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密偵の思い

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(やってしまった…。)

公爵家に恨みを持っているのだろう連中に捕らわれ、早半刻。
 
危害は加えられていなかったが、側にいる男の眼が危険だとアナスタシアのあまり役に立たない警戒センサーが訴える。

─幼女好きな臭いがする。

早く逃げなければとは思うのだが、自身の甘さに打ちのめされてもいた。
 
成人してから気をつければよい、というのは自身が公爵家の一員である以上通用しない。

そのことを身をもって体験したのだった。

自身は未だか弱い幼子でしかない。ならできることは何か…。

─助けを待つ。ただそれだけだ。

しかしアナスタシアは絶望しない。なぜなら信じているから。一度しか会ったことがなくても。

あの暗殺者は、横からターゲットを奪われるのを由としないだろう、と。

かなりの敷地面積を誇る邸に忍び込み、真っ直ぐ公爵家三女のところに来たことといい、狙いは自分。

人質にしようとしていたようだが、あの場で殺さなかったのは彼の雇い主に別の思惑があるから。


些か自分に都合のいい考えに思えたが、大筋は違えていないだろうとアナスタシアは思い直す。

(早く来て。)

願いと共に現れたのは偶然。月が一瞬陰ったように辺りが暗くなる。騒ぐ周囲を歯牙にもかけず、彼は私と目を合わせた。

時の流れが緩やかになる。

やはり彼は─

アナスタシアは自身が感じた直感を信じて命じる。

「私のものになりなさい!!」
「…。」

緊張が走る。もし間違っていたら恥ずかしいにも程がある。彼女の眼は鬼気迫っていた。

「お嬢の仰せのままに。」

だから彼の言葉を聞いて心底ほっとした。
 
味方を得た安堵が全身を優しく包む。小さな身体は睡眠を必要としていた。

眠りへと誘う誘惑に身を任せて、アナスタシアは小さく微笑んだ。

(度胸のあるガキだ。一度殺されそうになったって言うのに…。)

彼女は知らない。前世、王道から外れたキャラクターを愛し瞬時に─彼は愛を求めてると直感した自分が大分夢見がちだということを。
 
間違ってはいないが、正しくもない。愛の形は人それぞれ。

この時彼女の手を取ったのが彼の気紛れに過ぎなかったことを、幸運な彼女は気がつかなかった。


 

 

 
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