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夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者
19 名は明かされることなく
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フェリクスは全力でぶつかった。必死だったため目は閉じたまま、ぶつかった衝撃と成功の安心感がフェリクスの中に響き渡っていた。
「な――」
暗殺組織の頭は確かに驚きの声をあげた。ケセラに触れようとしていた手は宙を切り、何も掴むことはなかった。仮面に隠れて表情は伺えないが、無表情でないことは誰もが想像した。
しかしフェリクスは見ていた。顔は隠れつつも、仮面越しに鮮血のような赤い瞳がフェリクスの石榴石の瞳を確かに見つめていたことを。
「フェリクス――!!」
ミセリアが驚きで体勢を崩しそうになるが、進むことはやめなかった。手にはしっかりと武器を握りしめ、狙いを定めた。もつれこんで倒れた二人のうち、フェリクスを除くもう一人の男。そのどこかでも傷をつけるために。
「ああ、やはり。ここは人のための施設、我々に手段は残されて――」
フェリクスは体を起こして瞼を開いた。視線の先に、倒れた衝撃で仮面がずれた男の顔が半分見えた。黒々とした目が、フェリクスを見つめていた。
「フェリクスから、離れろ!」
男の手がフェリクスの腕を掴もうとした直前、フェリクスの肩にミセリアの手がかかり引っ張られる。後ろに倒れこむフェリクスを、男が捕らえることはできなかった。その代わり、男の手が触れたのはミセリアの持つナイフだった。
手の平を、ナイフが貫いていた。
かぎ爪は折れた。しかし、男は苦悶の表情を浮かべることなく、口の端を釣り上げた。
「我らには、希望が残されていた。この力があれば、人間をひとつに――」
「訳の分からないことをほざくな!」
ミセリアはもう一つ用意していたナイフを片手に持ち、男の心臓を狙った。今までの恨みとたくさんの子供たちの仇をとろう、と決意を込めて。恐怖を必死にこらえて。
――それが叶うことはなかった。
ミセリアのナイフが男を貫く前に、別の何かが男の胴体を抉った。熱い赤が、ミセリアの頬を濡らす。
「え?」
「ふたりとも!! 早く逃げろ!!」
後ろからセルペンスの叫び声が聞こえ、フェリクスは我に返った。
そして、この空間への乱入者を認識した。
気怠そうに壁にもたれかかり、腕を組んでいる耳の長い精霊。よく割れた腹筋と、胸に埋め込まれているかのように存在する緑の宝石が特徴的だった。
「精霊――」
「殿下!!」
目を見開いたフェリクスとミセリアを吹き飛ばす勢いでセラフィが割って入る。そして二人を槍で押しやるようにして下がらせる。視線はしっかり、異様な存在感を放つ精霊を捉えながら。
「ンン? 見覚えのあるやつもいるな??」
精霊は愉快そうに笑って生き残った人間たちを見回した。
「大精霊ビエント、どうしてここに」
「な!? こ、こいつがビエント!?」
セラフィが苦々しく紡いだ名にフェリクスが驚愕した。
「そうそう、この世界の始まりから生きている偉い偉い精霊さ。今日は、あのお方が残したこの地に人間どもが侵入して騒がしくしているから様子を見に来たんだが、やっぱりなんか企んでいやがったか」
精霊ビエントは死に絶えた男を見下ろして、次いで捕らわれたままのケセラを見た。
「あー……。もしかして、『特異な力をもつ人間を使って精霊どもをぶっ潰すぞ~』ってか? おまけに神子まで。ハッ、笑わせるぜ。ンな事できるわけないのに」
ビエントはひらひらと手を振る。
「ま、皆殺しと言いたいところだが、今月は決めた間引き数まで来ちまったしな。それに、テラも逃げた奴らのことは放っておけと言ってたし……テラの管轄に手を出すと面倒だしアクアもうるさいし」
ぶつぶつ独り言を言いながら、ビエントは出口へ向かって歩き出す。
「じゃあな。運が良いだけの人の子。今度騒いだら間引きの対象にしてやるよ」
ビエントはのんびり鼻歌を歌いながら部屋から出ていった。
「な――」
暗殺組織の頭は確かに驚きの声をあげた。ケセラに触れようとしていた手は宙を切り、何も掴むことはなかった。仮面に隠れて表情は伺えないが、無表情でないことは誰もが想像した。
しかしフェリクスは見ていた。顔は隠れつつも、仮面越しに鮮血のような赤い瞳がフェリクスの石榴石の瞳を確かに見つめていたことを。
「フェリクス――!!」
ミセリアが驚きで体勢を崩しそうになるが、進むことはやめなかった。手にはしっかりと武器を握りしめ、狙いを定めた。もつれこんで倒れた二人のうち、フェリクスを除くもう一人の男。そのどこかでも傷をつけるために。
「ああ、やはり。ここは人のための施設、我々に手段は残されて――」
フェリクスは体を起こして瞼を開いた。視線の先に、倒れた衝撃で仮面がずれた男の顔が半分見えた。黒々とした目が、フェリクスを見つめていた。
「フェリクスから、離れろ!」
男の手がフェリクスの腕を掴もうとした直前、フェリクスの肩にミセリアの手がかかり引っ張られる。後ろに倒れこむフェリクスを、男が捕らえることはできなかった。その代わり、男の手が触れたのはミセリアの持つナイフだった。
手の平を、ナイフが貫いていた。
かぎ爪は折れた。しかし、男は苦悶の表情を浮かべることなく、口の端を釣り上げた。
「我らには、希望が残されていた。この力があれば、人間をひとつに――」
「訳の分からないことをほざくな!」
ミセリアはもう一つ用意していたナイフを片手に持ち、男の心臓を狙った。今までの恨みとたくさんの子供たちの仇をとろう、と決意を込めて。恐怖を必死にこらえて。
――それが叶うことはなかった。
ミセリアのナイフが男を貫く前に、別の何かが男の胴体を抉った。熱い赤が、ミセリアの頬を濡らす。
「え?」
「ふたりとも!! 早く逃げろ!!」
後ろからセルペンスの叫び声が聞こえ、フェリクスは我に返った。
そして、この空間への乱入者を認識した。
気怠そうに壁にもたれかかり、腕を組んでいる耳の長い精霊。よく割れた腹筋と、胸に埋め込まれているかのように存在する緑の宝石が特徴的だった。
「精霊――」
「殿下!!」
目を見開いたフェリクスとミセリアを吹き飛ばす勢いでセラフィが割って入る。そして二人を槍で押しやるようにして下がらせる。視線はしっかり、異様な存在感を放つ精霊を捉えながら。
「ンン? 見覚えのあるやつもいるな??」
精霊は愉快そうに笑って生き残った人間たちを見回した。
「大精霊ビエント、どうしてここに」
「な!? こ、こいつがビエント!?」
セラフィが苦々しく紡いだ名にフェリクスが驚愕した。
「そうそう、この世界の始まりから生きている偉い偉い精霊さ。今日は、あのお方が残したこの地に人間どもが侵入して騒がしくしているから様子を見に来たんだが、やっぱりなんか企んでいやがったか」
精霊ビエントは死に絶えた男を見下ろして、次いで捕らわれたままのケセラを見た。
「あー……。もしかして、『特異な力をもつ人間を使って精霊どもをぶっ潰すぞ~』ってか? おまけに神子まで。ハッ、笑わせるぜ。ンな事できるわけないのに」
ビエントはひらひらと手を振る。
「ま、皆殺しと言いたいところだが、今月は決めた間引き数まで来ちまったしな。それに、テラも逃げた奴らのことは放っておけと言ってたし……テラの管轄に手を出すと面倒だしアクアもうるさいし」
ぶつぶつ独り言を言いながら、ビエントは出口へ向かって歩き出す。
「じゃあな。運が良いだけの人の子。今度騒いだら間引きの対象にしてやるよ」
ビエントはのんびり鼻歌を歌いながら部屋から出ていった。
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