確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
上 下
359 / 413
第4章

恋とはどんなものなのか、よく知らない1

しおりを挟む
 


 ヒカリが体調を崩したその日。久しぶりにスピカが家に泊まった。
 朝ごはんも食べて、二人は出勤していった。行ってらっしゃいを大きな声で言えたと思う。


 ヒカリは家で留守番をする事になった。



「昨日の今日で、無理は禁物」
「はい」


 ヒカリは昨日とは打って変わってにっこにこの笑顔で返事をするものだから、二人も特に何も気にしなかった。

「昼に一回俺が来るから、それまで寝ておくこと」
「はい! お昼にスピカが来るからそれまでねておくこと!」


 と復唱なんかしている。

 ヒカリに薬の影響はみられるかと聞いたら今のところはそういったものは見られないとのことで、セイリオスも大丈夫そうだなと考え、仕事に向かった。
 お昼休みになるとスピカに引っ張られるように連れ去られたセイリオスは、中庭で同じ弁当をもそもそ食べている。



 そして二人で話し足りていなかった事柄を照らし合わせるように話した。

「つまり、なんだ。俺はてっきり二人が両想いかと」
「それはこっちのセリフだ」
「じゃあ、ヒカリからはしっかりとした言葉は聞いていないのか?」
「まあ、そうだな」
「だが、あれはどう見ても恋煩いしている様子だった」
「それはこっちのセリフだけどな」


 ここにきてようやくお互いの目線を交えて話した。結果、こんがらがる。

 スピカはやけにささくれだった物言いで、姿勢正しくお弁当を食していた。

「とりあえず、俺たちの恋愛話なんて一旦置いておこう。それよりヒカリなんだが、全身スキャンしてもらいたい」
「してもいいならするけど、それより警吏には言わないのか」
「実は」


 実はセイリオスもそれとなく探りを入れていた。
 事件が起こる前にヒカリによってカシオに渡された手紙には、ヒカリが一人でお出かけします。余裕があれば広場の方の見回りにも配慮をと願ったものだ。
 仕事上便宜を図ってもらうのは難しいが、人が多い場所の警邏は行われるものだし、ついでにと願っただけなので職権乱用ではない。


 そこで事件があった次の日、何とはなしに聞きに行って見た。


「普通に買い物して帰っていましたよ。楽しそうに選んでました」
「そうですか……。トラブルとかもなくて」

「はい、終始ご機嫌でしたよ。色々お店を回って時間をつぶしていたみたいですけど。何かありました?」
「いえ、ちょっと気になっただけです」


 突っ込んでみたけれどジラウからは有力な情報は得られなかった。
 気付かないほど短時間の犯行なのかとも思うが、そこそこ長い時間連絡が途絶えていたことからそうは思えない。それにほかの店を回っていたというのもおかしい。

 連絡を無視して遊ぶほど、はしゃいではいなかったと思う。


「おかしいだろう?」
「おかしいな」
「それでうちの課長に聞こうと思ったんだが、連絡がつかん。おそらく出張先で無我夢中なんだと思うが」
「お目付け役がいなけりゃそうでしょうね。で、何を聞くつもりなんだ?」


 セイリオスは可能性の話だがと前置きした。


「ヒカリ、何かかけられているんじゃないかと思って」
「カケル?」
「……呪術の関係じゃないかと」
「なーるほど……」


 一体どのような内容の呪術をかけられたかわからないから、刺激をしないほうがいい。

 相手に見張られている可能性もある。
 そうなった場合、ヒカリにかけられた呪術に何かしらのトリガーがあり、それを起こしかねない。


 奴隷紋のように体の外側からかける場合、焼き印などで体に直接刻み付けるのが一般的である。
 焼き印で刻み込めば消えることはなく、適した方法で行えばそれなりに誰でも扱える。

 しかし、体に刻み付けない場合には様々な方法があり、それは呪術師によって違う。
 セイリオスが開発したインクはそのうちの一つである。
 魔力を乗せて呪術式を書き込めば発動できるというものだ、


 なんて危険なものをと思うかもしれないが、呪術はかなり難しい言葉や記号とそれの組み立て方、魔力のコントロールが高くないとできはしない。
 インクも売るときにしっかり身分証明がいるような仕組みになっているので、濫用されないようにしてはいる。


 どこかの流派では言葉で唱え、その言葉に魔力を乗せるだけで呪術をかけることもできるらしいという話を聞いたが、眉唾物だ。

 言葉に魔力を乗せて、精霊に願いを聞き入れてもらうとかなんとか。


 それに、そんな相手がどうして性的暴行をヒカリに加えたのかもわからない。
 わからないことばかりだし、寝ていないし、ヒカリは辛そうだし。


「わかった。お前もちょっとおかしいんだろう。お前は一人でうじうじ悩みすぎだ。話せることは話せ。頼れるときは頼れ」


 スピカがセイリオスの頭を人差し指で突いた。
 気付けば食べ終わって、食後のお茶にまで移行している。


「とりあえず、ヒカリの診察に出てくるからお前は課長さんが戻ってきたら、いの一番に、相談な」







 スピカは急いでヒカリのもとへと向かった。
 お昼休みの残り時間と出張でできた割り増し勤務時間を2時間ほど取ってきたので、スキャンをする時間はありそうだ。
 セイリオスの家に着くと、人型が出迎えたが困った眉毛で立っていた。


「えっと、その顔は何か?」

 二階を指し示されてそちらへ足を向ける。ゆっくり静かに上って扉をノックする。が、返事がない。


「ヒカリ、寝てる? 入っていい?」


 無音。
 ゆっくり扉を開いてみる。音を立てないように中を覗き込むと、ヒカリがベッドの上で座っていた。
 何だ起きてるじゃんと言おうとして、机の上を見ると冷めてしまったお昼ご飯が置かれているのが目に入る。
 外を眺めているヒカリの表情が気になって、もう一度声をかける。


 びくっと肩を揺らしたヒカリがこちらを振り返った。


「どうした? 怖い夢でも見たか?」

 頬を伝う丸い涙が、顎を伝ってシーツにシミを作っていた。


「あ、おかえ、り」

 もうお帰りという言葉はふさわしくないから、ただいまを言えないけれど。


「うん、ただいま。ヒカリもう診察の時間でお昼過ぎちゃっているけど。今までどうしてたの?」
「え? あ、あれ、ほんとだ。あれ。ぼく、そう、ねてたよ」


 自分のことを聞かれていたのに、戸惑いはじめそんなことを言う頬を伝う涙を、指で拭う。

「そう。お腹は空いてない?」
「あ、たべる。あ、でもしんさつ」
「大丈夫。食べながらできるやつからにしような。冷めちゃってるからあたため」
「ううん。これでいい。ごめんね」


 何謝ってるんだよと頭を撫でながら、四肢の調子や問診をする。
 ご飯と言っても消化に良いスープ状にした穀物と野菜がくたくたに煮込まれたもので、冷めるとモタリと重さがあったがどうにか食べられたようだ。


「食欲がちょっとないね。まあ無理しないで。じゃあ、食後の薬飲もうか。胃腸の調子を整えるやつね」
「はい」


 その後全身スキャンをして、ちょっと体を動かそうと庭に行って日向ぼっこをする。

「あ、これ」
「お、ヒナタリソウだな」

 地面を見れば、ヒカリと以前採取した薬草の一つを見つける。

「しかも、四つ葉だ。いい事あるかもな」

 大抵三つ葉のこの植物はまれに四つ葉だったりする。こういったレアなものは幸運か悪運かどちらかの価値がつけられがちだが、ヒナタリソウの場合は幸運に分類されていた。

「イイコト、あるかなあ」
「あるでしょう。ほら貸して」


 ヒカリから受け取ったヒナタリソウを胸ポケットにしまってあげる。そして拝む。


「ヒカリにいい事ありますように」
「ふふ、ぼくだけに?」
「そうだよ。ヒカリだけにいい事があってもいいでしょう」
「ぼくだけにいいこと? あるかなあ」
「あるよ。断言してもいい」



 だから泣かないで、また瞳からこぼれた涙をスピカは拭う。
 ヒカリは泣いたことに気付かないようなそぶりを見せた。











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

奴の執着から逃れられない件について

B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。 しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。 なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され..., 途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。

処理中です...