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第二部
5.昔から変わらない
しおりを挟むその日の晩、私はアデル様に会いに王宮の庭園まで向かっていた。
当日に命じたにも関わらず、ローレッタはしっかりの家を抜け出す準備を整えてくれた。
私が夜中にこっそりアデル様と会うなんて知ったら、お父様はきっとお怒りになるだろうから、彼女の手助けは本当にありがたい。
「あ、アデル様!」
庭園にはすでにアデル様がいた。急いで駆け寄ると、彼は難しい顔でこちらを見る。それから、少しばかり引きつった笑顔を浮かべた。
「リディア、一体何の用だ?」
アデル様の無理をしているような笑顔を見たら、この間近づいたように思えた距離が再び開いてしまったことがわかって少し悲しくなった。けれど、それも仕方のないことだ。
私は本来、アデル様を好きでいる資格なんてないのだ。
「急にお呼び出ししてすみません。ただ、アデル様の顔が見たくて……」
試しにそう言ってみたら、アデル様の口元がわずかに引きつったのがわかった。
多分、めんどくさいと思ったのだろう。私は少し悲しくなりながら、本来の目的を告げる。
「なんて、冗談です。今日はアデル様にお伝えしたいことがあって」
「なんだ? まさか、またフィオナのことじゃないよな」
「違います。話したいのは、クロフォード家のことです」
私がそう言うと、アデル様は不思議そうな顔をした。
「クロフォード家のこと? 君の家の話ならよく聞いているが、夜中に突然呼び出さなければならないほど重要なことなのか」
「人に聞かれるとまずいことですから……。アデル様も、我がクロフォード家がずっと昔に生贄を使って溜めた魔力を元に繁栄してきたことは知っておりますよね?」
「ああ、もちろん知っている。クロフォード家は強大な魔力を使って我が国に多大なる貢献をしてきた」
アデル様はきっぱりと言ってのける。
「お褒めに預かり光栄です。……けれど、生贄を使って繁栄してきた罪深い一族など、気味が悪いとお思いでしょう?」
「そんなことは思わない。クロフォード家が罪深いと言うのなら、その力の恩恵を受けて来た王家も同罪だ。それに生贄の話はずっと昔のことだろう? 君も君のご両親も生まれる前の話を今さら持ち出す必要はない」
アデル様は迷いのない声で言う。本当に、真っ直ぐで正しい方だ。私は彼のそんなところが好きで、同時に遠く感じる。
「ずっと昔の話……、それでは、今でもその生贄を使い続けているとしたら、アデル様はどう思いますか?」
「……は?」
私の言葉にアデル様は目を見開いた。そして青ざめた顔で尋ねる。
「どういうことだ? クロフォード家は今でも生贄を使っているのか」
「どう思います?」
「どうもなにも、もしそうであれば大問題だ! 我が国では百年前から生贄などという非人道的な行為は法律で禁止されている。それを、王家と関りが深く、代々魔法防衛省の大臣を務めている家で行っているのだとしたら……クロフォード家が取り潰されるだけでは済まないぞ」
アデル様はひどく動揺している様子だった。
クロフォード家は王家に何度も協力してきた。そのクロフォード家が生贄を使っていると言うのなら、アデル様自身も生贄の恩恵を受けたことになる。正義感の強い彼は、おそらくその可能性に心を乱されているのであろう。
「アデル様、落ち着いてください。まだはっきりとはわからないのです」
「あ、ああ。すまない。取り乱した。なぜ今でも生贄がいると思ったんだ?」
「実は、クロフォードの屋敷の地下には厳重に鍵のかけられた部屋があるのですが……。探し物があって地下室を回っているときに、その部屋のドアが開いているのを見つけてしまったんです」
私は顔をうつむけて言う。アデル様が息を呑むのがわかった。
「それで……?」
「つい、好奇心に負けて扉を開けてしまいました。そうしたらそこには……何人もの……鎖につながれた人間がいたんです。みんなガリガリに痩せて、目は落ち窪んで……ひどい有様でした。その上、体中に黒い文様のようなものがあって……」
私はいかにもクロフォード家の事実を知って動揺しているという風を装って、途切れ途切れに言う。顔を上げてアデル様を見ると、彼はひどく困惑しているようだった。
「本当なのか。リディア。見間違いではなくて?」
「確かにあれは人間でした。怖くなってすぐに部屋から逃げてしまったので、詳しいことはわからないのですが……」
「そうか。それは調べてみる必要があるな」
アデル様は顎に手をあてて考え込んでいる。予想通りの反応に、ほっと胸を撫で下ろした。
「アデル様、お願いします。私ではこんなこと、お父様になんと聞いたらいいのかわからないんです。けれど、クロフォード家がひどいことに手を染めているなら、止めなくてはならないと思って……」
「ああ、もし生贄の件が事実なら放っておくわけにはいかない。すぐさまその者たちを救出する必要がある。ありがとう、リディア。自分の家の秘密に関わることなど言いづらかっただろうに、正直に話してくれて」
「いいえ、アデル様。信じてくれてありがとうございます……」
私はしおらしくお礼を言ってみせた。アデル様はすっかり態度を和らげて、「大丈夫だ、私が調べておくからリディアは何も心配することはない」と励ましてくれる。
「アデル様、来たばかりですが、私はもう家に帰らないと。こっそり抜け出して来たので見つかったらお父様たちに叱られてしまうんです」
「ああ、わかった。気をつけて」
「アデル様、来てくれてありがとうございました」
微笑みかけたら、アデル様はわずかに顔を赤くした。恐れ多くもその様子を可愛いなんて思ってしまう。
くすくす笑いがこぼれそうになるのをこらえて、メイドのローレッタが待っている庭園の入り口まで駆けだす。
「リディア」
後ろから、アデル様に呼ばれた。振り返って首を傾げて見せる。
「なぁ、君は本当にリディアなのか?」
突然の言葉に、思わず作り笑顔が崩れる。アデル様は一体、何を言う気なのだろう。
「君が時折別人のように見えるんだ。その……苦手だと思う日もあれば、好ましいと思う日もあって、なんだか……」
アデル様は言葉を探しているようだった。苦手とも好ましいとも思っているなんてことをそのまま伝えてくるなんて、まったく誠実な人だ。
誠実というより、愚直と言った方が正しいのかもしれない。
私はそんな彼に向かって、にっこり微笑んでみせる。
「アデル様、何をおっしゃっているんですか? 私は正真正銘リディア・クロフォードですわ」
アデル様はじっとこちらを見つめる。それから、なんとも言えない表情で「そうだよな」と呟いた。
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