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第一部
9.これから先は
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「座ったらどうだ」
「は、はい。失礼します……」
中庭の片隅にある休憩スペースで、ベンチに腰を下ろす。そばで立って戸惑っているリディアに座るよう促すと、彼女は遠慮がちに少し距離を開けて座った。
「今日は災難だったな」
「いえ……。アデル様が助けてくださいましたから」
リディアは目を細めて嬉しそうに顔を綻ばせる。
そんな顔をされると思わなかったので、つい目を逸らしてしまう。リディアがくすくす笑う声が聞こえた。なんとも情けない。
「アデル様が私を信じてくれるとは思いませんでした。てっきりフィオナ様の味方をするとばかり」
「……お前、まだ私とフィオナとのことを疑っているのか。お前がフィオナから追及されている最中、ずっと困惑した顔をしているのが気になったんだ。……行った悪事を突きつけられている者の表情には見えなかった」
そう言うとリディアは驚いた顔をした。
そしてまた嬉しそうに頬を緩める。あんまり邪気のない態度なので、調子が狂う。彼女はもっと、嫌な女だったはずなのに。
嫌な女。果たしていつからそう思うようになったのだろう。
最初に会ったときは、とても可愛らしい少女だと思った。けれどだんだんと彼女の嫌な点が見えてきて……。いや、最近はずっと避けていて、嫌な点が見えるほど近づくこともなかった。
私は、人づてに聞く彼女の話を、彼女自身の姿だと思い込んでいたのではないか。
現に、私は彼女が想像とまったく違う反応をすることに、こんなにも感情を乱されている。
「嬉しいです。アデル様が私を信じてくれて。やってもいないことで責められるのがもう当たり前のようになっていたので……。またか、って今回も諦めようと思ったんですが」
「それで、私がやったのかどうか聞いても答えず、反論しないままフィオナに謝ろうとしたのか?」
「それが一番いいかと思ったんです。でもアデル様がかばってくれたので、つい甘えちゃいました」
リディアはえへへ、と幼い子供のように笑う。なんだか力が抜けてしまう。冤罪をかけられそうになったというのに、なんでそんなに態度が軽いんだ。
私は動揺する気持ちを抑えるように、咳払いしてから言う。
「……そうだ。せっかく二人になれたし放課後まで待つことはないよな。一週間前に言われたことの答え、ここで言わせてもらう。婚約解消はしない。俺たちはこのまま婚約者のままだ。二度とこんなくだらない提案はするな」
「え……?」
リディアはぽかんとした顔でこちらを見ていた。
納得できない、というより理解できないという様子だったが、こちらとしてはもう言うことはない。リディアはしばらく目をぱちくりした後、遠慮がちに尋ねてきた。
「アデル様どうして。婚約解消のチャンスなんですよ? 逃していいんですか?」
「いいと言っているだろう。俺がフィオナに狂ってるわけではないと、さっきのことでわかっただろう?」
「フィオナ様と婚約し直すかどうかは置いておいても、私と婚約解消すればほかのもっといいご令嬢をいくらでも選べるんですよ? アデル様、私のことお嫌いでしょう?」
リディアは切羽詰まった様子で言った。
何度もいいと言っているだろうと返したくなるが、リディアが私の言葉に納得できないのは今までの私の態度が原因だ。ゆっくり息を吸い込み、本音を告げる。
思っていることを伝えたいのなら、言葉にしなくてはならない。
「……嫌い、ではない」
「でも……」
「いや、正直に言おう。ここ数年の君は苦手だった。軽蔑することもあった。しかし……どうしても幼い頃の思い出が消えなかったんだ」
はっきりとそう告げたら、リディアの瞳がぐらりと揺れた。
「私の初恋は君なんだ。初めて会った日、草原のような美しい色の目を細めて笑う君を見て、一目で好きになった」
リディアの目を見て言う。彼女に一度も告げたことのなかった想いだ。
「ずっとあの日のことを押し込めていた。けれど、君に婚約解消をしてもいいと告げられてから、押し込めていた記憶が浮かんできては消えなくなったんだ。それでやっと気づいた。私は今でも君のことが好きなのだと」
「アデル様……!」
リディアの目からぽたりと雫がこぼれ落ちた。
「アデル様、私、私もです。初めて会った時にアデル様が目の色を褒めてくれて……。とても嬉しかったんです。そんな風に褒めてくれる人、誰もいなかったから……」
リディアは流れ落ちる涙を必死に手で拭いながら言う。ぼろぼろ泣いているのにその顔はとても嬉しそうで、なんだか落ち着かなくなる。
リディアは、私の言葉一つでここまで喜んでくれるのか。
「……その、悪かったな。冷たい態度ばかりとって」
ハンカチを差し出しながら、目線を合わせずに言う。リディアは「ありがとうございます」と涙声でお礼を言いながら受け取った。
「いいえ、アデル様が私を嫌う気持ちも理解できますもの……。そんな風に思ってくれただけで私はとても嬉しいです」
「これからはもっとたくさん話そう。初めて会ったときみたいに」
そう言ったら、リディアはとても嬉しそうに笑ってうなずいた。
胸の内がじんわりと温かくなる。これからは、ちゃんと彼女本人を見ていこう。もうくだらない噂に流されたりしないように。
目の前で笑っている彼女の顔を、二度と曇らせることが無いように。
◇ ◆ ◇
ここまで読んでいただきありがとうございました。
一部完になります。
この話は少し意地悪な作りの話なのですが、二部も読んでもらえたら嬉しいです!
「は、はい。失礼します……」
中庭の片隅にある休憩スペースで、ベンチに腰を下ろす。そばで立って戸惑っているリディアに座るよう促すと、彼女は遠慮がちに少し距離を開けて座った。
「今日は災難だったな」
「いえ……。アデル様が助けてくださいましたから」
リディアは目を細めて嬉しそうに顔を綻ばせる。
そんな顔をされると思わなかったので、つい目を逸らしてしまう。リディアがくすくす笑う声が聞こえた。なんとも情けない。
「アデル様が私を信じてくれるとは思いませんでした。てっきりフィオナ様の味方をするとばかり」
「……お前、まだ私とフィオナとのことを疑っているのか。お前がフィオナから追及されている最中、ずっと困惑した顔をしているのが気になったんだ。……行った悪事を突きつけられている者の表情には見えなかった」
そう言うとリディアは驚いた顔をした。
そしてまた嬉しそうに頬を緩める。あんまり邪気のない態度なので、調子が狂う。彼女はもっと、嫌な女だったはずなのに。
嫌な女。果たしていつからそう思うようになったのだろう。
最初に会ったときは、とても可愛らしい少女だと思った。けれどだんだんと彼女の嫌な点が見えてきて……。いや、最近はずっと避けていて、嫌な点が見えるほど近づくこともなかった。
私は、人づてに聞く彼女の話を、彼女自身の姿だと思い込んでいたのではないか。
現に、私は彼女が想像とまったく違う反応をすることに、こんなにも感情を乱されている。
「嬉しいです。アデル様が私を信じてくれて。やってもいないことで責められるのがもう当たり前のようになっていたので……。またか、って今回も諦めようと思ったんですが」
「それで、私がやったのかどうか聞いても答えず、反論しないままフィオナに謝ろうとしたのか?」
「それが一番いいかと思ったんです。でもアデル様がかばってくれたので、つい甘えちゃいました」
リディアはえへへ、と幼い子供のように笑う。なんだか力が抜けてしまう。冤罪をかけられそうになったというのに、なんでそんなに態度が軽いんだ。
私は動揺する気持ちを抑えるように、咳払いしてから言う。
「……そうだ。せっかく二人になれたし放課後まで待つことはないよな。一週間前に言われたことの答え、ここで言わせてもらう。婚約解消はしない。俺たちはこのまま婚約者のままだ。二度とこんなくだらない提案はするな」
「え……?」
リディアはぽかんとした顔でこちらを見ていた。
納得できない、というより理解できないという様子だったが、こちらとしてはもう言うことはない。リディアはしばらく目をぱちくりした後、遠慮がちに尋ねてきた。
「アデル様どうして。婚約解消のチャンスなんですよ? 逃していいんですか?」
「いいと言っているだろう。俺がフィオナに狂ってるわけではないと、さっきのことでわかっただろう?」
「フィオナ様と婚約し直すかどうかは置いておいても、私と婚約解消すればほかのもっといいご令嬢をいくらでも選べるんですよ? アデル様、私のことお嫌いでしょう?」
リディアは切羽詰まった様子で言った。
何度もいいと言っているだろうと返したくなるが、リディアが私の言葉に納得できないのは今までの私の態度が原因だ。ゆっくり息を吸い込み、本音を告げる。
思っていることを伝えたいのなら、言葉にしなくてはならない。
「……嫌い、ではない」
「でも……」
「いや、正直に言おう。ここ数年の君は苦手だった。軽蔑することもあった。しかし……どうしても幼い頃の思い出が消えなかったんだ」
はっきりとそう告げたら、リディアの瞳がぐらりと揺れた。
「私の初恋は君なんだ。初めて会った日、草原のような美しい色の目を細めて笑う君を見て、一目で好きになった」
リディアの目を見て言う。彼女に一度も告げたことのなかった想いだ。
「ずっとあの日のことを押し込めていた。けれど、君に婚約解消をしてもいいと告げられてから、押し込めていた記憶が浮かんできては消えなくなったんだ。それでやっと気づいた。私は今でも君のことが好きなのだと」
「アデル様……!」
リディアの目からぽたりと雫がこぼれ落ちた。
「アデル様、私、私もです。初めて会った時にアデル様が目の色を褒めてくれて……。とても嬉しかったんです。そんな風に褒めてくれる人、誰もいなかったから……」
リディアは流れ落ちる涙を必死に手で拭いながら言う。ぼろぼろ泣いているのにその顔はとても嬉しそうで、なんだか落ち着かなくなる。
リディアは、私の言葉一つでここまで喜んでくれるのか。
「……その、悪かったな。冷たい態度ばかりとって」
ハンカチを差し出しながら、目線を合わせずに言う。リディアは「ありがとうございます」と涙声でお礼を言いながら受け取った。
「いいえ、アデル様が私を嫌う気持ちも理解できますもの……。そんな風に思ってくれただけで私はとても嬉しいです」
「これからはもっとたくさん話そう。初めて会ったときみたいに」
そう言ったら、リディアはとても嬉しそうに笑ってうなずいた。
胸の内がじんわりと温かくなる。これからは、ちゃんと彼女本人を見ていこう。もうくだらない噂に流されたりしないように。
目の前で笑っている彼女の顔を、二度と曇らせることが無いように。
◇ ◆ ◇
ここまで読んでいただきありがとうございました。
一部完になります。
この話は少し意地悪な作りの話なのですが、二部も読んでもらえたら嬉しいです!
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