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第4章
恋とはどんなものなのか、よく知らない1
しおりを挟むヒカリが体調を崩したその日。久しぶりにスピカが家に泊まった。
朝ごはんも食べて、二人は出勤していった。行ってらっしゃいを大きな声で言えたと思う。
ヒカリは家で留守番をする事になった。
「昨日の今日で、無理は禁物」
「はい」
ヒカリは昨日とは打って変わってにっこにこの笑顔で返事をするものだから、二人も特に何も気にしなかった。
「昼に一回俺が来るから、それまで寝ておくこと」
「はい! お昼にスピカが来るからそれまでねておくこと!」
と復唱なんかしている。
ヒカリに薬の影響はみられるかと聞いたら今のところはそういったものは見られないとのことで、セイリオスも大丈夫そうだなと考え、仕事に向かった。
お昼休みになるとスピカに引っ張られるように連れ去られたセイリオスは、中庭で同じ弁当をもそもそ食べている。
そして二人で話し足りていなかった事柄を照らし合わせるように話した。
「つまり、なんだ。俺はてっきり二人が両想いかと」
「それはこっちのセリフだ」
「じゃあ、ヒカリからはしっかりとした言葉は聞いていないのか?」
「まあ、そうだな」
「だが、あれはどう見ても恋煩いしている様子だった」
「それはこっちのセリフだけどな」
ここにきてようやくお互いの目線を交えて話した。結果、こんがらがる。
スピカはやけにささくれだった物言いで、姿勢正しくお弁当を食していた。
「とりあえず、俺たちの恋愛話なんて一旦置いておこう。それよりヒカリなんだが、全身スキャンしてもらいたい」
「してもいいならするけど、それより警吏には言わないのか」
「実は」
実はセイリオスもそれとなく探りを入れていた。
事件が起こる前にヒカリによってカシオに渡された手紙には、ヒカリが一人でお出かけします。余裕があれば広場の方の見回りにも配慮をと願ったものだ。
仕事上便宜を図ってもらうのは難しいが、人が多い場所の警邏は行われるものだし、ついでにと願っただけなので職権乱用ではない。
そこで事件があった次の日、何とはなしに聞きに行って見た。
「普通に買い物して帰っていましたよ。楽しそうに選んでました」
「そうですか……。トラブルとかもなくて」
「はい、終始ご機嫌でしたよ。色々お店を回って時間をつぶしていたみたいですけど。何かありました?」
「いえ、ちょっと気になっただけです」
突っ込んでみたけれどジラウからは有力な情報は得られなかった。
気付かないほど短時間の犯行なのかとも思うが、そこそこ長い時間連絡が途絶えていたことからそうは思えない。それにほかの店を回っていたというのもおかしい。
連絡を無視して遊ぶほど、はしゃいではいなかったと思う。
「おかしいだろう?」
「おかしいな」
「それでうちの課長に聞こうと思ったんだが、連絡がつかん。おそらく出張先で無我夢中なんだと思うが」
「お目付け役がいなけりゃそうでしょうね。で、何を聞くつもりなんだ?」
セイリオスは可能性の話だがと前置きした。
「ヒカリ、何かかけられているんじゃないかと思って」
「カケル?」
「……呪術の関係じゃないかと」
「なーるほど……」
一体どのような内容の呪術をかけられたかわからないから、刺激をしないほうがいい。
相手に見張られている可能性もある。
そうなった場合、ヒカリにかけられた呪術に何かしらのトリガーがあり、それを起こしかねない。
奴隷紋のように体の外側からかける場合、焼き印などで体に直接刻み付けるのが一般的である。
焼き印で刻み込めば消えることはなく、適した方法で行えばそれなりに誰でも扱える。
しかし、体に刻み付けない場合には様々な方法があり、それは呪術師によって違う。
セイリオスが開発したインクはそのうちの一つである。
魔力を乗せて呪術式を書き込めば発動できるというものだ、
なんて危険なものをと思うかもしれないが、呪術はかなり難しい言葉や記号とそれの組み立て方、魔力のコントロールが高くないとできはしない。
インクも売るときにしっかり身分証明がいるような仕組みになっているので、濫用されないようにしてはいる。
どこかの流派では言葉で唱え、その言葉に魔力を乗せるだけで呪術をかけることもできるらしいという話を聞いたが、眉唾物だ。
言葉に魔力を乗せて、精霊に願いを聞き入れてもらうとかなんとか。
それに、そんな相手がどうして性的暴行をヒカリに加えたのかもわからない。
わからないことばかりだし、寝ていないし、ヒカリは辛そうだし。
「わかった。お前もちょっとおかしいんだろう。お前は一人でうじうじ悩みすぎだ。話せることは話せ。頼れるときは頼れ」
スピカがセイリオスの頭を人差し指で突いた。
気付けば食べ終わって、食後のお茶にまで移行している。
「とりあえず、ヒカリの診察に出てくるからお前は課長さんが戻ってきたら、いの一番に、相談な」
スピカは急いでヒカリのもとへと向かった。
お昼休みの残り時間と出張でできた割り増し勤務時間を2時間ほど取ってきたので、スキャンをする時間はありそうだ。
セイリオスの家に着くと、人型が出迎えたが困った眉毛で立っていた。
「えっと、その顔は何か?」
二階を指し示されてそちらへ足を向ける。ゆっくり静かに上って扉をノックする。が、返事がない。
「ヒカリ、寝てる? 入っていい?」
無音。
ゆっくり扉を開いてみる。音を立てないように中を覗き込むと、ヒカリがベッドの上で座っていた。
何だ起きてるじゃんと言おうとして、机の上を見ると冷めてしまったお昼ご飯が置かれているのが目に入る。
外を眺めているヒカリの表情が気になって、もう一度声をかける。
びくっと肩を揺らしたヒカリがこちらを振り返った。
「どうした? 怖い夢でも見たか?」
頬を伝う丸い涙が、顎を伝ってシーツにシミを作っていた。
「あ、おかえ、り」
もうお帰りという言葉はふさわしくないから、ただいまを言えないけれど。
「うん、ただいま。ヒカリもう診察の時間でお昼過ぎちゃっているけど。今までどうしてたの?」
「え? あ、あれ、ほんとだ。あれ。ぼく、そう、ねてたよ」
自分のことを聞かれていたのに、戸惑いはじめそんなことを言う頬を伝う涙を、指で拭う。
「そう。お腹は空いてない?」
「あ、たべる。あ、でもしんさつ」
「大丈夫。食べながらできるやつからにしような。冷めちゃってるからあたため」
「ううん。これでいい。ごめんね」
何謝ってるんだよと頭を撫でながら、四肢の調子や問診をする。
ご飯と言っても消化に良いスープ状にした穀物と野菜がくたくたに煮込まれたもので、冷めるとモタリと重さがあったがどうにか食べられたようだ。
「食欲がちょっとないね。まあ無理しないで。じゃあ、食後の薬飲もうか。胃腸の調子を整えるやつね」
「はい」
その後全身スキャンをして、ちょっと体を動かそうと庭に行って日向ぼっこをする。
「あ、これ」
「お、ヒナタリソウだな」
地面を見れば、ヒカリと以前採取した薬草の一つを見つける。
「しかも、四つ葉だ。いい事あるかもな」
大抵三つ葉のこの植物はまれに四つ葉だったりする。こういったレアなものは幸運か悪運かどちらかの価値がつけられがちだが、ヒナタリソウの場合は幸運に分類されていた。
「イイコト、あるかなあ」
「あるでしょう。ほら貸して」
ヒカリから受け取ったヒナタリソウを胸ポケットにしまってあげる。そして拝む。
「ヒカリにいい事ありますように」
「ふふ、ぼくだけに?」
「そうだよ。ヒカリだけにいい事があってもいいでしょう」
「ぼくだけにいいこと? あるかなあ」
「あるよ。断言してもいい」
だから泣かないで、また瞳からこぼれた涙をスピカは拭う。
ヒカリは泣いたことに気付かないようなそぶりを見せた。
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