上 下
26 / 87
4.一度目の世界

11

しおりを挟む
***

 ソファの上でゆっくり目を開ける。

 過去を思い出しているうちに、気がついたら眠ってしまっていたらしい。目からは大量の涙が流れ、頬が渇いた涙で引きつっている。

「夢……よね。私、巻き戻ったのよね」

 寝起きの頭にはどこからどこまでが夢なのか曖昧で、不安になってくる。

 私は立ち上がって屋敷を走り出した。呼び出し用のベルを鳴らせばいいのはわかっているけれど、いてもたってもいられない。

 すれ違う使用人たちが驚いた顔をするのにも構わず、使用人用の多目的部屋まで駆けて行った。


「サイラス!!」

 扉を開けるなりそう叫ぶと、中にいた数人の使用人たちがぎょっとした顔でこちらを見た。

「お嬢様? どうなさったんですか?」

 ほかの使用人たちと椅子に腰掛けて話していたサイラスは、私に気づくと急いで駆け寄ってくる。

 サイラスがちゃんとここにいることが確認できて、私の体からは力が抜けた。

「サイラス……」

「目が真っ赤ではないですか! まさか泣いていたんですか? 何があったんです?」

 サイラスは私の顔をまじまじ見ると、戸惑ったように言った。そして「冷やすものを持ってきます」と言って背を向けようとする。

 私はサイラスの腕をつかんで引き止めた。それから振り向いたサイラスの頬を両手でつかんで、じっとその目を見つめる。

「え、あの、お嬢様……?」

 至近距離で見るサイラスの顔が、どんどん慌てた表情になっていく。

「よかった、ちゃんと生きてるわね」

 ちゃんと手で触れられることが嬉しくて、止まっていた涙がまた溢れてきた。

「生き……? あの、お嬢様、そんなに近づかれては」

「よかった、本当によかった。またいなくなっちゃったらどうしようかと思った」

 涙がぽろぽろ頬を落ちる。サイラスは困り顔のままそっと私の手を外すと、そのままぎゅっと握りしめた。

「泣かないでください、お嬢様。私がお嬢様のそばを離れたことなんてないでしょう?」

「あるのよ。サイラスは知らないと思うけどあるの」

「お嬢様……」

 サイラスは支離滅裂な私の言葉に戸惑い顔をしている。

 しばらく考え込んでいたサイラスは、ふいに笑顔になると、私の手を握ったまま優しい声で言った。

「……わかりました。それでは、これから先はお嬢様が離れてほしいと言うまで決して離れません」

 迷いのない口調で言われ、不安だった心が安心に包まれるのがわかった。私は約束よ、と何度も繰り返す。サイラスは何度でもうなずいてくれた。

 ふと、後ろを見ると、使用人たちが微笑ましげにこちらを眺めているのに気づいた。

 ああ、そういえばほかにも人がいたんだったと思っていると、サイラスも後ろを振り向く。そして顔を赤くしていた。


「お、お嬢様。それでは、何かあればいつでもうかがいますので」

「えっ、一緒に来てくれないの? 私が離れて欲しいと言うまで離れないって言ったじゃない」

「言いましたが、四六時中という意味ではなくてですね……」

「言ったわよね! じゃあこれから一緒にお庭に行きましょう!」

「お嬢様……!?」

 サイラスの腕をつかんで引っ張ると、サイラスは困り顔をしながらもついて来てくれた。

 後ろから使用人たちが、「お嬢様、サイラス、いってらっしゃいませー」なんていう声がくすくす笑いとともに聞こえてくる。

 サイラスの腕は温かった。

 ああ、もうここはあの悲しい世界ではないのだと思ったら、流しきったはずの涙がまた頬を伝った。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...