2 / 7
第一話
しおりを挟む少し困ったような顔をしながら、暖かな雰囲気で、彼女は言った。
「大丈夫、大丈夫。大丈夫だから。私は、いつでもあなたのそばにいるよ。だから、大丈夫。ほら、笑ってよ。」
と。
+*+*+*+
夢を見ている。
僕は、きっと、夢を、見ている。
それは、幸せな夢。
失ったものに出会う、夢。
ただ、これはおかしな夢だ。
+*+*+*+
「それでは、これにて最後のお別れとさせていただきます。」
冷たい、石造りの部屋に告げられた「お別れ」の一言。それは、霞むほど高い天井にこだまして少しくぐもって聞こえた。
「………はい。」
小さく、吐息のような声は、果たして職員の耳に聞こえたのだろうか。小さなうなずきで、棺は奥へと運ばれていく。
「それでは、火葬が終わるまでしばらくお時間いただきますので、奥の部屋にてお待ち下さい。」
優しさ、それがかすかに込められた、そんな声だった。
でも、告げられるのは冷酷な現実だ。それでも、親族らはその声でまばらに散っていった。
+*+*+*+
けたたましい足音を立てて担架が運ばれる。その隣では、必死に声をかけている少年の姿があった。
「太陽!返事をして!」
女性には珍しい太陽と言う名前。そこから、彼女の力強さを表しているような、輝かしい夕日を表しているような、そんなまぶしさがうかがえた。
それから、しばらくして。
医者のかけ声とともに、彼女は真っ白な部屋へ運ばれていく。いわゆる、集中治療室と言うやつだ。ここから先はついて行くことができない。
決してそれは彼のせいではなかった。決してそれは彼がなんとかできる物ではなかった。それでも、彼女に、何もしてやれない無力さが、少年の心を埋め尽くしていった。
+*+*+*+
堅いような、柔らかいような、なんともいえない空気感が部屋を流れている。それは、きっとどこかの親族が連れてきた子供たちの賑やかさあってのことだろう。もし、この場に子供たちがいなかったら、どれだけ暗い雰囲気になっていたか見当もつかない。きっと、僕は逃げ出していたことだろう。
「光留くんは、混じらなくていいのかい?」
葬式の場というのは、皆がお互いに遠慮して優しさにあふれる。その優しさは、きっと太陽に対しての申し訳なさから来るものだろう。だからこそ、太陽が本来受け取るべきだった気持ちを僕が受け取るわけにはいかない。そんな思いもあり、なにか抵抗感があった。
「いえ、大丈夫です。」
そう言って柔らかに断る。それに、雑談すら、ままならない僕が会話の輪に入ったとしても暗い空気をもたらして邪魔をしてしまうだけになってしまう。
「そう?ならいいけど。」
そう言って、おばさんたちは離れていった。
+*+*+*+
「十一時三十六分、死亡を確認しました。」
そう言って、黙祷を捧げ、医師は退出した。残された彼女の体は、冷たかった。
少し小さな身長が、弱々しく見えた。
でも、まだすこし優しかった。
気がした。
+*+*+*+
「それでは、ただ今よりお骨上げを始めさせていただきます。」
再び、この石造りの部屋にやってきた。
その部屋は、少し暖かかった。きっと、火葬で入れた火の熱が冷め切っていないせいだ。
けれど、少し彼女の暖かさが感じられたような気がした。
誰も、一言も、喋らなかった。
黙々と、作業は行われた。
正直なところ、あまり覚えていない。
ただ、彼女の骨を掴んだ時に、少しだけ骨が崩れたことだけは鮮明に覚えていた。
それと、僕と彼女との何かが、ゆっくりと崩れていった気がするのも、また、覚えていた。
+*+*+*+
とある病院の、とある病室。ただ、それだけでしかないその部屋は、彼にとっては忘れたくもない時間を過ごした部屋として記憶されるだろう。
+*+*+*+
00県00市 00区00町00-00
笹 光留様
光留へ
あなたが、これを読んでいると言うことは、もう、私はこの世にはいないのでしょう。
なんてね!
一度言ってみたかったんだ。でもさ、私のキャラ的にあわないんだよねぇ~。でも、やっと言えた!
じゃなくて!
私が伝えたいのは、次のデートの予定!
何をするのかわからないけど来週の火曜日と金曜日なら空いてるよ!
え?なんで何をするのかわからないのかって?
それはもちろん、前のデートに行く直前にポストに投函するからね!
だから、もし私が倒れちゃってもこの手紙は届くわけ!
それじゃ、話したいことは話し終わったし君と電話でもするよ。
さよなら~
00県00市 00区00町00-00
日野 太陽 より
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
わたしは花瓶。呪文のように言い聞かせる。
からした火南
現代文学
◇主体性の剥奪への渇望こそがマゾヒストの本質だとかね……そういう話だよ。
「サキのタトゥー、好き……」
「可愛いでしょ。お気に入りなんだ」
たわれるように舞う二匹のジャコウアゲハ。一目で魅了されてしまった。蝶の羽を描いている繊細なグラデーションに、いつも目を奪われる。
「ワタシもタトゥー入れたいな。サキと同じヤツ」
「やめときな。痛いよ」
そう言った後で、サキは何かに思い至って吹き出した。
「あんた、タトゥーより痛そうなの、いっぱい入れてんじゃん」
この気づかいのなさが好きだ。思わずつられて笑ってしまう。
眠れない夜の雲をくぐって
ほしのことば
恋愛
♡完結まで毎日投稿♡
女子高生のアカネと29歳社会人のウミは、とある喫茶店のバイトと常連客。
一目惚れをしてウミに思いを寄せるアカネはある日、ウミと高校生活を共にするという不思議な夢をみる。
最初はただの幸せな夢だと思っていたアカネだが、段々とそれが現実とリンクしているのではないだろうかと疑うようになる。
アカネが高校を卒業するタイミングで2人は、やっと夢で繋がっていたことを確かめ合う。夢で繋がっていた時間は、現実では初めて話す2人の距離をすぐに縮めてくれた。
現実で繋がってから2人が紡いで行く時間と思い。お互いの幸せを願い合う2人が選ぶ、切ない『ハッピーエンド』とは。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem
桜のはなびら
現代文学
何かを諦めて。
代わりに得たもの。
色部誉にとってそれは、『サンバ』という音楽で使用する打楽器、『スルド』だった。
大学進学を機に入ったサンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』で、入会早々に大きな企画を成功させた誉。
かつて、心血を注ぎ、寝食を忘れて取り組んでいたバレエの世界では、一度たりとも届くことのなかった栄光。
どれだけの人に支えられていても。
コンクールの舞台上ではひとり。
ひとりで戦い、他者を押し退け、限られた席に座る。
そのような世界には適性のなかった誉は、サンバの世界で知ることになる。
誉は多くの人に支えられていることを。
多くの人が、誉のやろうとしている企画を助けに来てくれた。
成功を収めた企画の発起人という栄誉を手に入れた誉。
誉の周りには、新たに人が集まってくる。
それは、誉の世界を広げるはずだ。
広がる世界が、良いか悪いかはともかくとして。
誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる