上 下
64 / 115
夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

3 女豹

しおりを挟む


「うう、懐かしい」

 馬車から降りてフェリクスが口にした言葉と表情の温度差を感じつつ、ミセリアは話しかける。

「お前は来たことがあるのか」
「仕事の一環で、一回。でも俺は戦えないから街に入れなかったんだ。エルダーさん……うちの騎士団長が門番との模擬戦に勝って、さらに街長のお付きにもなんとか勝ってくれたから交渉して話はできたんだけど……」
「なんというか、威圧感がすごいんですよね。実際に見てみれば分かりますよ」

 そうか、とミセリアは歩き出すフェリクス達の後に続く。

「……私たちってどうなのかな」
「どうだろう。俺も上手に戦えるわけじゃないし」
「ま、俺かセラフィかミセリアが頑張って交渉すればなんとかなるさ、安心しな」

 隣り合って顔を見合わせるレイとシャルロットの間に割り込むようにクロウが歩み寄る。そして抱き込むようにして肩を組む。どこぞの施設で同じようなことがあったような、とシャルロットの頭に一瞬過ぎるが、レイは別のことが気になったらしい。

「クロウさんも戦闘訓練しているんです?」
「まーな。これからの展開をお楽しみに」

 楽しげにニヤリと笑ってクロウは二人から離れていく。レイとシャルロットもお互いにぽかんとしつつとりあえず歩き出した。


***


 マグナロアは周囲を壁に囲まれた大きな街だ。分厚い壁ではあるものの、修行に使ったものであろうか、ところどころに大きな傷が見て取れる。
 木製の門の前にはごろつきといった風貌の巨漢が二人。二人は大きさの違う形の剣を手に戦っている。両者ともに表情は実に楽しげなものだ。戦いを楽しんでいる者の顔だ。
 それを見たミセリアはほう、と感嘆のため息をついた。二人しかいない門の前でさえ戦闘狂という単語の意味がにじみ出ている。
 フェリクス達が近づいても戦いを止める気配はない。

「このままこっそり通るなんてことはできないのか?」
「できませんね。無断で通ろうとしたら街総出で襲いかかってきますよ。彼等が落ち着くまで少し待ちましょう」

 セラフィの提案に誰もが反対しなかった。
 門番二人の動きが止まるまでにかかった時間は十数分。ぜえぜえと息を切らしながらかいた汗を拭く。どちらが勝ったのかははっきりしないのだが、二人は満ち足りた顔をしながら互いにコツン、と拳をぶつけ合う。
 そのタイミングを見計らってフェリクスが片腕を挙げる。このまま観察していれば再び模擬戦が始まってしまうかもしれない。その前に存在をアピールしようという魂胆だ。

「少しいいですか?」
「「お?」」

 大きめに発した声はきちんと門番二人に届いたらしい。汗を煌めかせながら振り向いた巨漢は暑苦しい。

「こんにちは。俺はシアルワ王国第三王子フェリクスです。この街に入れて欲しいんですが……」
「なんだぁ?この門を通る方法は知っているのか?」
「はい、まぁ、一応」
「じゃあ話は早いな。さぁどこからでもかかってきな、自称王子サマ。この街に入りたきゃこの俺に勝ってからにするんだな」
「あの~俺は非戦闘員で……」
「ごちゃごちゃ言ってないで行くぜオラァ!!」

 巨漢のうち一人、顔に傷がある方が手にボロボロの剣を持って飛びかかってきた。あらかじめこうなることを予想していたセラフィが動きだそうとしたその時、パンっと乾いた音が響いた。
 その瞬間門番が持っていた剣が手からはじけ飛ぶ。くるくると弧を描きながら飛んだ剣は白い石造りの壁に突き刺さった。
 
「何の音?」

 フェリクスが冷や汗をかきながら後ろを振り返ると、そこに自慢げな顔をして立っているのはクロウだ。その両手には見覚えのない黒い鉄の塊。先端からは白い煙が薄く立ち上っている。

「クロウ、それは」
「いやぁ便利だなぁコイツ。押収しておいて正解正解――っと説明しなくちゃだなぁ。コイツは“銃”って呼ばれる新型の武器なんだ。俺の相棒さ。ついこの間からだけど」
「なんだお前。邪魔をしたってことは分かってるんだろうな?」
「おう。俺が相手するってことだろ?構わないぜ?コイツの扱い方の勉強にもなるしな」

 フェリクスは大人しく引き下がる。
 横にセラフィとミセリアが寄ってくる。

「セラフィ、クロウは戦えるのか?」
「情報屋ですからね、護身術程度は身につけているとは思いますが。でもあんな危険なものを持っているとは思いませんでしたよ……。あの銃、でしたっけ?あれから飛んでくる弾はこの槍で切れますかね?」
「お前なら出来ると思う……」

 フェリクスの問いにセラフィが答える。セラフィはクロウの銃から目を離さない。万が一クロウが撃った銃弾が見学者――主にフェリクスとシャルロット――に飛んでくるようなことがあれば槍でなんとかするつもりらしい。ミセリアはその様子を想像して、一人納得して頷いた。

(できるなら私でも切れればいいのだが。でもきっとできない。まだ私は、弱いから)

 僅かな嫉妬心も再び浮き上がってしまったけれど。ミセリアはため息をついて心を落ちつけ、クロウの姿を見守った。
 クロウの動きはフェリクス達が思っていた以上に身軽で俊敏だった。クロウは長身だがそれをものともせずに跳躍する。一瞬前までクロウの足があった場所に門番が手にしていた剣が軌跡を描く。
 クロウは身体を一回転させる。その途中、長い脚が天を向く時、ハシバミ色の瞳がギラリと輝いた。素早い動きで両手を前に突き出し、引き金を引く。バンバン、と破裂音が鳴り響き、銃口から弾丸が飛び出した。黒い弾丸はまっすぐに門番の肩へと飛んでいく。それを察知した門番は大きく後退した。地面に弾丸が埋め込まれ、穴を穿つ。
 門番も戦い慣れている身だ。後退した後、クロウが着地をする瞬間を狙って大きく前進した。門番の動きも素早いものだった。クロウは空中で門番の動きを確認し、大きく身体をひねる。門番の剣が振りかぶられる。クロウは目を見開く。剣の軌道を読み取ろうとしているかのように。それは成功したようだ。剣の軌道と紙一重でクロウは門番へ蹴りを入れる。
 鈍い音が響く。しかし、クロウよりは鍛え抜かれた筋肉に覆われた門番だ。クロウの蹴りもそれなりの強さだったが、門番は多少後退るだけで済んだようだった。

「ひぇぇ。やっぱり重さは叶わないか」
「へっ。お前こそよくやるじゃないか。だがこれからが本番で――」
「そこまでだ」

 そこへ第三者の声がした。
 少々低いハスキーボイス。意志の強さを窺わせる、芯の通った声だ。

「ボ、ボス?」

 待機していた方の門番が素っ頓狂な声をあげて上を見上げた。
 つられてフェリクス達が上を見ると、石造りの壁の上に女性が座っていた。フェリクス達が立っている位置からだと逆光になり顔はよく見えない。女性は立ち上がると、それなりに高さのある壁から飛び降りた。所々に点在する見張り用の小窓に足をかけて器用に降りていく。
 スタッと軽やかに降り立ったその体躯は女性にしては長身で、しなやかな筋肉が美しかった。年齢は三十代前半ほどといったところか。手入れも雑にされているであろう赤褐色の髪はこれまた雑に後ろでくくられ、鋭い臙脂色の目は愉快そうに細められている。

「楽しそうな音がしたから寄ってみたのさ。何やら珍しい武器を使っているようだね?」
「おう」
「アンタはあの胡散臭い情報屋か。その武器もどこから仕入れてきたんだか」
「企業秘密でよろしく」

 女性はクロウに近寄ると、まじまじと銃を観察した。そして呆れたような顔をして腰に手を当てる。

「あの」

 勇気を出してフェリクスが声をあげた。女性は流し目でフェリクスを見て、大きく目を見開いた。そして満面の笑みを浮かべて上ずった声をあげる。

「殿下!殿下じゃないか!!大きくなったねぇ!!」
「わふっ」

 ズカズカと大股で歩み寄ってきた女性は両腕を広げ、思い切りフェリクスを抱きしめた。そのまま頬をすり寄せる。

「あ~小さかった頃もかわいかったけど、今も大概だねぇ」
「それ、褒めているんですか……?」
「ははは、褒め言葉だよ、褒め言葉」

 ミセリアとレイ、シャルロットはポカンとしていた。セラフィは慣れているらしく、特に動揺した様子はない。

「セラ坊も立派になっちゃってねぇ……あの騎士団長なしでも護衛を任せられるようになったんだね」
「ええ、まぁ。修行しましたから」
「今度手合わせをお願いしたいもんだね」
「こちらこそ」

 首を傾げていたシャルロットがセラフィの服の裾を軽く引っ張り、小声で尋ねる。

「セラフィお兄ちゃん、あの女の人は知り合いの方?」
「あぁ……ええと、彼女はマグナロアの……」
「アタシはここのボスさ。名前はレオナ。よろしく、可愛らしいお嬢さんと、美しいお姉さん、優しそうな坊や」

 女性――レオナはそう言ってウインクをした。バチコン、という効果音が響いたような、そんな錯覚をその場にいた全員が感じ取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

処理中です...