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夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者

17 黄金蝶

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 蝶が飛んでいる。
 暗闇の中で、綺麗に飛んでいる。
 ――誘っているのだ、私を。どこか遠い場所へ。
 追いかけていくと、ふんわりとした光景が私の中へ流れ込んでくる。知っている。これは未来の出来事なのだと。8年前に私に現れた、神様の力。
 伝承に語られる女神さまも、この力を持っていたのだろうか。輝かしい未来も、絶望したくなる未来も、悠久の時を見続けてきたのだろうか。それは辛い事だ。
 私は、今にも張り裂けてしまいそうなのに。
 もうすぐ、待ち望んだ時が訪れる。それまで私はここにいられるのだろうか。
 そんなことを考えていると、暗闇で羽ばたく蝶がその輝きを増した。
 ――ああ、また新しい未来が流れ込んでくる。


***

 しばらくの間船に揺られている。といっても、さほど揺れはなく乗船したフェリクス達は落ち着いて気持ちを整えることができた。
 セラフィからの提案で、負傷したフェリクスの腕を治してもらうことにした。
 緑色の優しい光がセルペンスの手から溢れ、フェリクスの負った傷が癒えていく。

「ありがとう、セルペンス」
「どういたしまして」

 包帯をとると、傷の痕跡が何一つ残らない腕を動かす。少しも痛くない。服の穴は開いたままだが、そこは問題ない。

「着く」

 ふいに少年が声をだす。すると船が動きを止めた。次の拠点に着いたのだ。
 ゆっくりと船の入り口が開いた。

「ありがとう」

 全員が少年に礼を言う。少年は無言だった。フェリクスは後で迎えに来なくては、と決意した後に少年以外の全員と外へ出た。
 そこは、少し前までいた拠点と似た雰囲気の遺跡だ。内部まで入ればまた人工的な施設に改装されているのだろう。
 セラフィを先頭にして進む。周りはやけに静かだ。水の流れる音とフェリクス達の足音だけが響いている。

「お姉ちゃんがいる場所は、分からない」

 ミセリアが申し訳なさそうに言うと、フェリクスは笑顔で頷いた。

「仕方ないよ。ミセリアのせいじゃない。しらみつぶしに探していくしかないね」

 フェリクス達は船着き場を抜けて見覚えのある廊下に出る。遺跡だった痕跡はほぼ見当たらないのっぺりとした白い壁が続いている。……が、その割に部屋数は少ないようだ。しばらく歩いていると、白い壁がぱったりと途絶え、元々の壁がそのままになっている。

「ここって、改装が終わってないのかな」

 セルペンスが首を傾げた。

「そうかもしれない。もしかしたら最近になって改装を始めたのではないか?新しい拠点は完成していないと見ていいようだ。これなら探索もマシになるはずだ。お姉ちゃんがいたのは、少なくとも機材がある場所だった。ここより先より、工事が済んだ所を優先した方がいいだろう」

 ミセリアの進言に異論を唱える者はいなかった。
 工事の済んでいない場所は後回しにし、フェリクス達は少ない部屋を探索し始めた。
 何故か人はいない。フェリクスに理由は分からなかったが、邪魔がないことはありがたいことではある。
 しかし、それでも時間がない。フェリクスは衰弱していたケセラを目撃しているため、焦り始めていた。ミセリアはもっと焦っていることだろう。どんな時も姉を思っていたミセリアをチラリと見ると、抜け道がないか探している。その目は真剣そのもので、落ち着いているように見えた。
 ふいに、フェリクスは黄金の光を見た。

(あれは……)

 ひらりと舞うその光は、ミセリアの肩に止まる。それは一瞬のことで、フェリクスが瞬きをした次の瞬間には飛び立っていた。慌てて目で追いかければ、その光はセラフィの頭の上を飛び、レイとシャルロットの周りを飛び、セルペンスの手に止まる。彼らは光の存在に気が付いていないようだ。
 光は輝きを強め、再び飛び立っていく。こっちだと言わんばかりに一点に向かって飛んでいく。
 フェリクスが着いていくと、光は姿を形作った。
 ――蝶だ。
 黄金の蝶は小さな部屋の壁まで飛んでいき、溶け込むようにして消えていった。
 フェリクスが蝶が消えていった壁に触れる。蝶の導きの先に、何かがあるという確信があった。
 ガコン、と壁の奥で仕掛けらしきものが動く音がした。人一人分が通れる隠し通路が、姿を現した。壁の白い塗料がボロボロと剥がれ落ちている様子から、改装を進めた組織員はこの通路の存在を知らなかったか、秘匿したかったかのどちらかではあろうが今は関係ない。
 ぽっかりと口を開いた通路は、薄暗い。
 フェリクスが驚いて固まっていると、音に気が付いたミセリア達がフェリクスの周りに集まってくる。

「フェリクス、この通路は……」
「蝶が、ここまで導いてくれたんだ」

 フェリクスが素直に答えると、ミセリアは少し目を見開いて、そしてほほ笑んだ。

「それはきっとお姉ちゃんが導いてくれたのだろう。この先に、いるに違いない」

 そうであると確信しているような言い方だった。この通路の先にケセラがいる確証はないのだが、不思議と当たっているという予感はあった。

「殿下、僕が先導しますが……お気を付けて。何が待っているか分かりません」
「ああ、ありがとうセラフィ」

 するりと前に進み出て、セラフィは目を凝らす。トラップがあるようには見えない。振り返って頷くと、通路に足を踏み入れた。槍を握り締める手に力をこめながら。

「本当に、大丈夫だよね。関わっていない、よね」
「シャルロット?」
「あ、違うの。なんでもない……」

 レイとシャルロットのやり取りは、誰にも聞かれることはなかったが。

「二人とも?早く来ないと」

 二人の前にいたセルペンスが呼ぶ。セルペンスの表情も強張り、緊張しているようだ。

「ごめんなさい、今行きます」

 レイはシャルロットの手を取って微笑みかける。それが自分を気遣ったものであると悟ったシャルロットも微笑み返すことで応えた。ここに来てから自分の中でじわじわと広がる疑いと不安は拭えなかったけれど。
 通路は狭かったが、さほど長くもなかった。
 少し歩いて、セラフィが行き止まりがあることに気が付いた。

「この先に進める道はなさそうです。いかがなさいますか」
「待ってくれ」

 暗に引き返そうというセラフィの言葉を制し、フェリクスは行き止まりとなっている壁に触れた。ざらりとした石の感覚。

「蝶……」

 再び黄金の蝶がフェリクスの視界で舞う。

「蝶?」

 セラフィが首を傾げる。どうやらフェリクス以外には見えていないらしい。

「ここにいるよ」

 ひらひらと壁の直前で飛び続ける蝶に向かって手を伸ばす。すると、指先が触れた途端、蝶は霧散した。
 その次の瞬間、石造りの堅牢そうに見えた壁がボロボロと崩れ去った。破片は砂のようになるまで散り散りになり、足元に流れていく。
 フェリクス達はそれを見向きもしなかった。目の前に、恐れつつも求めていた空間が広がっていたからだ。
 フェリクスだけに見えるらしい黄金の蝶が数匹、白い椅子に座る女性の周りを飛んでいる。ここだ、ここに来い、と言っているかのようだ。

「……ルシオラの言う通りだったな。やはりここは、女神が神子のために造った施設だったか」

 その隣に立っていた男が、入ってきたフェリクス達を見つけて呟いた。相変わらずの表情の見えない顔で、じろりと見据える。さほど驚いてはいないようだ。

「ルシオラって」

 セラフィが眉をひそめた。
 男はシャルロットに視線を向け、肩をすくめる。

「ああ、貴女はルシオラの。これからこの部屋は小さな戦場と化すでしょうから、離れておくことをお勧めしますよ。貴女に何かあってはルシオラがうるさいのでね」
「シャルロット?」

 ふいに悲しそうな表情を浮かべたシャルロットに、レイが寄り添いながら訪ねる。翡翠の瞳に涙が溜まっていくのを、動揺しながら見つめるしかない。

「何か事情があるようだが話は後だ、今はお姉ちゃんの救出が優先だ」
「――シャルロット、下がっていてください。レイ、彼女を任せましたよ」
「は、はい」

 ミセリアとセラフィが前に出る。セラフィに言われ、レイはシャルロットを連れて後ろに下がる。シャルロットの動揺した姿に驚きはしたが、警戒を解くわけにはいかない。

「――王国の騎士もいるか、面倒くさいことになったな。あの男を利用しようとしたことが仇になったか。向こうの拠点が使い物にならなくなったのも、ほぼあいつのせいだからな。まあ、他のイミタシアを連れてきた時点で益はあったがね」

 男がセルペンスの方に顔を傾ける。セルペンスは何も言わない。クロウとこの男が裏で繋がっていた――クロウは裏切りにもとれることをしたが――ことは知っているのだから、今更突っ込むことでもない。結局のところクロウはセルペンスを敵に明け渡すつもりはなかったらしいので、ひとまずは置いておく。

「それにしてもよくしゃべりますね」
「私は上機嫌なのでね。拠点のひとつは台無し、人員のほとんどを殺害ときたが私の求めてきた答えは、そこにあるのだから。――さあ、残り少ない人員だが、もてなして差し上げよう」

 男がひら、と手を振ると、隠し扉ではない最初から存在していた入り口から暗殺者が十人ほど入ってきた。

「行け。イミタシアと金髪のお嬢さんには手を出さないように」

 男の号令と共に暗殺者たちは手に持つ武器を構えた。

「この程度、造作もない。ミセリア、僕以外でこの場で最も早く動けるのは貴女でしょう。僕が雑魚の相手を引き受けますので、貴方はケセラの元へ」
「自慢話が聞こえたような気がしたが、了解した」

 ミセリアが手に力を込める様子をフェリクスは見つめる。フェリクス自身は戦闘能力をもたないが、何かできることはないだろうか、と思案する。

「殿下はそこでお待ちを」

 セラフィはそう言うと、槍を持って駆けだした。ミセリアも後に続く。
 セラフィの持つ銀の槍が華麗に敵を屠っていくことは目に見えている。しかし、問題はその先だ。
 ケセラが捕らわれている椅子の横には、頭領たる男が堂々と立っている。配下が倒れることも、想定済みのはずだった。だというのに、なぜ余裕でいるのだろうか。フェリクスには分からなかった。
 ミセリアが駆ける。セラフィが作った道を、必死の形相で駆ける。彼女とて戦闘に特化しているわけではないのだ。セラフィが暗殺者たちを押さえつけるにしても、あの男をかいくぐってケセラを助けることができるのかは怪しいところだった。
 そんな刹那の瞬間、ケセラが瞼を開けてフェリクスを見た。少し遠目だったが、ケセラから黄金の光が溢れ、蝶となって飛び立つ。蝶は隣に立つ男の周りを飛び、霧散した。

「――?」

 フェリクスが男に視線を移すと、男は仮面の下で、笑った。ような気がした。
 そして気づいてしまった。その手がゆっくりと動き、伸びたかぎ爪らしきものがケセラへ向けられる様子を。

「ダメだ、ミセリア――!!」

 思わずフェリクスが叫んだ時、空気が固まった。
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