上 下
28 / 87
5.リーシュの神殿

しおりを挟む
 馬車はゆっくりと進み、やがて二つ並んだ尖塔の、建物の真ん中に大きな時計が飾られた建物が見えてくる。リーシュの神殿だ。

 神殿には今日もたくさんの人々が詰めかけていた。

 敬虔な信者らしき人から、家族でお散歩代わりに訪れたような人まで、訪れる人々の種類は幅広い。

 リーシュの神殿は二階から上こそ関係者以外の立ち入りを厳重に禁止しているものの、一階部分と庭園には誰でも自由に入れるようになっている。

 庭園から少し歩いた先にはお店の集まる通りもあるため、リスベリア王国民の憩いの場になっていた。

 私とサイラスは、人々の中に混じって神殿の門をくぐる。


「神殿に来るのなんて久しぶりだわ。カミリアの聖女の儀を見たとき以来かしら」

 その儀式のときも促されるまま神殿の二階に上がり儀式を見ただけで、賑やかな一階や庭園には足を運ばなかった。

 カミリアが王都にやって来てジャレッド王子が彼女を気に入りだしてから、神殿は私にとって不愉快な場所でしかなかったので、極力近づかないようにしていたのだ。

「今日はカミリア様に会う心配はありませんから、安心して過ごせますね」

 サイラスはいたずらっぽく笑って言う。本当ね、と私も笑顔でうなずいた。


 人々の列に続いて祭壇の間まで進む。

 中へ入ると、奥のほうに大きな白いカーテンが見えた。白く透き通るカーテンの中はうっすらと光っている。あの中には女神様がいるとされている。

 私とサイラスは部屋の入口で女神様に捧げる花束をもらい、祭壇の前にできた列に並んだ。順番が来て祭壇の前に立つと、カーテンの前にそっと花束を置く。

 すでにたくさんの人がお供えしてあるため、祭壇の前は色鮮やかな花でいっぱいだった。

 手を組み合わせて女神様の前でお祈りをする。私は今までの人生で一番というくらい真剣に、ここにいるというリーシュ様に語りかけた。


 リーシュ様。時を巻き戻してくれたのはあなたなのですか。

 もしそうならお礼を言わせてください。心からの願いが叶って私はとても幸せです。

 二度目の人生では、絶対に大切なものを間違えたりしません。だからどうか見守っていてください。


 リーシュ様にお礼を言い終え、ふと隣を見ると、サイラスも真剣な様子で祭壇に向かって手を組み合わせていた。

 じっと見ていると、サイラスが顔を上げて恥ずかしそうな顔をする。

「お嬢様、終わりましたか?」

「ええ。サイラスももういいの?」

「はい。行きましょうか」

 祭壇の前から離れて、扉のほうに歩いていく。

「サイラスは何をお祈りしたの?」

「お嬢様がずっと幸せでいられますようにと」

 サイラスはやっぱり恥ずかしそうな顔で言う。さっきの真剣な顔は私のことを考えていたのかと思うと、私までなんだか恥ずかしくなった。せっかく来たのだから、自分のことを願えばいいのに。

「……私もサイラスのことでお礼を言ったのよ」

「私のことですか?」

 サイラスは不思議そうな顔をする。

「なんのお礼なのかやっぱり気になります……。一体何があったのですか?」

「秘密。言ったってわからないもの」

 実は私は巻き戻っていて、女神様のおかげで、死んでしまったサイラスにまた会えたかもしれないの、なんて言ったって頭がおかしくなったのかと疑われるだけだ。

 サイラスはよほど気になるようで何度も尋ねてきたけれど、私は笑うだけで答えを教えてあげなかった。


「それより私、神殿の外の通りに寄りたいの! いいでしょう?」

「もちろん構いませんが、本当に一体何が……」

「そんなこと気にしなくていいじゃない。早く出ましょう!」

 私はまだ答えを気にしている様子のサイラスの手を取り、早足で歩き出す。
 
 あぁ、今日も本当に楽しい。こんなに毎日幸せでいいのかしら。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香
恋愛
生徒会室で、いつものように仕事をしていた私は、婚約者であるフィリップ殿下に「私は運命の相手を見つけたのだ」と一人の令嬢を紹介されました。 運命の相手ですか、それでは邪魔者は不要ですね。 殿下、婚約破棄致しましょう。 第16回恋愛小説大賞 奨励賞頂きました。 応援して下さった皆様ありがとうございます。 リクエスト頂いたお話の更新はもうしばらくお待ち下さいませ。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

処理中です...