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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
16 目覚めた先で(レイ視点)
しおりを挟むじんわりと意識が浮上する。視界は赤い空で覆い尽くされていた。どうやら日が沈む時間帯になってしまったらしい。
レイは身体を起こして思考する。自分は一体どうしてここに倒れているのか。
さっと辺りを見回して、レイは両隣にシャルロットとアルが眠っていることに気がついた。そして、それを見た瞬間自分たちは崖から落ちてしまったのだということを思い出した。今はもう揺れは収まり、静寂に満ちている。自分たちが横たわっていたのは比較的平らな岩の上で、仲良く三人並んでいた。崖から落ちてきたという状況にしては綺麗に整えられている気がする。しかし、周りは同じく落ちてきたであろう大きな岩が転がっている。やはり、夢ではないようだ。
「起きたのか」
そこへ第三者の声がした。
警戒しつつレイが声を主へ目を向ける。しかし、その男はレイにとって見覚えのある姿をしていた。片目を黒髪で覆った背の高い男。レイが見た時はきらびやかなタキシードを纏っていたのだが、今は黒色を基調とした衣服を身に纏っている。そのほとんどが外套に隠れていたが。
「貴方は・・・・・・エルデさんですね。どうしてここに・・・・・・それに、助けてくださったのですか?」
「そう。あのパーティーぶりだね、レイ君。城の者から君たちが塔へ向かったと聞いて心配になってね、追いかけてきたというわけさ。あの地震が収まったあとここに立ち寄ったら君たちが倒れていた。私は介抱しただけだよ。特に怪我はなさそうだったけれどね」
「そう、だったんですか。ありがとうございます」
エルデはちょうど良い大きさの岩に腰掛けて微笑んだ。
若干の違和感をおぼえつつ、レイはエルデに感謝の意を伝えた。エルデはいいんだよ、と手を振る。
「レイ君たちはこれからどうするつもりなんだい?」
「ええと、正直どうしたら良いのか分かっていなくて。フェリクスさんたちを探せばいいのか、先に進んでしまってもいいのか。とりあえずは二人が起きるまで待つつもりですけど」
「それでは私から助言させてもらうよ。そこの二人が起きたら、夜が明けるまで待って塔の方へ向かいなさい。入れ違いになるといけないからね、シアルワの王子たちもおそらくはそうするだろう。ああ、そうだ。この先少し進むと小さな洞窟がある。今日はそこで休むと良い」
「は、はい。ありがとうございます」
エルデが指さした先は歩けそうな道が続いている。崩落で散乱しているはずの岩は奇跡的に道を塞いではいない。
「君が無事で良かったよ」
エルデは微笑み、近くに落ちていた小石を拾い上げる。手のひらでころころと転がして、突然岩陰に向かって小石を投げた。小石を手放す僅かな時間、その顔に貼り付いていたのは無だ。レイはそれに対して微かな恐怖をおぼえ、無意識のうちに自らの服の袖を握りしめる。
小石はからん、と軽い音を立てて岩に当たった。
「どうかしたんですか?」
「いや、ネズミでもいるのかと思ったのでね。気のせいだったようだ」
「そうですか・・・・・・」
一瞬垣間見えた無表情は消え、レイの方を向いてエルデは頭を掻いた。「早とちりだったよ」と恥ずかしそうに眉尻を下げる様子に、レイは握りしめていた手の力を抜いて微笑み返した。完全に恐怖が抜けきったワケではないが、金縛りのような状態からは回復できた。
「ありますよね、ネズミかと思ったら気のせいだったことって。俺も経験ありますよ」
「そうかい?なら良かったよ。・・・・・・それじゃあ、私は城に戻るとしよう。仕事が残っているのでね」
「暗くなりますが大丈夫ですか?」
「平気さ。さぁ、日が沈む前に二人を起こして洞窟へ向かいなさい。道なりに進んでいけば、明日はすんなり王子たちと合流できるはずさ」
「はい。改めてありがとうございました。お気をつけて」
血のような赤目を細め、エルデは立ち上がる。軽く手を振り、立ち去っていった。
エルデの姿が見えなくなった頃、レイはすうすうと寝息を立てている二人を揺すり起こした。このまま目を覚ますまで待っていようか、とも思ったがエルデの言う通り起こして行動を共にした方が良い。
「ううん・・・・・・?」
うめき声をあげながらシャルロットもアルも簡単に目を覚ました。その後二人目を合わせて瞬きを数回、そして同時に目を見開いてレイの方を見た。
その動きがあまりにもシンクロしていたため、レイは思わず吹き出してしまう。
「わ、私たち無事なの!?それともここは天国なの!?」
「あわわぁ!!どうしましょう!?」
「二人とも、安心して。確かに俺たちは崖から落ちてしまったみたいだけど、大きな怪我もなく無事だよ。外交官のエルデさんが助けてくれたみたい」
「外交官のエルデさん?ああ、確かそんな人がいたような?」
レイが目覚めてからの経緯をさっくりと説明する。アルはエルデの名を出した途端首を傾げていた。あまり関わりはなかったのかもしれない、とレイは考える。花守の一族は政治にはあまり関わっていないようなので、それが一番自然な考えと言えるだろう。
「この先に洞窟があるらしいから、今日はそこで寝よう。暗い中進んで遭難してしまったら大変だし」
「この状況は既に遭難と言える気もするけど。でも、風をしのげる場所があるならありがたいよね」
エルデが指し示した方角に向かって三人は歩き出す。上を見上げれば崩れてしまった岩肌が高い位置にあるのが窺える。あんなに高い場所から落ちても無傷であることが不思議だった。こうして三人で歩いているが、足に痛みは全くない。強いていうのなら鈍痛はあるのだが、間違いなくそれは疲れによる筋肉痛だ。
その疑問は三人ともが持ったものであるが、誰も口には出さなかった。疑問を解消してくれる答えはおそらく見つからないだろうし、それに今は休みたかった。
***
「はぁ~~危ないなぁ。あのまま居座ってたら今頃粉微塵に――いや、それすらも残っていなかったかもな」
いかに好奇心旺盛であることを自覚していると言えど、あの眼差しにはつい冷や汗をかいてしまった。恐怖というものを久しぶりに感じたかもしれない。いや、事実感じていた。
「ふふ、ふふふふふふ」
笑いがこみ上げてくる。あの時は一目散に逃げたが、どうやら更に面白いことが発見できたようだ。
「目をつけられてしまったかな?これ以上近づいたら殺られちゃうかな?そいつは困るな。今は大人しくルシたんのパシリでもやりますか」
白衣の男は漏れる笑いを隠すことはせずに立ち上がり、岩の転がる霊峰を下っていく。勝手に研究所から抜け出してこんな場所にまで来てしまったことが相棒にばれてしまった時にはしばらく口も利いてもらえなくなるな、と予想しながら。
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