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19 知られてはいけない。
しおりを挟む「魔力も恐らく強いだろうし、知識も与えてくれるのなら願ってもないことだ。と、言うところだろうか」
エテルノはサリアノアの手を取って、そう話した。
「まあ、他にもして欲しいことはあるんだけれどね」
「そんなひどい事、言えるわけがないっ」
冷静に話し終えた王弟殿下の手の中から自分の手を引き抜き、俺は首を振るって立ち上がる。
不敬だとは思ったが、俺にはそもそも敬う気がないので気にはならなかった。
思わず鼻で笑ってしまう。
「人の人生を奪っておいて、彼のことを何も考えず、種馬のように生きろと? ただ快楽に染まった人生で生まれた子どもを知らない国にささげろと言うのか? 自分の子どもすらもまた、道具のように扱われるかもしれない国に? 言えるわけがないッ。あ、あんたらは軽く考えすぎている。人間がなぜ生まれるのか。アルファとオメガは何なのか。彼らはただの人間で、産むか産まないか、恋するかしないか、そんな自由があってしかるべき存在で。強いかもしれないけれど、それが消費していい理由には、ならないだろう?」
一つ、二つ後ずさる。
「そんな自分勝手な理由で、人間を一人地獄に追いやっていいなんて俺は思わない」
「だが、呼び出されてしまった以上、ここで生きていくしかあるまい。国という大きなものに睨まれたら命すら危ういのだ。自分の価値を最大限に使用して生きていくしか」
なぜかセレットリクが言葉を返してきた。
こいつもこの世界ではかなり上位のアルファだから、何かしらあったのだろうか。
だとしても前提条件が違う。
「それはこの世界で生まれた、この世界の恩恵をあずかったやつが言う言葉だ。彼は何一つこの世界からもらっていないっ。そんなことを言われたって人はそこまで強くない。きっと、生きていきたくなくなる。あんたたちは知らない。強さがどこから湧いてくるのか。この世界に欲しいものなんかない。その時、人は何を糧に生きていくと思っているんだ? 金銀財宝もいらない。贅を尽くした館も飯もいらない。彼にはあちらの世界に残してきたっ」
俺は混乱したまま、出てくる言葉を紡ぐ。
久しぶりにこんなに話したから、息も切れるが出てくる言葉を押しとどめられない。
胸が苦しくてそこを掴んで、必死に目の前の二人に言い募る。
無駄だとわかっている。
俺と言う人工オメガを生み出した世界の、生み出すのを許可した人間側に何を言おうが通じるわけがない。
そんな運命にぶち込まれるのは俺だけでいい。
だから我慢してきた。
さっさと増えろよ。この世界のアルファ! もっと励めよ! と、この世界の神を罵っていた。
それと同時に俺が産んだ子どもの幸せくらいしか祈れなくて。
ぐちゃぐちゃな思考がまとまることはないから放棄していたのに。
震える。どうして櫟なんだ。
せっかく健康になって、家族を持てて、可愛い赤ん坊があいつの頬を撫でていたのに。
「さりあのあ」
声が聞こえる。
それは俺の名前。
でもあいつが呼ぶとすごく違和感がある。
振り向きたくない。
その場で固まっていると近づいてくる足音がする。
引っ込め引っ込め。
俺は眼球にこれでもかと圧をかけた。
「すまない。ほかの言葉はわからないのだが、これは君の名前だろうか?」
目の前のエテルノとセレットリクが成り行きを見守るように口を出さずに見ている。
ぼろを出してはいけない。
俺がテレパシーを使わずとも言葉がわかることを見せてはいけない。
俺が利用できるとこれ以上思わせたくない。
これ以上櫟に嫌な思いをさせたくないんだ。
だって、きっと。
櫟は健康になって家族を得たけれど。
すごく優しい奴だから。
もう愛していなくても、運命の番がいて幸せだったかもしれないけど。
それで俺がああなったって知ったら、死ぬほど後悔するような奴だったから。
だから、俺のことを一つも知られたくない。
俺はオメガとしてあいつに惹かれたのかもしれないし、あいつがハチャメチャかっこいいから好きになったのかもしれないし。
でも、でも俺はあいつがあいつだったから愛したんだ。
だから、誰が何と言おうとわかる。
俺の愛した櫟は、家族と縁を切るほどつらいことがあったのに家族を心配することもあった。
俺の家族の悲しみを一緒に抱えてくれた。
俺の友達の努力を一緒に喜んでくれた。
櫟が俺を愛していたからとかそういう自惚れとかじゃなくて、それが事実だからだ。
だから、隠さないといけない。
あいつが俺が死んだなんてことを知ることは一つも。
俺が一人で死んだことも。
俺が今現在、クソみたいな人生を送っていることも。
知られてはいけない。
そしてそれを知られたら、櫟は俺のために動こうとするだろう。
国に利用される櫟は見たくない。
あいつはあいつの幸せの為だけに生きてくれたらいいのに。
その願いのために俺は顔を上げた。
俺はサリアノア・アフェット。
人工オメガなのは公然の秘密。
あの名前で呼ばれることはもうない。
俺の今の心を知ったら、いくら櫟でも恨む。
「こんにちは。私のお名前を呼ばれましたか? お言葉がわからないとお聞きしました。お手を拝借してもよろしいですか?」
にこやかに手を上に向けて広げて待った。
どうしても下から伺うようになってしまう身長差に懐かしくなる。
でも、やはり以前の俺とは違うところが見つかる。
以前の俺より、今の俺は少し小さい。
前はもう少し近かった。背伸びしたらキスできるくらいには近かった。
今は背伸びしても、届かないだろうと思う。
目があった櫟は、その目に色々な色を瞬時にのせて目を瞑った。
何を思ったかは、わからない。
そして、手をゆっくりと近づけた。
重なった手にうっすら笑みがこぼれそうになった。
拳、痛くないのかよ。柱にめり込ませるってどんだけ健康になってんだよ。頑丈すぎんだろ。
パチッと目があって、我慢はできなかった。嬉しくて笑ってしまった。
――こんにちは。またお会いしましたね。
私の名前を呼んでいましたか?――
「ああ、君の名前で合っていたかな?」
それにはにっこり微笑んで返す。
――私の名前はサリアノア・アフェット。以後お見知りおきを。こうやって触れて伝えたい言葉を伝えることができます。もちろんあなたの言葉も。
さて、少し説明してもよろしいでしょうか?――
「ああ、こちらこそ頼んでもいいだろうか? 」
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