69 / 115
夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
7 強くなるために
しおりを挟むちゅんちゅん、と小鳥の鳴き声が聞こえる。ついでに「時間ですよ殿下」という声も。
「うぅ、後5分……」
昨夜の大浴場で行われたトレーニング大会のせいで体中が悲鳴を上げている。筋骨隆々とした男達に囲まれて行われたトレーニングは中々にキツかったのだ。同伴していたセラフィは騎士団で鍛えていたためかなんとかついて行けていたのだが、フェリクスはついて行けずに途中でダウンした。クロウは仕事があるから、レイは身体を見られたくないから、という理由で不参加だった。レイの理由に関しては深く追求することはしなかった。何か事情があるのだろう。対してクロウは逃げる気満々だったのだろうと今になってフェリクスは思う。視線を逸らして口笛を吹いていた昨夜のクロウを思い出して若干目が覚めかける。
「はぁ。城では目覚め良い方だったんですがね……。流石に昨日のアレは疲れましたか。それではもう少しお休みなさいませ……なんて言うわけがないでしょう」
などと声がかかり、温々だった掛け布団が剥ぎ取られた。容赦は一切ない。
「ぐぬう」
「この時間に起こしてくださいって言ったのは殿下ですからね」
「それはそうだけどぅ」
ぐぬぬ、とうめき声を上げながらフェリクスは起き上がる。二の腕や腹、腿の筋肉がじんじんと痛む。一応、トレーニング後にマッサージやストレッチはしたのだが。寝る前に「筋肉痛になりませんように……」と祈ったことは無駄だったようだ。
立ち上がって洗面台に向かい、顔を洗う。それから着替えて髪を整える。城に居た頃はシェキナなどの侍女達がきっちりと身なりを整えてくれていたのだが、今は細かいところを気にしなくてもいい。多少ブローチの位置がずれていても気にしない。
「お待たせ」
「はい。ミセリア達の準備は出来ているようですよ。僕たちも朝食に向かいましょう」
部屋の外に出ると、そこにミセリア達四人が待っていた。
「寝坊助だな」
「あはは、ごめんごめん。それじゃ行こうか」
フェリクス達は食堂へ向かう。
その道中、チラっと不思議そうに注がれる視線にクロウは視線を動かす。
「どうした?レイ」
「あ、いえ。俺、同じ部屋だったけどクロウさんの寝ている姿を見ていないような気がして。外に出ていましたよね?」
「あ~。昨晩はちょっと仕事で……」
「眠くないのかな、と思いまして」
ニ、と笑うクロウの目に隈はない。
「いんや?眠くはないぜ?心配するなって。っていうか、敬語はいらないからもっと気楽に接してくれてもいいんだが」
「あ、はい。年上の人にはつい癖で」
「ほらほら」
「……気を付けるよ」
「そうそう」
そんな会話をシャルロットはニコニコしながら見ていた。
仲が良いのは良いことだ。
***
シャーンスの巨大城のものほどではないが、マグナロアの食堂もなかなかの広さを誇る。沢山の長机と椅子が並び、盆に乗せられた朝食を手にした人々が次々と席を選んでいく。
「ここは誰でも利用できるからね、毎日こんな感じさ」
「あ、レオナさん。おはようございます」
「おはよう殿下、みんな。よく眠れたかい?」
「眠れはしたけど体中痛いです」
「ははは!マグナロアでの通過儀礼といったところだね……さて、アタシはあっちの席にいるから朝餉を受け取ったら来な」
「はい、分かりました」
フェリクス達は各々が朝食を受け取り、レオナが指定した席へとついた。
こんがりと焼いたパンとサラダ、それに卵やベーコン。装飾の一切ないガラスのコップには冷たいミルク。内容はいたって普通なものだったがフェリクスが思っていた以上に多い。食べきれるかなぁなどと思いつつフェリクスは木製のカトラリーを手に取る。
行儀良く食べていると、ふいに視線を感じた。フェリクスは咀嚼していたサラダを飲み込み、ナプキンで口元を拭うと視線の主へ顔を向けた。
「どうかした?ミセリア」
「いや、別に」
「テーブルマナーを見ていたのでしょう?ラエティティアの時もちょっと困ってましたよね。結局は好きに食べていたようですが」
「……」
図星だったらしい。指摘したセラフィが可笑しそうに笑う。その様子にレオナは気持ちが良いほどに豪快に笑った。
「あっはっはっは!堅苦しい決まりなんて気にしなくたっていいよ!かわいいね、ミセリアは」
「あ、レオナさんそれ俺の台詞ですよ!」
「あぁ、殿下はミセリアのことを?こんな大勢いるところではっきり言うねぇ?随分大胆になったんだね」
「ははは」
「……」
何と返せば良いのか分からずミセリアは黙り込む。隣でシャルロットとレイが言葉こそ発しないもののニコニコとしているのが見ずとも分かる。クロウとソフィアは他人のふりを決め込んでいるらしい。と言ってもクロウの口元は緩んでいるが。ミセリアはぷるぷる震えつつ食事を進めた。
「さて、と」
食事後。食器を下げて同じ席に着く。
白磁のカップにはラエティティアから取り寄せたらしい飲み物が注がれている。コーヒーと呼ばれているようだ。思わず「苦い」と呟いたのはシャルロットだ。レイが側にあった砂糖入りの器を手渡す。
「ここに来たからには何か目的があったんだろう?ソフィアと話すこと以外にさ」
「はい。レオナさんにもお願いしたいことがありまして」
背筋をピンと伸ばし、フェリクスは口を開いた。
「俺に戦い方を教えてください」
その提案に、セラフィを除いた全員が目を丸くした。
「戦い方?殿下にアタシ達のような荒っぽい戦いが必要なのかい?」
「……少なくとも俺自身を守ることができる程度には。俺、外に出てから誰かに守られてばっかりだなって、そう思ってたんです」
思い返す。
旅に出るきっかけとなったミセリアとの出会い。そこではセラフィに守られた。
夜華祭り。機械仕掛けの船を前に何も出来なかった。
地下遺跡。自分で暗殺組織の頭領を止めることが出来なかった。
最初に訪れた永久の花畑。シャルロットの暴走。ここでも何も出来ずに気を失っただけだった。
ゼノの目覚め。崩れゆく塔の瓦礫からミセリアに助けられた。
ビエントとの対峙。神子の力を利用して導いたとはいえ、実際に立ち向かっていったのは自分以外だった。
フェリクス自身で戦ったことなどなかったのだ。いつも守られて庇われていた。怪我をさせることもあった。
「俺程度が鍛えたところで大精霊と戦えるとは今でも思っていないけれど。でも俺は俺のために傷つく人が出て欲しくないなって」
「何があったのかはアタシには分からないけど、やっぱり殿下は優しいねぇ」
レオナは微笑んだ。
「よし、分かった。殿下の願いを聞こうじゃないか。だけどここに長くは居られないんだろう?」
「そうですね。いずれは城に戻らないと」
「なら短期間コースだね。厳しくするから覚悟しておきなよ?」
ひぇ、と顔が引きつりそうになるのを堪えてフェリクスは大きく頷いた。レオナの言う厳しいとは、本当に厳しいものなのだろうと簡単に予想できる。
その後は和やかなお茶会がしばらく続いたが、その間ミセリアは浮かない顔をしていた。
(そうか、あいつは王家の人間だったな)
自分とはいるべき場所が違うのか、と重苦しい感情が胸にまとわりついているかのようだ。ミセリアは大きく息を吸い込み、その感情を引き剥がすために大きく息を吐き出した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。
待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。
妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。
……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。
けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します!
自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる