69 / 78
20.糾弾会議
①
しおりを挟む
しばらくすると、トマスさんはメイド服とモブキャップを持って戻って来てくれた。
私は服を着替え、髪を後ろでお団子にまとめる。それからキャップを被って後ろ髪を覆った。
私がここにいることを一部の人以外は知らないから、変装して顔をはっきり見られないように気をつけてさえいれば、何とかごまかせるはずだ。
「ジスレーヌ様、なるべく顔を見られないように私の影に隠れていてください。それと、怪しまれないように一応これを持っていてもらえますか」
「はい」
渡された書類の束を日記の上に重ねて手に持ち、トマスさんに続いて廊下を歩く。気づかれないかどきどきしたけれど、すれ違う人たちは誰もこちらに気を留める様子はなかった。
そうして会議が行われているという部屋のそばまで辿り着くと、扉につながる廊下を塞ぐように見張りの兵士が立っているのを見つけた。
「ジスレーヌ様、兵士の前で顔を上げないでくださいね。もちろん口も開かないでください」
「わかりました」
トマスさんの言葉にこくこくうなずき、緊張しながら兵士のほうへ近づく。
トマスさんは兵士の前まで行くと、「中に書類を持って行くよう頼まれたから通してくれ。彼女は手伝いだ」と落ち着いた口調で言った。
兵士は疑う素振りも見せず、すぐに先へ通してくれた。私のほうへはちらりと目線を向けるだけで、全く怪しんでいない様子だった。
「何とかなるものですね」
「はい、ほっとしました……」
「見張りがいるのはあそこだけですから、中へ入れると思います。しかし、ひとまずは外から様子をうかがいましょう」
トマスさんの言葉にうなずき、会議室の扉まで歩く。トマスさんの言う通り扉の前には見張りの姿はなく、私はそっと中の様子に聞き耳を立てた。
「だから俺はやってないと何度も言ってるだろう! オレリアが突然自分で服を脱ぎだした挙句、ナイフで腕を切りつけたんだ!」
「お言葉ですが殿下、オレリア様がそんな不可解な真似をするとは思えません」
「兵士たちの話ではオレリア様はひどく取り乱していたというではないですか。彼女が嘘を吐いているとは、私にはどうも……」
中からリュシアン様の怒鳴り声と、会議の参加者らしき人たちの声が聞こえてくる。
参加者の馬鹿げた主張に苛立っていると、ルナール公爵の悲しげな声が聞こえてきた。
「ああ、なんと嘆かわしい。殿下はオレリアが嘘を吐いたと仰るのですね……。殿下のことは私も娘も信頼していたのに……。オレリアはショックで今も寝込んでしまっているのですよ」
どう考えても演技としか思えないルナール公爵の声を聞いて、私はぎりぎり歯ぎしりした。なんて浅ましい男なのだろう。
会場は混乱状態だった。
声の一つ一つに耳を澄ますと、リュシアン様を擁護する声に、疑わしいと言う声、オレリア様に同情する声と、さまざまな言葉が入り混じっている。
私は今すぐにでも中へ飛び込んで、彼らに日記をつきつけたくて堪らなくなった。
「このような事件が起こってしまっては、王位継承についても考え直さなければならないのではないでしょうか」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。確かあれは、ルナール公爵家の傘下の貴族の声だ。
彼はいかにも心を痛めているような口調で、このような事件が起こっては国民だってリュシアン様を支持できないはずだ、隠ぺいするのにも限度がある、何よりオレリア嬢の心痛を考えれば何の処分もなしと言うわけにはいかないだろうと述べた。
陛下と王妃様が戻って来次第、そう進言するべきだと。
幾人かから賛成の声が上がる。
何をしらじらしい、と唇を強く噛みしめた。どうせあの男も、ルナール公爵と結託しているに違いないのだ。
すると、ざわめく会場の声を裂くように、ルナール公爵の重々しい声が響いた。
「起きてしまったことはもう覆せません。私からは、リュシアン殿下に適切な処分が下ることを願うだけです」
会場からはルナール公爵を支持する声がいくつも上がった。みんな公爵とオレリア様の荒唐無稽の嘘を、本当に信じているのだろうか。
いや、本当は真実なんて関係ないのかもしれない。
集まっている貴族の中には、公爵家に権力が移れば得をする者も多くいる。自分たちが優遇されるなら、一人の人間が陥れられようとかまわないのだ。
人々の興奮した声が耳をつく。
私は服を着替え、髪を後ろでお団子にまとめる。それからキャップを被って後ろ髪を覆った。
私がここにいることを一部の人以外は知らないから、変装して顔をはっきり見られないように気をつけてさえいれば、何とかごまかせるはずだ。
「ジスレーヌ様、なるべく顔を見られないように私の影に隠れていてください。それと、怪しまれないように一応これを持っていてもらえますか」
「はい」
渡された書類の束を日記の上に重ねて手に持ち、トマスさんに続いて廊下を歩く。気づかれないかどきどきしたけれど、すれ違う人たちは誰もこちらに気を留める様子はなかった。
そうして会議が行われているという部屋のそばまで辿り着くと、扉につながる廊下を塞ぐように見張りの兵士が立っているのを見つけた。
「ジスレーヌ様、兵士の前で顔を上げないでくださいね。もちろん口も開かないでください」
「わかりました」
トマスさんの言葉にこくこくうなずき、緊張しながら兵士のほうへ近づく。
トマスさんは兵士の前まで行くと、「中に書類を持って行くよう頼まれたから通してくれ。彼女は手伝いだ」と落ち着いた口調で言った。
兵士は疑う素振りも見せず、すぐに先へ通してくれた。私のほうへはちらりと目線を向けるだけで、全く怪しんでいない様子だった。
「何とかなるものですね」
「はい、ほっとしました……」
「見張りがいるのはあそこだけですから、中へ入れると思います。しかし、ひとまずは外から様子をうかがいましょう」
トマスさんの言葉にうなずき、会議室の扉まで歩く。トマスさんの言う通り扉の前には見張りの姿はなく、私はそっと中の様子に聞き耳を立てた。
「だから俺はやってないと何度も言ってるだろう! オレリアが突然自分で服を脱ぎだした挙句、ナイフで腕を切りつけたんだ!」
「お言葉ですが殿下、オレリア様がそんな不可解な真似をするとは思えません」
「兵士たちの話ではオレリア様はひどく取り乱していたというではないですか。彼女が嘘を吐いているとは、私にはどうも……」
中からリュシアン様の怒鳴り声と、会議の参加者らしき人たちの声が聞こえてくる。
参加者の馬鹿げた主張に苛立っていると、ルナール公爵の悲しげな声が聞こえてきた。
「ああ、なんと嘆かわしい。殿下はオレリアが嘘を吐いたと仰るのですね……。殿下のことは私も娘も信頼していたのに……。オレリアはショックで今も寝込んでしまっているのですよ」
どう考えても演技としか思えないルナール公爵の声を聞いて、私はぎりぎり歯ぎしりした。なんて浅ましい男なのだろう。
会場は混乱状態だった。
声の一つ一つに耳を澄ますと、リュシアン様を擁護する声に、疑わしいと言う声、オレリア様に同情する声と、さまざまな言葉が入り混じっている。
私は今すぐにでも中へ飛び込んで、彼らに日記をつきつけたくて堪らなくなった。
「このような事件が起こってしまっては、王位継承についても考え直さなければならないのではないでしょうか」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。確かあれは、ルナール公爵家の傘下の貴族の声だ。
彼はいかにも心を痛めているような口調で、このような事件が起こっては国民だってリュシアン様を支持できないはずだ、隠ぺいするのにも限度がある、何よりオレリア嬢の心痛を考えれば何の処分もなしと言うわけにはいかないだろうと述べた。
陛下と王妃様が戻って来次第、そう進言するべきだと。
幾人かから賛成の声が上がる。
何をしらじらしい、と唇を強く噛みしめた。どうせあの男も、ルナール公爵と結託しているに違いないのだ。
すると、ざわめく会場の声を裂くように、ルナール公爵の重々しい声が響いた。
「起きてしまったことはもう覆せません。私からは、リュシアン殿下に適切な処分が下ることを願うだけです」
会場からはルナール公爵を支持する声がいくつも上がった。みんな公爵とオレリア様の荒唐無稽の嘘を、本当に信じているのだろうか。
いや、本当は真実なんて関係ないのかもしれない。
集まっている貴族の中には、公爵家に権力が移れば得をする者も多くいる。自分たちが優遇されるなら、一人の人間が陥れられようとかまわないのだ。
人々の興奮した声が耳をつく。
27
お気に入りに追加
1,150
あなたにおすすめの小説
危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる