確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない11

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 ダーナーがヒカリをゆっくりソファに寝かせ、ブランケットをかけて、自分は両手で顔を覆い大きな息を吐いた。






 居た堪れないタウはぽとりと言葉を落とす。
 何故か、誰にというわけでもなく言い訳をしてしまう。泣きもせず去って行く馬車を地べたに這いつくばって眺めていた少年の名誉のために、いや、幸せのためにだろうか。


 あの寂しそうな背中はもう見たくないのは、ここにいる誰もが思っていることだからだろうか。


「あー、セイリオスってその、ね。そこらへん疎いからなあ……」
「だからって、ヒノのせっかくの努力をごみ箱に捨てるような真似するのはいただけねぇ」
「スピカも早とちりを。患者の言葉には、しっかり待って耳を傾けるのに、患者じゃなくなったらこうとは……」



 すぐに養い親から反論される。そうですよねとタウも内心思う。そしてカシオがヒカリに語り掛ける。

「そうですよ。ヒノさん。一発殴ってやったらいいんですよ」



 それが聞こえたのだろう。ヒカリが寝言を言う。
 大好きだからできないよう、と。







 これはダーナーの想像だが、ヒノはたぶん、何もなければ。

 好きな相手にはすぐに好きだと言えるような人だったんじゃないかと思う。



 普通に恋して、普通に悩んで、それでも結局思いがあふれて伝えるような。
 そういう人だったんじゃないかと思う。


 誰がこいつに思いを伝えるのを躊躇させるような真似をしたんだ。
 誰がそこまで捻じ曲げちまったんだ。



 俺だよ、馬鹿野郎。
 俺もあいつをそこまで追い詰めた人間の一人。
 仕事の一環だとほざいて、過剰に対応した俺の罪だ。
 傷付いた被害者につらい言葉を投げかけた。




 大切なガキどもの、大切な人生の、大切な思いを、俺がぶち壊している。



 俺が初手を間違った。
 今更謝ったってどうしようもねえ。もう、この少年の中には消せない出来事が、言葉が刻まれて残っている。
 俺が何をして償おうと、それは結局この少年の心に刻んだものを消せはしない。


 さらに言うと、そんなことをしたらこいつの心にさらなるものを植え付けるのは必至だ。
 大好きな人の親みたいな存在が責任取っても何も嬉しくないだろう。
 そんなことで喜ぶような、安心するような、自分の尊厳が守られたと思えるような人間じゃないんだろう。


 いっそのこと憎んでしまえばいいのに。
 大切な人の、大切な人は、大切。んな、方程式捨てちまえばいいのに。


 ダーナーならそうする。だからヒカリに対しての初手を間違ったのだ。
 人にはいろんな考えがあって、自分の守り方も色々あって、あいつの場合はそれが辛い方へ行ってしまう悪循環になっていて。お前の幸せはどこにあるんだと言ってしまいたくなる。


 きっと、笑ってここにあるよとその瞳にあいつらを写すのだろう。



 バカばっかりな、くそみたいな人間ばっかりに遭ったはずなのに、こいつはこの世界の人間を愛そうとする。
 そんなお花畑だったのに。そのお花畑がしおしおと枯れそうになっている。


 どうして頑なに出ていこうとするのか。
 一度は想いを伝えようとしたのに、すぐに折れちまうなんてヒノらしくねえ。
 そう思うのに、それはダーナーのせいなのだ。



 だとしたら、ダーナーはそれを上回る出来事を、言葉を、刻むしかない。
 俺ができないのであれば。





 馬鹿な俺のガキどもにやらせるしかない。










 ヒカリが次に目覚めたのは、夜が朝に向かってのラストスパートをかけている時間帯で、少しだけ朝日の気配を感じる。

 カシオが帰り支度をしている声が聞こえた。どうやら今日の朝は早出のようでぼそぼそと何か話し込んでいて、タウはヒカリが寝ているソファの横で舟を漕いでいる。



 暖かい場所。何事もなかったかのような少しひんやりした空気。熱っていた体が少し冷えた。



 何故かわからないけれど、今行かないと一生ここから出ていけなくなる気がしてテーブルの上に置いてあるリュックを掴んで、窓の方から出ようとソファから足を下ろした。



 燈がいたら、「窓は玄関じゃないだろ」と怒られるかもしれないが、この世界に来て逃げることを考え続けたヒカリには躊躇がない。逃げられない中でも想像はたくさんしたのだ。

 あの窓から、あの生垣から、あの馬車に潜り込んで。
 でも、あの時は逃げても戻れる場所への道しるべすらなくて。
 でも、ここ最近は違う。逃げて戻るべき場所があったから、躊躇がない。だって最後に目に焼き付けるなら二人がいいと思ったから。


 今は?


 多分、今は見ないほうがいい。この決心が容易に鈍ることが想像できる。





「ヒカリくん、どこいくの?」

 タウが目を開けてヒカリを見ていた。



「あ、あの」
「もう酔いは冷めたかな? 落ち着いた?」

「ぼく」
「それとも昨日と主張は一緒のまま? 覚えてる? 自分が言ったこと?」



 一つ頷く。
 そうか昨日は酔っていたと言われればそんな気もする。気持ちの乱高下が激しくて自分でも心が追いつかなかった。でも、今は違う。もう酔いもさめている。


「ぼく、でていくよ」
「おう、君もたいがい、頑固ね。とりあえずよく話し合ってからでも遅くはなくない?」
「だめ」


 だって、二人と会えばきっと自分は。


「頑なだなあ。じゃあ、出ていく理由もう一回言える?」

 昨日言ったことをもう忘れてしまったのだろうか? ヒカリは首をかしげて少し心配そうにタウを見やる。


「きのう、言ったよ?」
「もう一回言えたら、俺はここで寝ちゃってたということにして、ヒカリくんが裸足でそこの窓から外に行くの見逃してあげるって言ってんの。昨日と同じようにちゃんと、出ていく理由、を言えたら」



 いつも少し気配の薄そうな、へらりとしているタウがソファに片肘ついてヒカリに上目遣いで投げかける。いつもより強気な目線で、少し挑発するような口調で。


 そこで玄関の方があわただしくなるのだが、ヒカリはもう聞こえていない。
 ここから出ていかなければという思いが強くなって、でも、目の前のタウが相変わらず挑発するような顔をしてくるから、理由を話さなくてはと思う。



「一人じゃまんぞくでき、ない、さいてーやろーの、うわきもので、責任感のないダメダメ、だから」

 言い始めたら泣きそうになってきた。お酒の力ってすごいんだなと少し感心しながら。














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