41 / 58
第二部
18.真実① アデル視点
しおりを挟む「アデルバート様、そろそろお時間ですよ」
「あぁ、今行く」
私室で資料に目を通していたら、執事に呼ばれた。今日はリディアとのお茶会の日だ。私は急いで読んでいた資料をしまう。
リディアにクロフォード家には現在も生贄がいるのではないかという疑念を聞かされてから、時間が許す限りその件について調べている。
調べれば調べるほど、出てくるのは疑惑を強める情報ばかり。正直リディアの勘違いであって欲しいと願っていた私は、調査結果に頭を抱えた。
出てきた情報はリディアの気持ちを曇らせるものだろうが、それでも正直に話すべきだろう。
あの夜、リディアが人目のあるところでは話せない内容だと言った通り、こんな話を軽々と誰かに聞かれる恐れのある場所で話すわけにはいかない。
しかし、今日のお茶会で遠回しにでも情報を伝えられたらいいと思い、私は急いで庭へ向かった。
***
庭に置かれたテーブルでは、すでにリディアが待っていた。私に気づくと急いで立ち上がり、笑顔を向けてくる。私も微笑みを返す。
「アデル様、お忙しい中時間を取っていただいてありがとうございます」
「いや、こちらこそ来てくれてありがとう。座ろうか」
「ええ」
今日のリディアは、私の苦手な媚びるような笑み見せるリディアだった。なんとなく気分が落ちるが、悟らせないように笑顔を作る。
ふと、後ろを見ると三つ編みのメイドが控えているのが見えた。昼間に見るのは珍しいなと思って眺める。
あの子は夜にリディアが会いに来るとき毎回連れていたメイドだ。先日も時間に遅れたと二人で大騒ぎしながら帰っていくのを見た。随分仲が良さそうだったから印象に残っている。
その割には昼間に見ることはないと思ったが、今日はあの子も同行してきたらしい。
「アデル様、何を考えてらっしゃいますの?」
つい三つ編みのメイドに気を取られていると、リディアが腕を絡ませてきた。笑顔を作りつつ、さりげなく腕をはがす。
「何でもない。それより、この前の件についての調査、また少し進んだよ」
「この前の件?」
リディアは不思議そうな顔をして首を傾げる。本気でわからないという顔だ。
「ほら、夜に私を呼び出したときに言っていた話だ」
そばで控えている使用人たちに聞こえないよう、小声でそう答えたら、リディアの顔がたちまち歪んだ。
不可解な反応を不思議に思っていると、リディアは笑顔に戻って言う。
「ああ、あの件ですわね。その調査の結果、教えていただいてもよろしいですか?」
「いや、ここではまずいだろう。後でゆっくり話すから」
「私すぐに知りたいんです。こっそり教えていただけませんかしら?」
リディアは鬼気迫る様子でそう言ってきた。驚いたが、生家に関わる重大な問題だ。気にするのも無理はないと思った。
「……わかった。では、場所を変えよう。王宮の図書館にでも行きたいとでも言って、使用人たちから離れて話そうか」
「ええ、お願いします」
私が小声で提案すると、リディアは口角を上げて笑った。
「ちょっと待っていてくれるか。どうせなら資料も見せたいから持ってくるよ」
「はい。お待ちしております」
私はリディアに背を向けて、一旦部屋に戻ることにする。
王宮の廊下を歩きながら、ふと窓の外を見て先ほどまでいたテーブルを見ると、リディアが三つ編みのメイドと向かい合っているのが見えた。
なんとなく目で追っていると、リディアは突然メイドの髪を引っ張る。メイドは頭を押さえて痛そうにしている。
思わず窓に張り付いてその光景を見た。
以前見たときはあんなに仲が良さそうだったのに。リディアはメイドに何かまくしたてると、思い切りその頬を叩いた。メイドは地面に倒れ込む。
周りの使用人たちが戸惑ったようにリディアとメイドに近づくのが見える。
私は慌てて引き返した。
「リディア! 何をやっている!」
「ア、アデル様……。資料を取りに行かれたんじゃ」
リディアは私の姿に気づくと狼狽えた。
「窓から君がメイドをはたく姿が見えたから戻ってきたんだ。……一体、何をやってるんだ。そのメイドが何かしたのか?」
「え、ええ。そうですわ。この子、とても無礼なことをしたので、しつけてあげようと思って」
リディアは取り繕うように笑顔で言う。自分が醜悪なことを言っているのに気づいていないのだろう。彼女に聞くのが馬鹿らしくなり、私はメイドのそばに行く。
「大丈夫か。立てるか」
「大丈夫です。慣れていますので」
「慣れてる?」
不審に思い、彼女の姿を眺める。頬が赤く腫れているほかに、袖の下から覗く肌がミミズ腫れのようになっているのが見えた。
「……なぁ。君はいつもそんな扱いを受けているのか?」
「そんなとは、叩かれたりとか髪を引っ張られたりとかですか? リディア様に会ったときはしょっちゅうですねぇ」
メイドはさも当たり前のことのように言う。リディアを振り返ると、気まずそうに目を泳がせている。
「アデル様、私の話も聞いてくださいまし。そのメイド、うちの屋敷では頭の足りないローレッタと呼ばれてみんなに迷惑がられているんです。だからちょっと厳しく教育してあげる必要があるのですわ」
「君の家では一人の使用人を侮辱的な呼び名で呼び、主人である君はそれを咎めもしないということか」
「だ、だって、そのメイド、生意気なんです! 全然言うことを聞かないし!」
リディアが叫ぶように言うが、これ以上続きを聞く気になれなかった。私はローレッタというらしいメイドの腕を引っ張って立ち上がらせる。
「リディア。悪いが帰ってくれないか。今日は君と話す気になれない」
「な……! アデル様!」
「それとこのメイドはしばらく王宮で預からせてもらう。クロフォード公爵には連絡しておくから、今日は一人で帰ってくれ。うちの執事に送らせよう」
「アデル様、お待ちください!」
叫ぶリディアに構わず、メイドを連れて城内に向かう。
いくら王族といえど、他家で雇っている使用人を了承なく預かるなんて褒められたことではない。しかし、あのリディアの様子を見るとそのままにしておくのが心配だった。
最近またリディアとの距離が近づいた気がしていたのに、やはり私には彼女を理解することはできないようだ。残念な気持ちで息を吐く。
メイドは腕を引かれたまま、黙ってついてくる。
「アデルバート様、リディア様喚いてますけどいいんですか?」
黙っていたメイドが口を開いた。随分と緊張感のない声だ。
「構わない。それより、君のその腕はちゃんと治療したのか? 大分腫れているが」
「してないですけれど、大丈夫だと思います。私は丈夫なので」
メイドはどことなく誇らしげに言う。私は王宮のメイドを呼んで彼女を手当させることに決めた。
36
お気に入りに追加
2,860
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
【完結】婚約破棄したら『悪役令嬢』から『事故物件令嬢』になりました
Mimi
ファンタジー
私エヴァンジェリンには、幼い頃に決められた婚約者がいる。
男女間の愛はなかったけれど、幼馴染みとしての情はあったのに。
卒業パーティーの2日前。
私を呼び出した婚約者の隣には
彼の『真実の愛のお相手』がいて、
私は彼からパートナーにはならない、と宣言された。
彼は私にサプライズをあげる、なんて言うけれど、それはきっと私を悪役令嬢にした婚約破棄ね。
わかりました!
いつまでも夢を見たい貴方に、昨今流行りのざまぁを
かまして見せましょう!
そして……その結果。
何故、私が事故物件に認定されてしまうの!
※本人の恋愛的心情があまり無いので、恋愛ではなくファンタジーカテにしております。
チートな能力などは出現しません。
他サイトにて公開中
どうぞよろしくお願い致します!
婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな
朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。
!逆転チートな婚約破棄劇場!
!王宮、そして誰も居なくなった!
!国が滅んだ?私のせい?しらんがな!
18話で完結
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる