確かに俺は文官だが

パチェル

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第5章

前途多難なことが多すぎるが、それでもやるつもりです11

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「本人からの確認が取れていなかったこと、また、先ほど述べた理由により、報告が遅くなり大変申し訳ありませんでした」
「……まあ、これだけしっかりとした書類を用意されたら遅いとは言えないけれども、やはりいささか報告が遅くないか?」


 リギルの前で頬杖をついて、書類を読みながらあきれた声を出すのは我が君である。
 たまたま、リギルの診察の時間にたまたまデルタミラ公爵がいるが、そこでたまたま事前に渡しておいた書類の話になったとて不思議ではない。


 陛下はお忙しい身なのであるから致し方ない。



 という臨時の会議を行っている。なるべく公にしたくはないことだったので、普通に会議の時間や謁見をいれることができなかったのだ。

 息子よりもグレーに近い白髪を持つ巨躯のデルタミラ公爵は何も言わずに微動だにしない。


「して、お前たちは会ったのだろう? 愛し子殿に。どうであった?」
「はい、今は自宅にてじっとしておられるようです。心身の状態も心配されるほどではないかと」
「……そうではなくて、な?」


 リギルが何を求められているか考えているところで、黙ったままのデルタミラが答えた。

「たいそうかわいらしいご様子でした。うちの末の息子よりも背が低いのでついつい、甘やかしてしまうのですが、本人は甘やかされると照れてしまうようで、大丈夫ですと言うのがかわいらしくて。また、お声がとても心地よくまるで妖精のささやきのようで、それでいて笑い声ははつらつとしていて。ですが、陛下がご心配なされているように色彩以外はそれほど目立つ容姿ではございません」

 急に饒舌に話始めるからリギルが内心引いた。彼が可愛いというのは大抵息子か伴侶か後は精霊か。それぐらいだったので彼がそういった話を始めると長くなるのでさりげなく避けていたのだが、どうやらヒノヒカリのこともその範疇に入っていたらしい。
 あの少年は大丈夫だったろうか。彼のような体の大きな男に可愛いと言われて近寄られたら恐かったのではないだろうか。いや、さすがに初対面でそんなことはしないだろう。

 それよりも陛下には気にかかっていることがあるようで、食いつくようにデルタミラに続きを促した。

「目立つ容姿ではないんだな?」
「まあ、世間一般的にはそうでしょうな」

「そうか。まあ、一度会ってはいるのだが、あの時は余りお顔は見られなかったからな。しかし、この報告書にあったように執着されているのは何故だ?」
「そうですね。強いて言えば幼い子どもを狙うようなものの目は引くでしょう。庇護欲をそそるような体躯ですし、しぐさや様子が純粋なのでそこに記されている犯罪者はそこに目を付けたそうです。また、その他の者たちは一度味をしめた者達です。閨のことに関しては調査ができておらず推測ですが、そこまでそういったことの手練手管はないかと。そういった行為に対してかなり嫌悪感を抱いているようです」


 陛下はまあ、嫌にもなるか、と納得したのか少し書類を読み、こう告げた。


「許可を下ろす前に、一度それぞれと会う場を作れ。それでどうするか判断する」


 そう告げられたら是としか言えず、しかし最後にリギルは付け足した。


「それはもちろんのことでございますが、こちらからも条件が一つ」
「ほう、何だ? 」
「会う順番、会う場所、会う日程はできるだけこちらのように進めていただきたいと」
「はあ? ……なるほどな、できぬ話ではないか。用意周到にもほどがあるだろう」
「まあ、そういわれるとそうですが」


 セイリオスが出したもう一つの書類は、陛下がそれぞれにばらばらに会うという話をしたらこのスケジュールで進めて欲しいと言われていたものだ。
 陛下の予定次第によっては、このスケジュール通りにはいかないと言っておいた。


 だが、陛下は目を通してそれでいいとおっしゃった。

 ここまで用意できていると少しばかり。

「怪しい気もしないでもないか」




 陛下がそう呟くと、デルタミラがすかさず。

「私の息子の部署の職員は先鋭揃いです。魔道具関連課は本当に多種多様な業務を担っております。常に人員不足で。多くの部署とのつながりもあります。恐らく、あまたある業務の中から陛下の予定を読んだのではないでしょうか」
「だとしたら、少し不味くないか? 私の少ないプライベートの時間まで把握されているのは……」
「そうですね。もう少しダミーの予定を混ぜたほうがいいでしょう。……と陛下が心配されたら進言された方がいいとも言っておりました」



 まさか影武者との入れ替わっている時間まで把握されているとは思うまい。陛下が片方の眉を上げて二人を見る。


「なぜこれで3級職員なんだ? さっさと1級にして私の仕事を減らして欲しいと思うのだが」
「それは本人のやる気次第ですので如何ともしがたいかと。それに彼は平民ですので貴族の義務もありませんし」
「それと今でも十二分働いていると思いますが、うちの息子が手放さないでしょうし」
「まあ、時間の問題か。これでよいからさっさと話を進めよ」








 一般市民、つまり庶民ならめったに入らない王城の区画の廊下を上司につられて歩く。セイリオスが主に働く区画の廊下は人通りも多いため廊下はかなり大きい。が、今歩いている廊下はそこよりも少し狭い。


 狭いが世間一般的には広い方ではあるのだろうと思う。増築されて広がった区画とはまた違う古いにおいがしてきそうな、建国当初からある石造りの廊下をかなり長く歩き続けた。


 とある一室にたどり着くと上司がそこの部屋の前に控えている騎士に声をかけ、名乗りを上げた。ちらりと視線で確認され、次に身体をチェックされ通された。


 部屋に入って少し驚く。謁見の間に呼ばれたわけではないので、陛下の予定によってはきっと待たされたりするのだろうと思っていたらまさか先に来て座っているとは思うまい。



 急いで頭を下げて上司に続く。

「忙しい所をすまぬな。話は大方聞いた。さっさと要件を済ましたいだけなのでそう硬くなるな。面を上げてよい」


 頭をあげて、あまり尊顔を拝見しないように視線を固定しつつ、部屋を確認する。

 いたって普通の会議に使うような部屋の中にはデルタミラ公爵、ヴィルギニス侯爵の二人と現国王が鎮座していた。
 こんな場所に呼ばれたからにはそうだろうなとは思ったが、緊張はしないわけではない。
 自分が想定した時間に呼ばれたのだから少し驚いてもいる。


 想定しただけで、本当にそこが開いている時間かどうかは確定ではなかったからだ。


 もしかしてわざわざ指定した時間の予定を空けたのだろうか。
 そうだとしたら、ヒカリの存在はかなり高位の存在として扱われるのだろうか。
 かなり高位、王より上だと想定した場合、セイリオスの考えの方向性を少し改めないといけなくなるかもしれない。



「貴殿が保護した移民についていくつか質問がしたくてな、呼んだ。仕事の方は急を要するものはなかったか?」
「私たちの属する魔道具関連課は年がら年中、四六始終忙しいのは変わりないので。すぐに戻っていいのなら戻りますが」


 なんて上司が言うものだからセイリオスも慌てる。
 そこはあってもないというところではないのか。

「まあ、そう言うな。相変わらずお前は容赦がない。今一度その者の目から報告をしてほしかっただけだ。文字で書かれた言葉と直接聞く言葉には違いもあろう。なんせ、この両隣におるものからすぐに会うのは控えてくださいと言われているのだから、近しい者から話を聞くしかないだろう? 」

 セイリオスは直接聞く言葉以外にも見られているのだろうなとは思ったが、痛い腹がないためいたって通常通りの態度で聞かれたことを返した。

 ヒカリとの出会い。彼の当時の状態。ヒカリが発した言葉はできるだけそのまま。あくまで自分が見たものだが客観的に。

「まあ、聞いていた通りの、この報告書通りの内容だったな。して、彼はいかがお過ごしか?」
「本日は自宅の方で、スピカ医務官と過ごしております」
「言葉のほどはどうだ? 以前はあまり話せなかったからな」
「そうですね。定型文を落ち着いて言おうと思えばそれほど聞こえなどに違和感はないかと思います。ただ、自分の考えを伝える時や親しいものと話すときはいささか拙く感じます。また、聞き取りの方もあまり速いとついていけなくなる時があり、本人が聞かなければならないと思うときはしっかり聞き返してきます」
「そうか……。貴殿がトライバルに派遣されたのは警吏課に委託されたのだったな」
「はい。どこも人員不足で」
「そうだな。身内のせいで仕事を増やしてしまった私が言うことでもないか」


 さて、ここでセイリオスの出した条件がどれほど認められるか、それによっては今後の方針はかなり変えなくてはいけない。


「この条件の中でいくつか、私の方から提案したいものがある」
「はい、それはどれでしょうか」
「国外に行くときは事前に相談してほしい」
「それは国外へ出ても構わないということでしょうか」
「彼を帰す術を持たない我々が彼をここに留め置くわけにもいかぬだろう。それこそ神の意思に反する。だが、彼に何かしらの価値を見出すものも多いだろう。今は何の力はなくても、な。身の安全がなくては心も守れぬだろう。そのため、移動の時は必ず相談するようにしてほしい」


 どうやら政治的にヒカリを利用する気はないようで少し安堵した。しかし力の如何によってはその方向性にも変更が出そうな気もするので気を付けたほうがいいだろう。また、為政者が変わった時のことも考えねばならない。今現在は陛下一人の考えという可能性もある。
 今は、従順にした姿勢を見せたほうがいいだろうとセイリオスはすぐに返事をする。

「はい、彼らとも相談してそのように致します」

 そう返事すると、陛下は頷きそれともう一つと続けた。

「レオニス・アダラの処遇についてだが」


 陛下はセイリオスと同じように表情には何も出してはくれないようで、あくまで譲歩してほしいだけなんだがと続けた。

「これについてはあまり公にすると、よくないことがあるかも、しれない。捕まえてもいいが、公的な場所につれていくのはヒノ殿の今後の展開に少しよくないとだけ言っておこう。それを聞いたうえでどうするかは君たち次第だ。さあ、それを踏まえて次は医官殿との面会だね。君は早く帰ってヒノ殿たちと相談しておいで。よく熟考し、信頼できる人に相談するように」


 つまり信用できない人もいるよという忠告だろうか。

 セイリオスは恭しく頭を下げてその場を後にした。

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