確かに俺は文官だが

パチェル

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第5章

前途多難なことが多すぎるが、それでもやるつもりです21

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 大きな笑い声が聞こえて、外回りからの帰り道で近道しようと広場を歩いていたタウはふと声の方へ目を向けた。


「あ、ヒカリくんじゃん」


 もう寒くなってきたはずなのに、結構な薄着で汗をかいて何やらお友達と遊んでいる。
 タウはコートにカーディガンを着こんでいるのに、汗一つかいていない。


「若者の代謝のすごさを実感中」


 手のひらより大きいボールを樹の棒にくくり付けたバスケットに入れようとして入らず、それが自分の頭の上に落ちてきたのに三人してお腹を抱えて大爆笑だ。




 一人はフィル、それともう一人は同じくお友達だろう。ネイトと言う少年だと聞いた。

 あれくらいの年頃なら使い始めた魔法に目がいって、なかなか勉強がおろそかになりがちなのに何やらヒカリが始めた遊びに夢中のようだ。

 公園のベンチに腰掛けて、寒くてつい買ってしまったホットコーヒーをずずっと飲みながらそれを眺める。


「いやー、癒されますなあ。おじさんはもうあれで大爆笑はできないなあ」


 などと感慨深げに少年たちの笑い声と容赦ないスタミナを見せつけられて、おじさんになったなーと癒されていた。


 にしても、ヒカリくんは本当にセイリオスたちと恋人になったのだろうか。

 何の拍子だったか、ヒカリくんがこっそりと教えてくれたのだ。
 全然こっそりじゃなかったけれど、結構厳しいお話をしていたのにそわそわしていたから聞いてみたら話してくれた。

 もう結婚の約束もしているらしい。
 知らない間に、だいぶ先に進んでいたようで驚いた。


 夏ごろにはあんなにすれ違いのお祭り騒ぎをしていたのに、まったくもってタウは驚いた。


 それでセイリオスからは特にそれについて言ってこないのに腹が立って、後日、おめでとうさんと厭味ったらしく言ったら、顔を赤くして「ああ、ありがとう」と言われた。

 顔を赤くするセイリオスが珍しくて凝視してしまった。


 曰く、言おうと思っていたのだが、そもそもこういうのはどういうときに言うとかあるのだろうかと考えて、婚姻関係を結んでから伝えればいいかと思ったそうだ。
 で、ヒカリにタウには言ってもいいかと聞かれ、別に誰に言ってもいいと言った次の日にタウは報告を受けたのだった。


「お前、ヒカリくんに言わせてんじゃねーぞ」
「すまん。その、こういう事は言うものなのか?」


 そう言えばセイリオスは、そういう意味で言えばハジメテだった。
 お付き合い童貞。
 恋人童貞。


 セイリオスに似合わない童貞と言う言葉に胸がざわついた。


 ちゃんとしたお付き合いのない関係でしかないように、踏み込ませなかったともいえるが。


「あのな、そりゃ言う言わないはお前の自由よ? でもさ、昔っからの知り合いで、両方とも同僚で、ヒカリくんが家出したら探してくれって言われないまでも見つけた恩人よ? 俺。自分で言うのもなんだけど。 今やヒカリくんのおかげで飲み友達として成立したスピカさんも一緒なんでしょう? さらには結婚の約束までしている。楽しい事とか喜ぶこととか俺的には言ってくれてもいいわけよ。俺はそういう人間」


 セイリオスの頭を持っている書類ではたくと、少し赤くした頬を緩ませてそうかとか呟く。


「かといってでろでろな惚気話はいらないから。見てるだけでお腹いっぱいなわけよ。わかる?」

 しかしその後、数秒考えたセイリオスが何やら真剣な顔でこちらを見て。

「その、俺にも話してくれていいんだが」
「おいおいおい、なにを? ねえ? 何を? 特に報告することありませんけど? っていうかいつも話してんでしょーが」
「いつも?」
「なんだそれ? 挑発してる顔?」

 とぼけた顔で聞き返すセイリオスを強めに叩いてやった。

「お前が聞き流す、俺のコイバナ!」
「え! だってあれはいつもふら……」
「なにが、え、なの? 」



 ヒカリが間に入ってそこでおしまいになった話を頭から追い出し、再びボール遊びに夢中な少年を見ていた。
 彼らはタウに気付かずに汗をぬぐって走り去っていった。
 恐らく腹が減ったのだろう。


 ヒカリがお腹を撫でて、フィルが大笑いしてネイトが出店の方を指さしていた。
 口元が肉と言っていたので、おやつは肉なのだろう。


 そういえば最近肉を全然食っていない。むしろ草食動物並みのものしか食べていないぞと思い、自分の腕を見る。そりゃあ、ひょろがりだわな。


 食っても食っても草食動物じゃないから、体が分厚くなることはない。


 弱そうで、捕まえやすそうだこと。
 ヒカリと違っておいしくはなさそうだけれど、と寒くて足を組んだ。



 そこで寒々としたベンチに一人の男が座った。

 あたりを目線だけでちらりと確認しても、特に異変はない。

 こんな寒そうなベンチに男二人ねえ。徐にタウは鞄の中に手を入れた。
 その後はあえて人込みの中を通って、人気のなさそうな路地にすいっと入り込んだ。


 瞬間、雷流が走って意識が遠のいた。








 目が覚めたら目の前に見知らぬ天井。
 まあ、それなりにある木目が顔に見えてしまいそうな天井がある。
 手足が拘束されているのだろう。芋虫みたいに動くしかない。
 部屋の明るさが日光だけだったので、その具合からそれほど時間が経っていないだろうとあたりを付けた。
 一日過ぎていたらわからないが。
 周りを見れば小さい小屋のような場所で、開け放された扉が見える。あとは窓が一つ。
 そこから匂ってくるのは、緑の匂い。外の景色も自然豊かな場所で。


 それほど時間が経っていないなら、王都の森の中だろうか。


 あそこからすぐにでも飛び出したいけれど、ここにこうやって放っておいているのに罠のように開け放つわけがない。
 それにちょっとばかり先にやることがある。


 次に視線で探したのは鞄。
 放り出された鞄はもうチェック済みなのだろう。コートとカーディガンと一緒に乱雑に放り出されている。


 床は絨毯も何もない、ちょっとささくれ立っている冷たい木の床だ。


 寒いなと、動くと冷たい床にひやひやしながら鞄の中に顔を突っ込んでお目当てのものに触れた。


 みしっと音がなるほど肩を掴まれ後ろ向きに思いっきり、投げられた。



 肉がなかなかつかない肩が床にぶつかって、なかなかに痛い。
 痣になっかなー。スピカさんに湿布貰わないとなあ。


 横を向いていたタウを跨ぐように足が置かれたのが見えた。

 兵士が履くようなごつい靴。
 騎士が履くきれいな飾り付きの靴じゃなくて、険しい道を何かと戦うことを目的に作られた頑丈な靴。


 そっか。突然こんなことになったらすごく怖いんだなあ。
 雷流もかなり痛かったなあ。
 まあ、びりびりくんといい勝負だったけど。
 想像では補えなかった恐怖が背筋をのぼる。




 さっきのベンチに座っていた男とは違う男が、タウの様子を窺うように顔を覗き込んできた。
 ほぼ、乗っかられている状態だが、何だか目に生気がともっていない。会話の成立が無理そうな雰囲気に動悸がする。


 出来ればさっきのお兄さんの方がよかったなあ、なんて思う。さっきのお兄さんの方が賢そうだったから。


 扉が開く音がして、声が聞こえた。

「おい、ステイ。止まれ。そこどけ。ほら、何々、何やってんの? お前、食おうとなんかしてないよな」

 どけと言われた途端、タウの上にまたがっていた男はすぐに体をタウからどけた。
 そして立ちっぱなしで、うんともすんとも言わない。



「あー、まあ、人形に話しかけるものほどむなしいもんもないか……、おっとー、おはようございます」

 タウが起きていることに気付いた男が挨拶なんぞを投げかけてくる。
 タウは寝転がったままどうもと返した。

「あれ? おじさん。結構、余裕あります?」 
「余裕って言うほど余裕はないんじゃない?」


 傷んだ肩を足で押され仰向けになる。歯を食いしばると男がニヤリと笑った。


「おじさん、いいね」


 何故かそのセリフにぞわりと肌が泡立った。ごめん。前言撤回。このお兄さんチェンジで。



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