噂好きのローレッタ

水谷繭

文字の大きさ
上 下
28 / 58
第二部

10.幽閉

しおりを挟む
 暗く狭い地下室で、私はただぼんやりと固いベッドに横たわっている。

 やることがないのでときどき小声で歌を歌った。ローレッタが機嫌のいいときによく歌っている歌。

 それも数分で飽きてしまう。

 足首には黒々とした頑丈な鎖が嵌めてある。首には同じ色のチョーカーを嵌められた。これは魔力を使えないように押さえつけるためのものだ。

 魔力制御の道具ならすでに左手の中指に嵌められているというのに、厳重なことだ。

 よほど私が魔力を暴発させるのが恐ろしいのだろう。


「あーあ、暇ね……。元の部屋なら本は読めたし、窓もあったのに。それに、ローレッタも来ないし……」

 元の部屋も見かけこそは姉のリディアの部屋そっくりに作られていたけれど、地下にあったから窓はただの飾りで、外の景色なんて見られなかった。

 けれど、私は暇なときただ壁があるだけの窓を見ながら、本物の外の様子はどうだろうと想像していた。

 元から監禁同然の生活だったのだから、さらに地下深くにある牢に入れられたとしてもそれほど応えないと思っていたのに、思いのほか地下牢生活は気が滅入った。

「うーん、もうちょっと考えるべきだったかしら。油断したわ」

 あの日、夜に抜け出したことをリディアにバレてから、私はただちに使用人たちに取り押さえられ、お父様の命令で地下牢に入れられた。

 それから一週間、この硬いベッドと洗面台以外に何もない小さな部屋に閉じ込められ続けている。

 歩き回るスペースすらないので、そろそろ体が痛い。

 一緒に取り押さえられたローレッタとは、あれ以来一度も顔を合わせていない。彼女には護身術を教えてあるのでひどい目に遭うことはないと思うが、少し心配だ。


「リディア、開けるぞ」

 扉の外から声が聞こえてきた。

 体を起こして返事をすると、ガチャリと音を立てて頑丈な扉が開く。そこには兄のブラッドと、彼の後ろに隠れるように立つシェリルがいた。

 お兄様の私を見下ろす限りなく冷たい目と、シェリルの蔑みの滲む表情。この前一緒に学園に行ったときとは随分違うなぁなんて当たり前のことを考える。

 あのときの二人は見事に仲の良い兄妹を演じながら、私が何か妙なことをしないようにと監視役を務めきっていた。

 お兄様はこちらを睨みながら言う。

「リディから聞いた。お前、夜にこそこそアデルバート殿下と会っていたらしいな」

「ふふ。だって、昼間堂々と会うことなんてできないじゃないですか」

「……当然だろう。お前は本来アデルバート殿下と顔を合わせていい人間ではない。何を勘違いしているのか知らないが、お前はリディが表に出られない時だけ代わりを務めていればいいんだ。立場をわきまえろ」

「まぁ、ひどい。私だってクロフォード家を支えるためにずっと頑張ってきたのに。お兄様の先日の討伐だって、私が苦痛に耐えて溜めた魔力を使ったから難なく終わったのでしょう?」

 私がそう言うと、お兄様は思いきり顔をしかめた。そうして心底嫌そうに言い捨てる。

「よその人間のいないところでまでお兄様と呼ぶのはやめてくれ。俺の妹はリディとシェリルだけだ」

「まぁ。血を分けた妹に向かってひどい。私だってお兄様の妹なのに」

 私が口を尖らせて言うと、シェリルが口を挟む。

「ねぇ、リディアお姉様。苦痛に耐えて溜めた魔力なんて恩着せがましい言い方はやめてくださる? お姉様はこの家に尽くすためだけに生かされているのよ。魔力を提供するのは当たり前じゃない」

「あら、シェリルまで冷たいことを言うのね。あなたのこの間の魔力の実技テストだって、練習をサボってもいい点数を取れたのは私の魔力のおかげでしょう?」

「誰に聞いたのよ。気持ち悪い。何か文句でもある? リディアお姉様なんてそれくらいしか役に立たないじゃない」

 シェリルは嘲るようにそう言った。外で囁かれている天使のような姿は見る影もない。

 お兄様はシェリルの頭をその通りだと撫でた。そして私に鋭い視線を向けて言う。

「……いいか、リディア。立場を忘れるな。お前はクロフォード家の影で、それ以上の何者でもない。今度抜け出すようなことがあれば、その首を斬り落として地下の壺に沈めてやるからな」

 お兄様は怖い顔をしてそう言うと、シェリルを連れ、乱暴に扉を閉めて出ていった。


 ふふふ、と口から笑みがこぼれる。お兄様とシェリルがわざわざ私の元に出向くなんて、よほど警戒しているに違いない。

 こんなに厳重に魔力を制限して、地下奥深くに閉じ込めているのだから、そこまで心配することはないのに。

 それにしても冷たい兄妹だ。私だって確かに二人と血を分けた兄妹だというのに、彼らは私の双子の姉のことしか家族だと認めてくれていないらしい。


「本当に嫌な家ね」

 呟いてから再びごろりとベッドに横たわる。

 この部屋では本当にすることがない。私は目を閉じて過去のことに思いを馳せることにした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...