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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

17 そして騎士は己が使命を認知する

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「終わったね、早く戻ろう」
「あぁ。……おい、動くな。今手当を」
「これ?へーきへーき。私痛くないから」

 普通に立ち上がり普通に話しかけてきたシェキナへミセリアも普通に応えようとするが、シェキナの身体を見て顔を青ざめさせる。
 シェキナの右肩は酷い有様だった。千切れてはいないものの脱臼はしているだろう。おまけに赤い鮮血が流れている。しかしその顔は晴れやかで、本人の言うように本当に痛みなど感じていないかのようだった。

「だめだ、痛みはなくてもそれだけ。血を流しすぎたら本当に死ぬよ」
「あー。それもそうか。じゃあ応急処置してもらおうかな」
「今お城に来られたら困るんですよね」
「……え?」

 明るいため息をつきつつシェキナの手当をしようとした時だった。
 少女の声が耳元で聞こえ、セラフィは息を呑んだ。どこかで聞いたことがあるようなそんな声。それはシェキナにもミセリアにも聞こえたらしく、二人も驚きに顔を強張らせる。
 ザク、と衝撃。
 それと同時にじわじわとした熱い何かが背中を中心に広がっていくのをセラフィは感じた。
 その正体を目にするべく後ろを振り向く。
 セラフィの真後ろにいたのは綺麗なエメラルドグリーンの髪を持った少女だった。年齢はノアと同じくらい、13か14ほどに見える。髪と同じエメラルドグリーンの瞳がすう、と細められ、可憐な外見に似合わない冷たい表情で少女は言葉を紡いだ。

「大人しくしていてください」

 背中に銀色のナイフが突き刺さっていた。ミセリアが持っているものよりも大ぶりな、真新しいナイフ。
 それよりもセラフィ達三人は少女の顔を見て驚愕に目を見開いた。
 少女の顔は彼等にとって知らぬものではなかったのだ。

「ケセ――」
「いい加減自分の持つものに気がついてください。貴方の血は特別なのです」

 小さく囁きながら少女はどこに隠し持っていたのかもう一振りのナイフを取り出し、今度はセラフィの右胸に突き刺した。その手が僅かに震えていたことまでは誰にも分からなかった。
 こほ、と咳き込むと同時に口に鉄の味が広がった。

「貴方の使命は――」
「セラフィ!」

 刺された勢いで後ろへ倒れていくセラフィをシェキナが受け止める。
 唯一怪我をしていないミセリアが少女を捉えようと手を伸ばすも、少女は全てお見通しとばかりにするりと抜け出して路地裏へ進んでいく。追跡するか重傷の二人の元にいるかで一瞬迷ったミセリアだが、後者を選んだ。少女も気になるが今はこの二人をどうにかしないといけない。

「早く、早く救護兵をこっちへ!」

 シェキナが叫ぶ。安心した雰囲気はどこへやら、周りは騒然とする。他の騎士達や民の手当に救護兵の多くが出払っているのだ。シェキナは唇を噛んでセラフィの腕を自身の肩に回し、セラフィの身体が倒れないようにする。刺さったナイフは背中と右胸の二カ所。横たえることはできない。

「ミセリア、お願――」

 そこでシェキナの声が途切れ、手の空いている救護兵を捜そうとしていたミセリアが立ち止まる。シェキナはガタガタと震え、細い悲鳴をもらしていた。

「ア…なにこれ、熱……これ、もしか、して……痛い、痛い、痛い……」
「シェキナ?」

 呼吸を整えながらセラフィが眉をひそめる。どちらも重傷を負っている二人の周りには血だまりが出来ており、互いの血が混ざり合っていた。最早どの血が誰のものか見当もつかない。

「セラフィ、どうしよ……わた、わたし痛いよ……何も感じないはず、なのに痛いよ……これ、本当に痛いのかも…わかんないよ……」

 少し前まで何も感じていなかったらしいシェキナの目尻には涙がたまり、頬を伝っている。セラフィも動揺している。

「あ、あれ……鉄のニオイ、あんまりしなくなった……?みんなの声もちょっと小さくなった……?わた、私はどうなっているの?」
「シェキナ、もしかして君、痛覚が戻って……」
「どうして、私」
「と、とにかく落ち着いて。今は傷をどうにかしないと」

 ミセリアは我に返り救護兵を呼びに行こうと一歩振り向いた。その時、黄金の蝶が視界の端に映ったような気がして反射的にそちらを向く。
 そこに立っていたのは緑色の髪を金色のヘアピンで留めた青年だった。側に黄色の髪を持つ少年も控えている。

「ちょうど良いところに!あいつらを助けてくれ、セルペンス!」
「あ、あぁ。すぐ行くよ」

 セルペンスもシェキナの様子を見ていたのか少々ぎこちない頷きを返し、ミセリアの言う通りに怪我人二人に近づいてしゃがんだ。ノアも近くまで寄り、シェキナの代わりにセラフィの身体を支えた。

「セルペンス、僕は良いからシェキナを。何故か痛覚が戻っているみたいで」
「だね。任せて。君もすぐに治すから」

 セルペンスがシェキナの肩に手をかざして意識を集中させる。柔らかな緑色の光が手のひらから溢れ、みるみるうちに傷口が塞がっていく。シェキナは荒い呼吸を繰り返し、脂汗を垂らしている。
 次にセルペンスはセラフィの治療に取りかかる。

「セルペンス。……ノアくらいの歳に見える女の子を見なかった?」
「いや、見なかったけど」
「そう……何でもない」

 不自然な反応を見せるセラフィに対して首を傾げつつ、セルペンスはナイフに手をかける。

「痛いと思うけど我慢して。このナイフ、急所は綺麗に外してるみたいだから安静にしてれば大事にはならないよ」
「急所を外して……?そう、か」

 ゆっくり、ゆっくりナイフを引き抜きながら傷を癒やしていく。治しすぎてナイフと皮膚がくっついてしまわないように慎重に。ふぅ、ふぅ、と荒い息が周りに居たミセリア達の耳に届く。それをナイフ二本分どうにか終わらせてセルペンスは淡い光を消す。
 これでよし、という呟きを聞いてセラフィはノアに預けていた身体を起こす。礼を言って蹲っているシェキナの様子を窺った。

「シェキナ」
「……ごめん。久しぶりに痛みを感じたからびっくりしちゃった。もう落ち着いたよ、大丈夫」
「シェキナ、状況を説明できる?」

 セルペンスの問いかけにシェキナは首を横に振った。

「ううん。私にもよく分からなくて。でも私、多分戻れたんだと思う。――綺麗な人間に」

 シェキナは自分自身の手で身体のあちこちに触れ、辺りをキョロキョロと見回して頷く。

「視力も聴力もさっきと比べて確実に落ちてる。多分味覚も。どうしてなのかは分からないけど……」
「これは、良かったというべきなのか?」
「どうなんだろうね」

 しゃがみ込んで肩をパタパタと叩くノアに頭わしゃわしゃの刑を施しながらシェキナは目を伏せた。
 黙って話を聞いていたミセリアだったが、ついに口を開く。

「シェキナ。お前もイミタシアだったのか?」

 しまった、と顔を引きつらせたシェキナだったが諦めたように肯定する。

「うん。触覚以外の五感が強化されて触覚を失っていたの、私。でもたった今全部元通りになったけどね」
「気がつかなかった」
「言ってないもの。仕方ないよ。気にかけてくれてありがと」

 しゅんと肩を落とすミセリアにシェキナは微笑む。ケセラが可愛がっていたと聞くミセリアだ、イミタシアという存在に対して案じてくれていたことは分かる。
 シェキナがミセリアに構っている間、セルペンスは何か考え込んでいるセラフィに手を差し伸べて立ち上がらせる。

「セラフィ、どうしたの?」
「……もしかしたら僕の力がなんなのか分かったかもしれない」
「え?」
「確証はないんだけど。そうであると自信が持てるまで君だけに伝えておくよ。僕らの中で一番の年長者だし」
「そんなに変わらないと思うけど」

 ふふ、と力なく笑ってすぐに表情を引き締める。セラフィはセルペンスに向かって自らが得たものを囁いた。
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