65 / 78
18.悪魔 リュシアン視点③
④
しおりを挟む
「急にどうしたんだ?」
さりげなく体をずらして距離を取りながら尋ねると、オレリアは口の端を上げて柔らかな、それでいて怪しげな笑みを浮かべた。
「私、ずっと気になっていたことがあるんです。リュシアン様は本当にジスレーヌ様が婚約者でいいのかしらって……」
オレリアは眉尻を下げ、困ったような顔で尋ねる。
「……どういう意味だ? 婚約は王家とベランジェ侯爵家との間でずっと前に決まった話だ。今さら俺に口を挟む気などない」
「けれど、リュシアン様、ジスレーヌ様といるときはいつも怒ってばかりで全然幸せそうじゃないではありませんか。いくら国王様たちが決めたこととはいえ、そんな風に気の合わない方と一生過ごすなんて、お気の毒だと思ってしまって……」
オレリアは目を伏せながら、悲しそうに言う。
こういうことを言われるのは初めてではない。むしろ、遠回しにしろ直球にしろ、本当にジスレーヌが婚約者でいいのかと聞かれたことは何度もある。
けれど、オレリアからそう聞かれるのは意外だった。
彼女はむしろほかの者たちがジスレーヌへの苦言を漏らすと窘めることが多く、彼女自身がジスレーヌに対してマイナスのことを言うのは聞いたことがない。
どう答えるべきか迷っていると、オレリアがそっとこちらに手を伸ばして頬に触れてきた。
「リュシアン様」
「やめろ、オレリア。一体どうしたんだ? お前らしくもない」
咄嗟に手を振り払うと、オレリアは口を引き結んでうつむいてしまう。それからぱっと顔を上げ、意を決したように言った。
「リュシアン様、私ではだめですか? 私ならジスレーヌ様のように、リュシアン様に不快な思いをさせたりしません。リュシアン様、私といるときはいつも笑顔ではないですか。私ならジスレーヌ様よりもリュシアン様を幸せにできます」
「何を言ってるんだ。馬鹿なことを言うのはよせ」
「私、知ってます。あの人がリュシアン様を何度も傷つけてきたこと。リュシアン様はそのたびにかばってあげてきましたね。その寛大さに付け込んで、あの人は何度も……」
「……知っていたのか?」
「ええ、気づいていました。今回の毒入り紅茶事件だって、あの子たちの証言は嘘にしろ、犯人はジスレーヌ様なのでしょう?」
オレリアは真っ直ぐにこちらを見据えて言う。その気迫に思わずたじろいでしまった。
どう答えるべきなのだろう。とてもごまかしきれそうにない。
ああもう、だからなんで俺がジスレーヌの馬鹿の凶行を取り繕ってやらなければならないんだ。
ソファの上で後退る俺に、オレリアはじりじりと近づいてくる。彼女の目は据わっていて、背筋がひやりとした。
「おい、オレリア。一旦落ち着くんだ。冷静に話そう」
「私は冷静ですわ、リュシアン様。冷静に話しています」
オレリアはそう言うと、突然ドレスのボタンに手をかけて一つずつ外し始めた。ドレスの間から、白い胸元がどんどん露わになっていく。
「な……!? 馬鹿、何してるんだよ、やめろ!」
慌ててオレリアの手を掴んでやめさせようとする。するとオレリアはこちらに倒れ込み、俺の胸に顔を摺り寄せてきた。
「リュシアン様、私を選んでください。私のほうが絶対にあなたにふさわしいですわ」
オレリアは顔を上げて潤んだ目でじっとこちらを見つめる。呆気に取られているうちに、オレリアは俺の頬にそっと手をあて、顔を近づけてきた。
唇が触れそうになるほど顔が近づく。
「……やめろって言ってんだろ!!」
思わずオレリアを突き飛ばすと、力を入れ過ぎたのかオレリアはソファから床に転げ落ちてしまった。
「あ、悪い、落とすつもりは……」
「リュシアン様」
オレリアは床からむくりと起き上がり、ドレスをはだけさせたままじっと大きく開いた目でこちらを見つめてくる。
その目にはさっきまでの柔らかな色は一切なく、ただ悪意だけが浮かんでいた。
さりげなく体をずらして距離を取りながら尋ねると、オレリアは口の端を上げて柔らかな、それでいて怪しげな笑みを浮かべた。
「私、ずっと気になっていたことがあるんです。リュシアン様は本当にジスレーヌ様が婚約者でいいのかしらって……」
オレリアは眉尻を下げ、困ったような顔で尋ねる。
「……どういう意味だ? 婚約は王家とベランジェ侯爵家との間でずっと前に決まった話だ。今さら俺に口を挟む気などない」
「けれど、リュシアン様、ジスレーヌ様といるときはいつも怒ってばかりで全然幸せそうじゃないではありませんか。いくら国王様たちが決めたこととはいえ、そんな風に気の合わない方と一生過ごすなんて、お気の毒だと思ってしまって……」
オレリアは目を伏せながら、悲しそうに言う。
こういうことを言われるのは初めてではない。むしろ、遠回しにしろ直球にしろ、本当にジスレーヌが婚約者でいいのかと聞かれたことは何度もある。
けれど、オレリアからそう聞かれるのは意外だった。
彼女はむしろほかの者たちがジスレーヌへの苦言を漏らすと窘めることが多く、彼女自身がジスレーヌに対してマイナスのことを言うのは聞いたことがない。
どう答えるべきか迷っていると、オレリアがそっとこちらに手を伸ばして頬に触れてきた。
「リュシアン様」
「やめろ、オレリア。一体どうしたんだ? お前らしくもない」
咄嗟に手を振り払うと、オレリアは口を引き結んでうつむいてしまう。それからぱっと顔を上げ、意を決したように言った。
「リュシアン様、私ではだめですか? 私ならジスレーヌ様のように、リュシアン様に不快な思いをさせたりしません。リュシアン様、私といるときはいつも笑顔ではないですか。私ならジスレーヌ様よりもリュシアン様を幸せにできます」
「何を言ってるんだ。馬鹿なことを言うのはよせ」
「私、知ってます。あの人がリュシアン様を何度も傷つけてきたこと。リュシアン様はそのたびにかばってあげてきましたね。その寛大さに付け込んで、あの人は何度も……」
「……知っていたのか?」
「ええ、気づいていました。今回の毒入り紅茶事件だって、あの子たちの証言は嘘にしろ、犯人はジスレーヌ様なのでしょう?」
オレリアは真っ直ぐにこちらを見据えて言う。その気迫に思わずたじろいでしまった。
どう答えるべきなのだろう。とてもごまかしきれそうにない。
ああもう、だからなんで俺がジスレーヌの馬鹿の凶行を取り繕ってやらなければならないんだ。
ソファの上で後退る俺に、オレリアはじりじりと近づいてくる。彼女の目は据わっていて、背筋がひやりとした。
「おい、オレリア。一旦落ち着くんだ。冷静に話そう」
「私は冷静ですわ、リュシアン様。冷静に話しています」
オレリアはそう言うと、突然ドレスのボタンに手をかけて一つずつ外し始めた。ドレスの間から、白い胸元がどんどん露わになっていく。
「な……!? 馬鹿、何してるんだよ、やめろ!」
慌ててオレリアの手を掴んでやめさせようとする。するとオレリアはこちらに倒れ込み、俺の胸に顔を摺り寄せてきた。
「リュシアン様、私を選んでください。私のほうが絶対にあなたにふさわしいですわ」
オレリアは顔を上げて潤んだ目でじっとこちらを見つめる。呆気に取られているうちに、オレリアは俺の頬にそっと手をあて、顔を近づけてきた。
唇が触れそうになるほど顔が近づく。
「……やめろって言ってんだろ!!」
思わずオレリアを突き飛ばすと、力を入れ過ぎたのかオレリアはソファから床に転げ落ちてしまった。
「あ、悪い、落とすつもりは……」
「リュシアン様」
オレリアは床からむくりと起き上がり、ドレスをはだけさせたままじっと大きく開いた目でこちらを見つめてくる。
その目にはさっきまでの柔らかな色は一切なく、ただ悪意だけが浮かんでいた。
25
お気に入りに追加
1,123
あなたにおすすめの小説
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
こな
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる