確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない24

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 何故か実家の方に謀反の疑いが向くところだったらしい。ほぼほぼゼロ距離でその人形のような顔面を近づけたケーティが笑った顔を崩さないまま続ける。


「まあ、ご実家は関係ないとして、スピカ君。君は本当に何にも知らないのかなあ?」


 一体どうしてこんなに集中攻撃を受けているのかわからず焦るが、やましいことはないのでケーティの肩を掴んでソファの上に押し戻す。



「何を疑われているかわからないのですが、私としては調べられて痛い腹は抱えておりませんのでどうぞご自由に。実家の方も好きにお調べなさってください。調べさせてくれるかどうかはわかりかねますが」
「ふーん。そっかそっか。リギル・ヴィルギニス君も同じこと言いそうだねえ」


 それまで何も口を挟まなかったセイリオスが声を出した。

「あの、ケーティ課長。ちょっとよろしいですか?」
「発言を許可しよう。セイリオス君、どうぞ」
「交換条件でどうでしょうか。ヒカリの術式が無事解けたら、知っていることはお話します。課長が懸念していることもその時お聞かせいただければいいのではないかと思います。それではいけませんか?」


 片手を律儀に上げて返事を待つセイリオスの方を見ることなく、なぜかスピカの方を見たまま話し続けるので、スピカは手元の文字がぐにゃぐにゃになりそうなのをすんでのところでこらえて、文字を整える。
 それでも、それを見てケーティはクスリと笑った。


「さすが、スピカ君。もっと崩れるかと思ったけど、きれいな文字だよ。本番では血液を使うからね。オッケー、いいでしょう、セイリオス君。確かにそれが先決問題だったね。それが終わったら洗いざらい話してもらうよ」





 そうしてようやくスピカのいたソファから立ち上がって、ケーティは何事もなかったかのようにセイリオスに続きを話し始めた。
 要はこの紋様に対する確実な術式は存在しないのだという。
 この文字を研究して、ようやくいくつかの術を安全に使えるようになっているのが現状らしい。


「まあ、当主になったらもう少し詳しいことも知っているのかもしれないけれどね」


 ケーティは内心、やれやれと思っている。
 めったに乱れないスピカの集中力がそがれる時、それは概ね家族に関することだ。いくら鉄壁の医務官と言えども人間だ。完璧などありえない。ごくごく間近で観察したけれど、ほんのちょっと動揺が見られただけであとは特に疑わしい所もなかった。セイリオスよりはわかりやすいかと思ったけれど、こちらもやはりカシオの教育のたまものか。文字を作るのもとてもきれいだった。


 それでもわかることもあった。

 スピカが動揺しかけてちらりとセイリオスを見たということは、セイリオスなら何かしら知っているということだ。知っているか何かしらの推測があるのだろう。セイリオスも慌てることなく対応してきた。
 権力をちらつかせるなんて普段めったにしないのだが、それに対して怒りも失望も焦りもなく。


 本当に痛い腹がないのだろう。


 まあ、二人が動揺することなんて限られている。彼らの周りの人間に対する非常事態くらいだろう。
 そして最近では主にこの家の住人に関係するときである。


 セイリオスがあれほど表情を動かさず、ケーティがスピカに迫っても止めなかったのは、あのだんまりの時間で何かしらの考えに行き着いたと考えたほうがよさそうだ。
 で、結論が出たと見た。

 痛い腹もないし、何かあれば逃げる算段でもできたか。勝算があるのではないだろうか。

 それならそれでケーティとしても気にせず事を進められる。



 まあ、つまりは当の本人を起こして、直接話を聞かないといけないということだろう。

 このかわいらしい少年は何を語るのだろうか。できれば楽しそうに笑っていて欲しいものだが。そしてできればこのまま、うちの部下でいてはくれないだろうかとさらさらとつやのある黒い前髪を撫でる。


「お父様に怒られる前に片が付くといいけどなあ」
「はい?」
「ううん、こっちのこと。上司は大変だよ本当って話」



 ケーティの袖が汚れないようにセイリオスが上司の服の袖の腕まくりをしたので礼を言う。そうしてようやく机の上に広げられた、ヒカリの頭のなかに打ち込まれている呪術を指さして説明を始めたのだった。










「つまり反転の術を全くのオリジナルで考える必要があるということですか」
「そうなるね。今現在、僕にできるのはここまでが上限。詳しい話を教えてくれたら上に話を通すこともできるけど、それは嫌なんだよね? じゃあ、あとは自力でやるしかないよ」


 そうしてケーティが指し示したのは「忘」という文字。

「これは記憶に関する文字だ。忘れるということだよね。そしてこれが『憂い』だ。だからこれは記憶を封じているんだと思う」
「そうですね。その後に物となるとあるから……」
「ちょいまち、これってこっちの紋様も含めての言葉なんじゃないか? だってこれは読点だろ?」
「ああ、本当だね」
「これも書体が違うものだと思いますが……」



 スピカも交えて三人で話し合う。普通ならここにスピカが混じるのはありえないことだ。
 だが、スピカにも読めるのでつい口を挟んでしまう。


 何故ならここにある文字は必至に覚えたから。
 心を通わせたくて学んだ文字で、言葉で。

 スピカには読めない文字もあったが、それはセイリオスが代わりに見つけて読み上げる。辞書も持ち出して言葉の意味も深めていく。

 ヒカリのことを少しでも知りたくて、さっさと覚えてしまうセイリオスに教えを請いながら学んだから。
 なぜその文字が今ここにという疑問はこの際置いておく。
 たぶんヒカリに聞いてもわかりゃしない話だろうし、セイリオスは何かしら思い至っているのかもしれないが。スピカの仕事はヒカリの回復。それに尽きるので今現在は


 必要ない考えは置いておく以外にできることはない。

 それに書かれた文字はヒカリが言っていた書体が違うというものなのか、かなり見づらい。全員で一文字ずつ解析していきああでもないこうでもないとそれこそ頭を寄せ合って考えることになった。






「友有り遠方より来りて、夢寐にも忘れない辛酸の、忘憂のものとなる、でいいかな」
「はい、それでいいかと」
「こっちは寝る子は育つ、果報は寝て待てでいいかと」
「そうだね。何だ何だ、できるねーふたりとも。あんまり外でこの文字読めるとか出さないほうがいいよ。変なのに目を付けられちゃう」



 そうして完成した呪術を読み、セイリオスはその文面を指でなぞる。読み解いたものに関しては間違いはないと思う。語感の違いは多少、あるかもしれないが、それにしてもこれが呪術なのだろうか。
 それがつい疑問となって口に出た。


「あの、呪術ってこういうものでしたっけ?」






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