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4.一度目の世界

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神官様の話は流し読みで大丈夫です!


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 そんな日々を送るうちに、ついにカミリアが正式に聖女の称号を賜る日がやって来た。

 この儀式はリスベリア王国で古くから重要視されてきたもので、必ず王族が見守る中で行われる。王太子の婚約者である私も神殿に招かれた。

 儀式の参加者には、リスベリア王国を統治し神殿の者と共に守っていく証として、神殿内部に入るための鍵が与えられる。

 神殿でも上の立場にある者と王族、王族に近しいものにしか与えられない特別な鍵だ。

 金色の小さな鍵を受け取りながら、私は心の内でため息を吐いた。

 いくら王族に近しい者としての証をもらっても、実情は王子に見放されている人間に過ぎないことは痛いほどよくわかっていたから。


 儀式が行われる部屋は、普通の教会を一回り小さくしたような造りをしていた。

 前方には祭壇があり、部屋の中央には椅子が数列に分かれて並んでいる。部屋中が大量のランプと花で飾り付けられていた。

 私はジャレッド王子と並んで座り、祭壇の前の舞台で神官様と向かい合うカミリアを眺める。

 ジャレッド王子は真剣な目でカミリアを見ていた。その目は明らかに私に向けるものとは温度が違っていて、苦々しい気持ちが胸に広がる。


 舞台の上では、神官様がリスベリア王国の建国の歴史を述べていた。小さい頃から何度も聞かされている伝説だけれど、私は真面目な顔で話を聞く。


「リスベリア王国は五百年前、英雄ベルンが女神リーシュの力を借り、争いの絶えなかった小さな国々を統一する形で建国されました。建国以来、時間と愛を司る女神リーシュ様は、リスベリア王国全体に加護を与えてくださっています。……」

 神官様の言葉が続く。

 ちらりと隣を見ると、ジャレッド王子がつまらなそうな顔で神官様の話に耳を傾けていた。

 カミリアが出てくる場面以外には興味がないらしい。


「女神リーシュには我々人間のように物事を裁く感情はなく、人格もありません。しかし、女神様はいつでも私たちを見守り、その愛に反応して加護を与えてくださっています。その愛が大きければ、奇跡が起こるのです。古来、リスベリアの人間は不思議な現象が起こると女神様のお導きだと感謝を捧げてきました。女神様は……」

 女神には人格がない。その愛に反応する。

 何度も聞いた話のはずなのに、今日は神官様の言葉がやけに胸に残った。

 女神様が不思議な現象を起こしたなんて、お伽話の中でしか聞いたことがない。単なる言い伝えだと思うのに。


 儀式はつつがなく進行していった。

 舞台の上では神官様がカミリアに短刀を渡している。この儀式は聖女となる人物が腕に切り傷をつけ、そこから流れ出る血を瓶に入れて保管することで締めくくられる。

 この国のために魂を捧げる証として、その血を差し出すのだそうだ。

 さっきまでつまらなそうに儀式を眺めていたジャレッド王子は、今ははらはらした顔で食い入るように舞台の上のカミリアを見つめている。

 彼女の腕に傷がつくことを心配しているのだろう。


 その様子を見て、カミリアは心配してもらえていいな、なんてつまらないことを考えてしまった。ジャレッド王子は仮に私が傷を負っても、眉一つ動かさないと思うから。

 カミリアは短刀を受け取り、自らの腕に押し当てる。彼女の細く白い腕に、赤い線が現れた。

 カミリアが腕を瓶の上に置き数滴血を垂らすと、神官様はすぐさま魔法で腕の傷を治す。

 その後、カミリアが正式に聖女になったことが厳かに宣言され、儀式は締めくくられた。


 儀式が終わると、ジャレッド王子は一目散にカミリアのほうへ駆けて行った。いつものことながら隣に座っている私には見向きもしない。

 ジャレッド王子はカミリアの肩を抱き、いたわるように声をかけている。

「カミリア、ご苦労だった。腕は痛くなかったか?」

「少しだけ。けれど聖女になるためですもの。このくらい平気ですわ」

「偉かったな。これで今日から君は正式に聖女だ」

 二人は仲睦まじく話している。私などよりもカミリアのほうがずっと婚約者らしく見えた。

 私は二人の間に入っていくことなんてできず、ただ気にしていないふりをすることしかできない。

 心はじくじく痛んだけれど、その痛みには気づかないふりをした。
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