」
「そんなこと一度も言われたことありませんが。ただ、勝手をするな、家に尽くせ、我が家に泥を塗るなとだけ言われて育ちましたけれど」
妹はローレッタのほうに視線を向けて、ねぇ? と首を傾げた。
「悪かった。今までのことを悔いている。だからどうかここから出してくれないか」
「私からも頼むわ。ねぇ、リディア。私達家族でしょう?」
両親は青ざめた顔で妹に追いすがっている。しかし妹の表情は変わらない。
「何をしている! お前たちも早くリディアに謝るんだ!」
お父様はこちらを鬼の形相で睨みつけて言う。
今までお父様に双子の妹のことは妹として見るな、道具とだけ思えと教えられてきた私は、あまりの態度の変わりように戸惑った。
お兄様とシェリルが、順番に膝をつく。そうして謝罪の言葉を口にした。
「リディア、悪かった。お前をそこまで苦しめていたとは知らなかったんだ」
「私もよ、お姉様。これからは仲良くしていきましょう。ね?」
二人を無表情で見つめていた妹は、ゆっくり視線をこちらに向ける。
「リディアは何かないのかしら?」
「……っ」
逃れられない状況に唇を噛む。この状況では妹に謝罪するしかないのだろう。しかし、奴隷同然だと思っていた存在に膝をつくのは屈辱だった。
その上、この女のせいで私は大勢の見ている前でアデル様に婚約破棄されたのだ。
けれど、反発する気力はもう残っていなかった。
さっきから恐怖と緊張で張り詰めた心が限界を迎えていた。早くこの場所から逃れたいという思いだけが頭を占拠する。
私はゆっくり膝をつく。
「……謝るわ。私は長い間あなたを苦しめました。とても反省しています。これでいいんでしょう?」
そう言って顔を上げると、無表情だった妹の顔が、緩やかに綻んでいく。
「嬉しいわ。みんなわかってくれたのね」
「お嬢様、よかったですね」
「ええ、やっぱり私たちって家族なのね。話せばわかりあえるんだわ」
妹はローレッタと顔を見合わせて笑っている。なんとかこの場を切り抜けられるだろうか、そう安心しかけたとき、妹は優しい笑顔のまま言った。
「でも、もっとわかりあいたいの。だから、あなたたちは私と同じ目に遭ってもらえるかしら?」
妹はそう言うと右手を高く上げ、短い呪文を唱えた。瞬間、妹の腕や足から黒い文様が浮き出てくる。空中を舞う文様は、集まって巨大な霧に姿を変える。
何なの、これ。一体何をする気……。
浮かんだ疑問を言葉にする前に、屋敷中を震わせるような爆発音が響いた。
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