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夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者
20 黄金蝶の予言者
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「無事、だった……」
ミセリアの呟きに、フェリクスが頷いた。
ここにはもう敵はいない。頭の男は命を落とし、取り巻きたちはセラフィによって諫められた後だ。気絶した彼らはきっと、騎士団に連行されてしかるべき処置をうけることになるのだろう。
「名前、分からないままだった」
「なんとも言えない気持ちではあるけど。でも、これで君が組織に戻ることも、苦しむ必要はなくなった。だから、だから……」
「……」
(自分の手で殺せなかったことは悔しいのに、私は……)
人殺しにならなかったことに対して確かな安心感を覚え、それを自覚し苦い顔をする。
(つくづく暗殺者に向いていなかったんだな)
ミセリアは凄惨なことになっているひと区画を見ないようにしながら立ち上がる。それに合わせてフェリクスも立ち上がる。
周りの様子を確認しつつ、下がっていたレイ達も集まってくる。
「ミセリア、彼女を」
沈鬱そうな顔をしたセルペンスがミセリアへ声をかける。やることはあと一つ残したのみ。この場所へ来た最大の目的を果たす時が、漸く来たのだ。
「お前はいいのか」
「……俺もだけど、君もケセラを助けたいだろう?」
小さく頷き、ミセリアはフェリクスに付き添われながらケセラの近くに寄った。その後ろを残りのメンバーが着いていく。枷で手足の動きを封じられているが、意外と粗末なものだった。ミセリアやフェリクスが力を込めてナイフを突き立てただけで歪むほどの薄さだ。衰弱しきっているケセラには脱出できなかったのだろうと考えると、ミセリアは悲しくなる。
「俺が診るよ。とりあえず彼女を横たえてくれないか」
「わかった」
ミセリアがケセラをゆっくりと抱き起して、膝に頭を置くいわゆる膝枕の格好でケセラを横たえた。反対側にセルペンスが膝をつき、ケセラに手をかざす。淡いエメラルドグリーンの光が彼女を照らした。
「お姉ちゃん」
「ミセ、リアだよね?」
「そう、そうだよお姉ちゃん。お姉ちゃんはもう、自由だよ。少し休んだらきっと元気になれるよ、だからもうちょっとだけ辛抱してね」
ケセラの身体は冷え切っていた。儚げな微笑みも相まって今にも消えてしまいそうな雰囲気を漂わせている。
「ねえ、ミセリア。貴女、素敵な王子様に出会えたんだね」
私の言った通りだったでしょう? ケセラは焦点の合わない瞳で精一杯ミセリアを見つめる。なにも映し出されていないはずの視界に、可愛がっている血の繋がらない妹がいることを確信して。
「……やっぱりお姉ちゃんは凄いよ。本当に」
「ケセラ」
次に口を開いたのはセルペンスだった。その手から光が消えていく。彼もまた、ケセラを助けたいと願っていた一人だ。セルペンスは膝をつき、ケセラの手を取った。ここに自分はいるのだと示すかのように。――そしてそれは、ケセラの治療がセルペンスの力では難しいことをも示していた。
「分かる。分かるよ、セルペンス君。セラフィ君も、そこにいるんでしょう?声が聞こえたの」
「ああ。俺もいるし、セラフィもいる。ノアやクロウも戦ってくれていた」
「そっか。嬉しいな。ごめんね? 迷惑をかけてしまって」
優しく会話を続けながら、セルペンスは脈、瞳孔、とケセラの容態を確認していく。そして、目を伏せた。人間としてあまりにも弱すぎる命の動きを言葉にすることはできなかった。
「謝るのは俺の方だよ、ケセラ。俺は、君を……」
「大丈夫。初めから分かってた。私はもう、ここでおしまい」
ケセラは手を伸ばし、彷徨わせて、セルペンスの髪に触れた。撫でるように動かす。そして、髪に硬いものがあることを確認し、嬉しそうに笑った。
「ふふ。まだ付けてくれてたんだね、あのヘアピン」
「……」
フェリクスの視界に、きらりと光が瞬いた。これは蝶ではない。光の粒子だ。
ケセラの身体から溢れた光の粒子は上へ上へと昇って消えていく。これが彼女の命の輝きだと言わんばかりに、酷く儚いものだった。
「お姉ちゃん、これは!?」
「もう、時間かぁ……。早いなあ、まだ話したい事、たくさんあるのに……」
「ケセラ、伝えたいことがあるんだろう?」
セルペンスの横に膝をついたセラフィが、セルペンスが握っていたケセラの手に自らの手を添えた。静かな眼差しで、目の前に広がる光景を受け止めていた。
「うん、私、言わなきゃ……言いたかった、ずっと、ずっと前から思っていたことだったのに……私、私……」
――貴方のことが――
「……来てくれて、ありがとう。セルペンス君」
「ケセラ……」
黄金の蝶が一羽、飛び立った。
「これから苦しいこと、いっぱいあると思う。でも諦めないで。積み重ねたその先に、必ず光はあるから」
これが予言であることは、その場にいた誰もが察した。彼女の最期の予言であることも。
「お姉ちゃん、しっかりして……!」
「ねえ、ミセリア。私、貴女を支えることができたのかな」
「私はお姉ちゃんがいなかったらきっと、前に進めなかったよ……」
「そっかあ、良かったぁ……」
彼女は目を閉じた。口元には微笑。細身の体躯から力が抜けていくのを感じて、ミセリアはケセラに抱き着いた。
「お姉ちゃん……!!」
「ありがとう、ミセリア。――ああ、あともうひとつだけ」
片手ではセルペンスの手を握り、片手ではミセリアの頭を撫でる。その手が透けていく。存在が薄れていく。
「彼に、気を付けて。貴方たちはきっと、彼と出会って――」
「お姉ちゃん?」
「惑わされることがあっても、貴女が導いてあげて。貴女は強い、から――みんなを引っ張っていける――ミセリア――」
ミセリアは、感じていた重さが無くなるのを感じた。ふわりと優しく、無慈悲な瞬間だった。視界いっぱいに広がる黄金の光。一瞬だけ温かさを感じたが、瞬きをした後にはその腕に残るものはなかった。
「うう――」
ミセリアの視界が歪む。上手く前が見えない。現実を見たくなくて、手で目を覆う。
――さようなら、ありがとう。それを、言わなくては。
「うあああ……」
言いたい言葉が出ずに、溢れるのは涙だけだった。
フェリクスはそんな彼女を迷わず抱きしめる。それでもミセリアの涙は止まらず、静かな部屋に嗚咽が響き渡る。
その中で、ケセラが想いを伝えられなかった“あの人”の目からも涙が一筋流れたのだった。
ミセリアの呟きに、フェリクスが頷いた。
ここにはもう敵はいない。頭の男は命を落とし、取り巻きたちはセラフィによって諫められた後だ。気絶した彼らはきっと、騎士団に連行されてしかるべき処置をうけることになるのだろう。
「名前、分からないままだった」
「なんとも言えない気持ちではあるけど。でも、これで君が組織に戻ることも、苦しむ必要はなくなった。だから、だから……」
「……」
(自分の手で殺せなかったことは悔しいのに、私は……)
人殺しにならなかったことに対して確かな安心感を覚え、それを自覚し苦い顔をする。
(つくづく暗殺者に向いていなかったんだな)
ミセリアは凄惨なことになっているひと区画を見ないようにしながら立ち上がる。それに合わせてフェリクスも立ち上がる。
周りの様子を確認しつつ、下がっていたレイ達も集まってくる。
「ミセリア、彼女を」
沈鬱そうな顔をしたセルペンスがミセリアへ声をかける。やることはあと一つ残したのみ。この場所へ来た最大の目的を果たす時が、漸く来たのだ。
「お前はいいのか」
「……俺もだけど、君もケセラを助けたいだろう?」
小さく頷き、ミセリアはフェリクスに付き添われながらケセラの近くに寄った。その後ろを残りのメンバーが着いていく。枷で手足の動きを封じられているが、意外と粗末なものだった。ミセリアやフェリクスが力を込めてナイフを突き立てただけで歪むほどの薄さだ。衰弱しきっているケセラには脱出できなかったのだろうと考えると、ミセリアは悲しくなる。
「俺が診るよ。とりあえず彼女を横たえてくれないか」
「わかった」
ミセリアがケセラをゆっくりと抱き起して、膝に頭を置くいわゆる膝枕の格好でケセラを横たえた。反対側にセルペンスが膝をつき、ケセラに手をかざす。淡いエメラルドグリーンの光が彼女を照らした。
「お姉ちゃん」
「ミセ、リアだよね?」
「そう、そうだよお姉ちゃん。お姉ちゃんはもう、自由だよ。少し休んだらきっと元気になれるよ、だからもうちょっとだけ辛抱してね」
ケセラの身体は冷え切っていた。儚げな微笑みも相まって今にも消えてしまいそうな雰囲気を漂わせている。
「ねえ、ミセリア。貴女、素敵な王子様に出会えたんだね」
私の言った通りだったでしょう? ケセラは焦点の合わない瞳で精一杯ミセリアを見つめる。なにも映し出されていないはずの視界に、可愛がっている血の繋がらない妹がいることを確信して。
「……やっぱりお姉ちゃんは凄いよ。本当に」
「ケセラ」
次に口を開いたのはセルペンスだった。その手から光が消えていく。彼もまた、ケセラを助けたいと願っていた一人だ。セルペンスは膝をつき、ケセラの手を取った。ここに自分はいるのだと示すかのように。――そしてそれは、ケセラの治療がセルペンスの力では難しいことをも示していた。
「分かる。分かるよ、セルペンス君。セラフィ君も、そこにいるんでしょう?声が聞こえたの」
「ああ。俺もいるし、セラフィもいる。ノアやクロウも戦ってくれていた」
「そっか。嬉しいな。ごめんね? 迷惑をかけてしまって」
優しく会話を続けながら、セルペンスは脈、瞳孔、とケセラの容態を確認していく。そして、目を伏せた。人間としてあまりにも弱すぎる命の動きを言葉にすることはできなかった。
「謝るのは俺の方だよ、ケセラ。俺は、君を……」
「大丈夫。初めから分かってた。私はもう、ここでおしまい」
ケセラは手を伸ばし、彷徨わせて、セルペンスの髪に触れた。撫でるように動かす。そして、髪に硬いものがあることを確認し、嬉しそうに笑った。
「ふふ。まだ付けてくれてたんだね、あのヘアピン」
「……」
フェリクスの視界に、きらりと光が瞬いた。これは蝶ではない。光の粒子だ。
ケセラの身体から溢れた光の粒子は上へ上へと昇って消えていく。これが彼女の命の輝きだと言わんばかりに、酷く儚いものだった。
「お姉ちゃん、これは!?」
「もう、時間かぁ……。早いなあ、まだ話したい事、たくさんあるのに……」
「ケセラ、伝えたいことがあるんだろう?」
セルペンスの横に膝をついたセラフィが、セルペンスが握っていたケセラの手に自らの手を添えた。静かな眼差しで、目の前に広がる光景を受け止めていた。
「うん、私、言わなきゃ……言いたかった、ずっと、ずっと前から思っていたことだったのに……私、私……」
――貴方のことが――
「……来てくれて、ありがとう。セルペンス君」
「ケセラ……」
黄金の蝶が一羽、飛び立った。
「これから苦しいこと、いっぱいあると思う。でも諦めないで。積み重ねたその先に、必ず光はあるから」
これが予言であることは、その場にいた誰もが察した。彼女の最期の予言であることも。
「お姉ちゃん、しっかりして……!」
「ねえ、ミセリア。私、貴女を支えることができたのかな」
「私はお姉ちゃんがいなかったらきっと、前に進めなかったよ……」
「そっかあ、良かったぁ……」
彼女は目を閉じた。口元には微笑。細身の体躯から力が抜けていくのを感じて、ミセリアはケセラに抱き着いた。
「お姉ちゃん……!!」
「ありがとう、ミセリア。――ああ、あともうひとつだけ」
片手ではセルペンスの手を握り、片手ではミセリアの頭を撫でる。その手が透けていく。存在が薄れていく。
「彼に、気を付けて。貴方たちはきっと、彼と出会って――」
「お姉ちゃん?」
「惑わされることがあっても、貴女が導いてあげて。貴女は強い、から――みんなを引っ張っていける――ミセリア――」
ミセリアは、感じていた重さが無くなるのを感じた。ふわりと優しく、無慈悲な瞬間だった。視界いっぱいに広がる黄金の光。一瞬だけ温かさを感じたが、瞬きをした後にはその腕に残るものはなかった。
「うう――」
ミセリアの視界が歪む。上手く前が見えない。現実を見たくなくて、手で目を覆う。
――さようなら、ありがとう。それを、言わなくては。
「うあああ……」
言いたい言葉が出ずに、溢れるのは涙だけだった。
フェリクスはそんな彼女を迷わず抱きしめる。それでもミセリアの涙は止まらず、静かな部屋に嗚咽が響き渡る。
その中で、ケセラが想いを伝えられなかった“あの人”の目からも涙が一筋流れたのだった。
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