上 下
38 / 78
9.魔女

しおりを挟む
『おい、馬鹿ジスレーヌ。お前、俺がほかの女と少し関わるだけで毒を盛るわナイフを持って突進してくるわ奇行を起こすくせに、自分は別の男と仲良くしてるわけじゃないよな』

「滅相もございません! 私はいつだってリュシアン様一筋です!」

 リュシアン様に冷たい目で聞かれ、私は慌てて宣言した。リュシアン様は疑わしそうにじろじろ私を見たが、一応は納得してくれたようだった。

『必要以上に監視係と関わるなよ。いいな』

「あ、あの、リュシアン様。それは焼きもちですか……?」

『馬鹿か! こっちはお前の異常な嫉妬に毎回迷惑させられているのに、お前がほかの男に目移りしていたら割に合わないと思っただけだ!』

 どきどきしながら尋ねたら、怒鳴られてしまった。しかし、そうは言うもののリュシアン様の頬はうっすら赤く染まっていて、私の頬は緩んでしまう。

 しばらくリュシアン様の赤い顔を見つめてうっとりしていたが、ふと気になったことを聞いてみた。


「リュシアン様」

『なんだ』

「ベアトリス様の息子さんのフェリシアンさんが今どうしているのか知っています?」

 ベアトリス様のお子さんの現在がずっと気になっていた。もしもフェリシアンさんの居場所がわかるなら、お屋敷に残されている編み物をお渡しできるのではないか。

 ベアトリス様に確認してみて渡したいと仰るようなら、なんとしてでも届けたい。

 フェリシアンさんにとっては大切な形見になるだろう。ベアトリス様だって、本人に受け取ってもらったら嬉しいはずだ。

 しかし、私の言葉を聞いたリュシアン様の顔は途端に曇ってしまった。そして躊躇いがちに言う。


『……亡くなったそうだ』

「……え?」

『フェリシアン・ヴィオネは、ベアトリスが死んだ後親戚の家で暮らすようになった。しかし、十四歳のときに馬車の落下事故によって亡くなったらしい』

 心臓が音が早くなる。ベアトリス様の子供が、亡くなっている。

 咄嗟に部屋を見回して、ベアトリス様がいないか確認した。姿は見えないけれど、聞こえてはいないだろうかと不安になる。

「そう、なんですね。それは……残念です」

『ああ。魔女が亡くなって以降、ルナール公爵家でも不幸が続いたし、魔女自身の息子も亡くなっているなんて、因果なものだよな』

 リュシアン様は小さく息を吐いて言う。私は何と返したらいいのかわからなかった。


「……随分話が長引いてしまいましたね。リュシアン様、お忙しいのにごめんなさい。そろそろ通信を切りますね」

『そうだな。おやすみ、ジスレーヌ』

「おやすみなさい、リュシアン様」

 鏡が光り、通信が切れた。

 リュシアン様と随分長く話せた後だというのに、気分は重かった。フェリシアンさんのことを尋ねるなんて、やめておけばよかったのかもしれない。

 ベアトリス様はこのことを知っているのだろうか。彼女がお屋敷にずっといるとしたら、何も知らないこともあり得る。

 ベアトリス様のいつも無表情の、けれど時折小さく感情が表れるあの凛とした顔を思い出したら、胸がズキズキ痛んだ。
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

処理中です...