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28 家でくらい見たいものを見させろ。

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「俺は、彼の望みをかなえたい。そのためにもそれを付ける必要がある。それだけです」
「なぜだ?」


 まるで答えを予想していたかのように、セレットリクがすぐに返す。


「今のところ、彼が今後どうしたいかの展望は聞けていないが。何をどうするつもりだ?」
「それは」


 無事に五体満足で帰ってほしいと言っていいのか、わからない。
 セレットリクの考えがわかることなんてほとんどないから、彼の地雷が何なのかサリアノアにはわからない。
 戯言といって笑われるのならいいが、危険因子と思われるのも困る。
 それで櫟を操るための傀儡にされてはたまったものではない。


「先ほどのでいいだろう」


 躊躇っていると足を組んで頬杖をついたセレットリクがそんなことを言った。


「傷つけたくない。それで押し通せ。それなら何のウソにもならん」
「……?」


 珍しく自分のティーカップに砂糖を一つ入れている。
 もうぬるくなったお茶ですぐに溶けない砂糖がくるくる、スプーンで混ぜられている。


「お前はお前の望みのために。私は私の望みのために動けばいいだろう。概ね向いている方向は合致している。お前が真に信頼するものだけに伝えろ。だが、起きたことは正直に話せ。どんな危険があるかわからないからな。いいか、お前は浅慮で」
「騙されやすい」
「そうだ。お前の目的が定まったならそれでいい。では、これは、あのアルファ殿と接するときは必ずつけてもらう」

 その言い方に少し疑問を感じていると、セレットリクが何のこともない風に告げた。


「だからこの家ではつけることはない。アルファ殿と会うのは私に毎回許可を取ってもらう。そしてこれを付けて会えばいい。帰ってきたら外す」

 だが、そんなことをしたら損をするのはセレットリクだ。
 毎回、それなりに魔力を消費するし、毎回血液が必要だ。

「今まで通り、私の許可なく誰とも会うな」
「でも、そんな面倒くさい事」
「ふ、まさかお前にそう言われるとはな。私はこれが不快なんだよ。目にもなるべく入れたくはない、が、そうも言っていられんだろう」


 なぞっていた指で隷属の輪を弾いた。それは記憶にあるよりも細く薄いものだった。



「家でくらい見たいものを見させろ」

 そこで鐘が鳴り、セレットリクが時計を見上げた。


「今日はもう寝ろ。夜更かししたら怒られるぞ」
「誰に?」
「……ラーノに決まっているだろう」


 そう言った通り、扉をノックする音がきこえてラーノが扉越しに声をかけてきた。



「セレットリク様、サリアノア様は本日はもう就寝のお時間を過ぎております。片づけのために入ってもよろしいでしょうか」



 語尾がちょっと強めで驚く。この場合はどっちに怒っているのだろう。

「話はまた明日だ」


 セレットリクが扉を開けるとすました顔のラーノがやってきて、サリアノアに歯磨きを強要し、その間に片づけられあっという間に就寝の準備が整えられてしまった。


 櫟が来てから、サリアノアは落ち着かない。
 たった2,3日だったが、世界が変わったように思うのだ。


 今までと同じなのか、感じ方が違うだけなのか。
 それとも世界が変わったのか。



 サリアノアはさっきのラーノの顔を思い出すと少し笑ってしまうのであった。










 明日の準備をしていると、戸口にゆらりと人が立つ。腹が立ったので無視していると。

「お前ももう寝ろ。子どもはおとなしく夢の世界に飛び立つ頃だと習ったが」

 などとほざく。

「はあ、わたくしはもう子どもではありません」
「何を言う。子どもの武器を十二分に使っているくせに」
「子どもでいてはいけないと教えたのはあなたでしょうに」


 隷属の首輪を目立たぬように首元に少し工夫をしなければならないかと思案していると、戸口に立っていた男が隣に並び立つ。


「この金属が直接あたる部分には布を当てられないか」
「隷属の輪は直接肌に触れていないといけません。お出来にはなりませんね」
「そうか」


 男が選んできた隷属の輪は相当ランクの高いもので、金属もかなり軽いものだ。
 それでも拒否反応が出ないといいが。


 これを明日からつける人物を思い出し、ラーノは笑ってしまった。
 先ほどの驚いた顔。何かをこらえるように少し変な表情をしておられた。

 ラーノにとってももはやどういった存在なのかわからなくなってしまったあの人が、明日を待っているのを目の当たりにした。


 それはゆるりと水たまりに広がる波紋のように、晴れ間をのぞかせたような心地がした。



「やはり子どもだといいものだな。あれだけで、な」
「ふふ、あなたにはもうできない芸当でしょうね」
「いや、昔からそういったかわいらしさは兼ね備えてはなった」
「でも、あなたが子どもに弱いと」
「ああ、俺のような不愛想な子どもでも有効だったのだ。子どもだというだけで人は油断するものだ。それにしてもあいつは、弱点がありすぎる」


 遠い目で語る向こう側。
 この人はいつもそれの延長線上で生きている。

 たった一つの目的のために。


「それにしても今日のあなたは、ずいぶんおしゃべりでしたね」
「言葉を交わす必要性があったからな」
「家でくらい見たいもの、とはいったい何を見たいのですか?」

 今日のこの男は珍しく饒舌で、言わなくてもいい事も口から飛び出していた。


「余すことなくすべてだ。許されるすべて。許されないものなど見ても何も楽しくないだろう。そんな家は息が詰まる」
「素直じゃない。その美しい首を美しいまま愛でたい。そこから流れてくるかぐわしい香りに惑わされていたい。くらい言えばいいじゃないですか」
「お前、もう少し子どもらしくした方がいいぞ。嫌われる」
「そうですかね? 」


 そのために十にもならない子どもに頭を下げるくらいに、この人はそのためだけに生きていると言っても過言ではない。

 その願いが叶った後、この人はどうやって生きていくのだろうかと少年は息をそっと吐いた。

「それよりもっと、他愛のない話の方が好きだ。例えば、今日のお前はあれがいない間、何をして過ごしていたのかとかな」
「特に変わりありませんよ」


 ラーノは時間が空けば、それなりにやることがある。常駐している家庭教師に勉強を教わり、近隣にいる師範に武術を習ったり、執事に仕事を教わったり。まあ結構忙しい方だと思う。
 だが、子どもであることをやめて今の仕事に就いた。


 人工オメガについての知識もその時に手に入れた。生み出される哀れな生命。
 どうしてオメガしか生み出せないのか。そのからくりはいとも簡単であった。




「言うことはないか?」


 肩から腕をなぞられて思わず、ピクッと反応してしまう。



「言うことはないか?」



 あの人が苦手としている、上からの目の圧を向けられてラーノも思わず首をすくめる。
 この人が自分から子どもというものを捨てさせたのに、この人は子ども扱いをしてくる。
 まったくおかしいことこの上ない。




 ラーノは正直に、本日剣の授業で痛めた筋があることを話し、その場で確認されてしまう。


「それで、サリアノアが帰ってくるからと治療を中途半端にして入浴の世話と食事の世話をしたのか」
「まあ、片腕は普通でしたし」
「言っておくが、お前が何か損なうことはあってはならない。今日はさっさと寝なさい」



 両肩に手を置いて、私の体をぐるっと後ろに向かされる。
 そこはお前が大事だから、今日は安静にして明日からまた頑張ろうねとかいう場面だと思う。
 が、しかし、内容はほぼ同じだろうがと返されるのでラーノはさっさと自室に帰ろうと扉の方を見て驚いてしまった。


「どうかされましたか?」


 サリアノアが扉の隙間からこちらを覗いていた。すっとセレットリクの手が肩から降りる。


「どうも……。お茶が飲みたくて……ちょっと、ラーノ借りていくからっ」

 ちょっと怒ったサリアノアに手を取られ、あっけにとられている間にセレットリクが訝しげな顔をしてラーノを見送った。



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