確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない26

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 諦めた部下に気付かずに、ケーティは声を出して読み上げ始めた。

「あの」

 と、セイリオスが止めても気にせず一人頷いて、机の上に違う紙を開き、それをヒカリの頭のなかにある印に合うように四角の形の中に収めていく。

 聞いていない。直感で動くところはヒカリと似ているから気が合うのだろうなとどうでもいい事が頭に浮かぶ。
 そして自分が書いた文章が他の人の目に触れて、表には出さないが、少し、いや、結構気まずい。
 声に出して読まないで欲しい。

 まだヒカリにも伝えていない気持ちが入っているからだろうなと思う。



 光の道の前には困難有り、しかし歩みを止めず。その隣に支えるものあり。そのものただ幸せを祈り、ともに困難を乗り越える事。それを望む。過去の辛酸も彼の糧となることを信じて。だから一緒に背負おう。彼の心からの笑顔のために。


 ただのセイリオスの決意表明だとは言いづらく、大人しくケーティが形を整えるのを見ることになった。

 解呪するにはそれなりに事前の練習が大切だそうだ。スピカが作れるように調整もしなくてはならない。


 まずは大きさを合わせる。
 始まりと終わりの形がぴたりと一致することが大前提で、セイリオスとスピカでもう一度ヒカリの頭のなかの紋様の大きさを確認する。


「枠があってよかったよね。親切な部類に入ると思うよ。解呪されたくなければなるべくまっすぐは避けるようにしているからね。枠があるのなら枠に収まるように書けばいいよ。文章ならその長さに合うように文章を作らないといけないから、今回はその点は楽でしょう?」

 そして重要なのが、それに合わせてなるべく意味のない、模様になるように文字を配置することが大切だそうだ。

 隙間を塗りつぶすように合わせてもいいし、間に隙間が残って見えるようにしてもいい。ただバランスのとれた模様のようにすると、呪術がお互いに合わさってきれいにくっついてはがれるのだそうだ。


「その方が新しいものに生まれ変わって納得してはがれるんだと思うんだよね」
「何だか、呪術に意思があるようにおっしゃるんですね」


 スピカはその表現がおかしくて、ついそう言い返してしまうとケーティが目を瞬かせた。


「そう思えても不思議ではないんだよね。この場合、意志を持つものは魔力なのか、血を媒介としてるから体の一部なのか、被術者なのかはわからないんだけど。僕はこの魔力自体に意思があると考えて行動してるんだ。その方がしっくりくることが多いし、失敗しないんだよね。この呪術はその意志もつ者の目印みたいなものかなと思っているんだ。えっと、ていう立場を僕のお家はとってるんだ」


 ケーティの家は呪術を扱うことを国より認められた一門である。
 それゆえ研究者としての一面も持ち合わせている。呪術者にさして興味のないセイリオスやスピカは知らないだろうが、ケーティのお家、つまりデルタミラ公爵家は呪術者たちの派閥で言うと「御伽派」である。


 ちょっとばかり、揶揄された呼び名だが本人たちは気に入っているのでそのまま自分たちでも名乗っている。
 魔力は自分自身の力じゃない。たまたま体の中に魔力が宿る器官があって、そこに共生しているのが魔力の源だと考えている。
 体の中に多く共生している菌類のように。


 そしてよく聞かれる御伽噺の中の精霊のいたずら。あれを集めていたら呪術を扱う専門業者のようになって、今に至っているとデルタミラの家にある歴史書には書いてある。


 だからこそ、むやみやたらに呪術を何かに害を与えることに使う者たちを嫌悪している。そういう経緯もあって王家から呪術を使うことを正式に認められており、その信頼の証に王家に対して呪術をかけてもいる。


「じゃないと説明がつかないことの方が多いから、僕はそれに納得しているんだけどね。さてさて、セイリオス君が書いてくれた、こちらのステキな文章! 見て見て。相手をしっかり想像できているところが僕的ポイントだよね。意味的にもそれぞれの呪術に対応しているし、いけるよ」
「あの、失敗することはないですか?」
「失敗ね。しそうになったらその時はスピカ君に教えたよね? どうするんだっけ」


 セイリオスがスピカを見るとスピカがひどくまじめな顔でこう言った。


「感覚で」

 そのたった一言。


「えっと、かんかくで?」
「そうそう、感覚でくっつきそうにないな―とか思ったらすぐに剥がすの。ぺりぺりぺりって感じが感じられたらいいんだ。それがぐしゃって感じとか、ペタッまで行くとくっつきすぎて剥がせなくなるからね」
「ぺりぺりを感じたらペタッとくっ付ければいい。ぐしゃは失敗らしいからすぐに剥がして回収すると教わった。つまり感覚だ」
「お、おう……。お前がそれでいいんならそれでいいが」
「さっき練習した。大丈夫だ。治癒の感覚と少し似ているから」

 スピカが少し遠い目をして何とか習得したらしい呪術の感覚を信じるしかなさそうだ。ものすごいプレッシャーだとは思うが、任せるしかない。

 ケーティは口元に人差し指を置いて考え込み始めた。



「これを何とか模様のように合わせられたらいいんだけど。スピカ君はこの文字をどれくらい小さく書けるかな?」
「言っていただければ合わせます」
「じゃあ2.5mm、できる?」
「やります」
「頼もしいなあー。じゃあ、ついでにこっちの紋様より気持ち一割くらい太めにできるようにしておいて、文字はつぶさないようにね。できたら言ってね。じゃあ、セイリオス君はこれをうまく合わせてきれいな形にしていこうか」


 その後、文字を重ねたり隣り合わせにしたり、字を崩したりとかなり時間をかけて文字を組み合わせる地道な作業を続けた。

「おーい、言われた通り呼びに来たぞ」


 その声で三人とも顔をあげた。セイリオスの部屋の扉のところにダーナーが立っており、お盆を持っている。後ろには動物型がしっぽの上にお盆を一つ乗っけている。
 それをさっさと机の上に置いて自分はヒカリのそばにちょこんと座り始めた。


「ほれ、そいつがヒノのこと見ておくからお前らはいったん休憩しろ。飯ここで食うか?」
「ありがとう。ダーナー君」
「ああ。んで、ジラウのことなんだけど、まだ」
「あー、そうだね。彼の方は完ぺきな洗脳だったからね。ちょっと長い時間、脳の方が記憶を合わせているからね。しんどいんでしょう。起きたら錯乱するかもしれないからちゃんと見張っておいてね」
「わかった。それと、ヒノの方はどうなんだ」


 揺れるしっぽがヒカリの頬をさわさわと撫でる。

「首尾は上々ってとこじゃないかな。この休憩が終わったら、予定通りに取り掛かるよ」
「絶対解呪します」

 ケーティとスピカがそう返事するがセイリオスは、自分が考えた文章を不安そうに見ているだけ。
 この文章ができたらもう、セイリオスのできることはない。

 不安にならないほうがどうかしている。こうなるのが怖かった。自分のせいで、自分が力不足なせいで。
 後は祈ることしかできないのが、どうも辛いのだ。


 両手を合わせているかどうかもわからない神に祈らないといけない。そんな自分が情けない。


 ぎゅっとこぶしを握り込んだら、動物型のしっぽがセイリオスの顔に当たった。
 正確に言えば殴ったが正しい。


 驚いてそっちを見ると、腕を組んだ動物型が睨んでいる。

 かりにも主であるが、そんなことはお構いなしに。



「あるじ、よんでる」
「よんでる?」

 動物型が指さすヒカリの口元が動く。声は出ないけれど、確かに自分の名前を形作っているような気がする。

「あるじはちゃんと、ヒカリのそばにいる。しごとちゃんとしろ」
「そうだよ。解呪できた後もケアが必要なんだから」
「辛気臭えつらしてんじゃねえよ。起きてお前がそんなつらしてたら起きたくも無くなるぞ」
「ちゃんと、手握っててやれよ」

 それぞれ違うことをしていた彼らに、矢継ぎ早にそう言われた。俺、何も言ってないよな。ヒカリみたいに口に出してないよな。動物型に手を引かれヒカリの手の上に導かれた。


 なんとなくだけど、その時に思った。


 俺は一人じゃないんだな。


 そして、それはヒカリにとっても同じで。


「ああ、もちろんだ」


 そしてそれに気付かせてくれたヒカリに、これも伝えたらきっと笑ってくれるんじゃないかと思って、自分が笑ってしまっていた。











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