確かに俺は文官だが

パチェル

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第4章

それ以上でも、それ以下でもない25

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 十分、石を眺めた後は持ってきていたお守り袋にそっと入れて、紐をぎゅっと結ぶ。きれいな蝶々結びをしたら。


『我ながらいい出来! 自画自賛だけど。……わぁー、めっちゃ御守り、どこからどう見ても御守り。うー、ご利益ありますようにー』

 両手で持ったお守りを額に当てて、ぎゅっと祈りも詰め込んでおく。それをリュックの内側にある小さなポケットにしまい込む。



 十分いいものをお得に買えた。ということは残すは……。


 しっかりセイリオスのもとへ帰ること。まずは忘れ物がないかチェックしてから、今から帰りますの魔紙を送ろう。
 縁石の上で鞄の中身を確認して魔紙を取り出す。

 後は片方を消して、マッチで燃やせば。







 突然、眩しい日差しがさえぎられた。何かと思い前を向くと逆光でよくは見えないが人が立っている。


「すまないが、聞きたいことがある」
「はい? なんでしょか?」


 眩しさに目を細めた時、手元の魔紙に相手が手を伸ばしてきた。
 あ、魔紙泥棒かも知れないと咄嗟に手を引いて立ち上がろうとして、膝の上にそのまま手を置かれた。


「動くな」

 後ろからも声がして、体が硬直する。


「あー……、本当に聞きたいことがあるだけだ。ついて来てくれるな?」


 しゃがんだ男の顔はどこかで見たことがあるような気がするが、置かれた手が怖くて頭がちゃんと考えない。
 掴まれた指がピクリと動くと、男の眉が少しだけあがり、目を合わせてくる。



「逃げてもいいが、人様に迷惑をかけることになる。それでもいいならここで大きな声を出して抵抗してみるか?」


 大きく息を吸おうとして、後ろから口を覆われた。


「隊長。こいつ大声出す気でしたよ! めんどくさいから挑発とかしないで下さいよ」
「あぁ、読みが誤ったようだ。俺の手のひらを見てみろ」


 言われた通りに手を見ていると、中心に渦巻くように赤い筋が出たと思ったら、赤い塊になった。それがだんだん白くなっていき、手を置かれている腿の上が熱くなる。


「わかるか? ここでこれをぶっ放したらあの石屋の爺は間違いなく死ぬぞ」


 男が横目で先ほどまでヒカリがいた店を見やる。この人たちはヒカリの行動を監視していたのだという気持ち悪さが背中を伝う。


「ああいう石を扱う店に多い事故を知っているか? ごくまれに魔石が混じっていてな、それらが擦れあうことの連鎖反応による爆発が稀にあるらしい。あの爺も耄碌してそうだし、誰も不思議には思わないだろう」


 顔の方まで熱が昇ってきて、目が乾いた。男はその熱も気にならないのか、炎の塊を出したままその少し垂れた目を細めた。



「俺が騎士だと思い出したか? 騎士ならそういうことをしないと思ったかもしれないが、生憎、それ以上にやりたいことがあるんでね。多少の犠牲は厭わないのが俺の信条だ。めんどくさくなけりゃ、人が死んでも仕方がねぇ。なあ、もう一度言う。?」




 そう告げると男は炎の塊を消し去り、そこの空気を手で払って立ち上がった。



「すみません。警吏のものですが、何かトラブルでしょうか」
「あぁ、いえ。この子が暑さでやられていたようなので、ちょっと心配で声をかけていました」
「そうなのかな?」


 巡回用の服を着た警吏の人が男の向こう側からヒカリを覗き込んだ。

「警吏の人が来てくれたらもう安心だね。よかった。じゃあ、この子お願いしてもいいですか。私たちも次の予定がありまして」



 ヒカリの後ろにいた人がそう言って、警吏の人に近づいて流れるように頭をその大きな手のひらで掴んだ。

「にしても大きい。腕が疲れそうです」
「おい、行くぞ」
「はい、作業が終わったらそっちに合流しますので」


 後ろから現れた男は、警吏の人の顔を掴んだまま、へらへらしていた。
 ヒカリは腕を取られて、引っ張られそのまま男に連れられて行く。無言で、それでも震える足が引っ張られる腕に支えられるように進んでいく。



 怖くて、地面を見ていたら上から声が落ちてきた。

「お前の決断が遅いから、ああなった。選択を誤るな。聞きたいことがあるだけだ。正直に話してくれれば何もしない。俺たちは敵ではない。今のところはな」



 今のところはということは、話す内容であったりヒカリの対応によっては敵になるという言外の脅しを感じる。


 目的地はすぐに近くだったようで、石通りの狭い路地を歩き男が建物に入った。そのまま階段を上り少し建付けがよくないのか、ぎぃっと木の軋む音がした。
 部屋はごくごく普通の部屋で、棚と机とベッドが置いてある。いくつか扉があり他にも部屋があることが伺えた。

 体を特に拘束されることもなくベッドの上に座らされる。男は目の前でヒカリのリュックの中を改め始めた。


 水筒の中をのぞいて香りをかいで、あ、飲んだ! 
 男は水筒の中身を飲んで、こちらをちらりと見た。あの目はどこか苦手な気がして、とっさに目を逸らした。


 とりあえず机の上に並べられていくヒカリの所持品をヒカリもただ眺めている。聞きたいことがあるなら早く聞けばいいのにと相手の動きをつぶさに観察しているくらいしかない。


 長い足を組んで、背もたれに体を預けながらこちらを気にも留めていなさそうだ。
 そのうち興味を持ったのはヒカリのメモ帳でパラパラとめくって、たまに止まる。


 ちょっと動いて座り位置を正していたら、男が目線だけをこちらにやった。居心地の悪さに思わず声をかけてしまった。


「あの、魔道具のこと、とかは、したぱだから、きかれてもわからないです」
「……」



 恐る恐る声をかけて見たものの、男は顔をあげることなく、やはり目線だけをヒカリによこした。
 無言が一番怖い。

 そのまま無言の時間がいくらかたったころ、もう一人の男が帰ってきた。



「どうだ?」
「あぁ、うまくいきましたよ。今頃、異常なしでまた巡回に戻ってると思います」


 後から来た男が腕をプラプラ回して、笑いながら部屋に入ってきた。たれ目の男がそちらに視線を向けた。


「少し時間がかかったか?」
「いやぁ、相手かなり大きかったんで、あの縁石に座らせるのも一苦労で、って!」


 じりじり、ちょっとずつ位置を調整していたヒカリはその一瞬のすきに机の上に並べられていた棒状の物「雷撃びりびりくん」を取った。
 そしてそのまま、目の前のたれ目の男にぶつかるように当てようとした。



 が、あとから来た男が間に割って入ってきてびりびりしながら倒れてしまった。
 たれ目の男は驚いたように目を見開いていたが、ヒカリはベッドの上から、怯むことなくなだれ込むようにもう一人の敵を倒すべく、雷撃びりびりくんを精一杯のばした。


 しかしあっけなく手元を容赦なく殴りつけられる。
 武器を離すことはなかったが位置がずれて、ヒカリの下に倒れている男がベッドの端に乗っかている手に向かって再び雷撃びりびりくんが当たってしまい、下の男がまた跳ねた。
 


 ヒカリの震える両腕を片手で拘束してたれ目の男が立ち上がった。持ち上げられた体の自重で肩がギリギリと音が鳴る。



「おい、これはあんまりにも酷いだろう。こいつ、まだ何もしてないだろう。泡吹いてるぞ」
「……っ」

 無言でいたらもう片方の手で両頬を掴まれた。


「聴きたいことがあるだけだったのに手間増やすなよ。こいついないとすげぇ、めんどくさいだろーが。敵じゃねぇって言ったよな?」


 そんなこと知るか。
 あの石屋のお爺さんを脅しに使って、ヒカリに声をかけただけの仕事中のジラウに手を出した時点で、もうとっくにヒカリの中では敵認定している。



 何の情報が欲しいか知らないけれど、絶対何も言わないからなっ。
 弱くても、思い通りにはさせないんだからなっ!



 何も言わない代わりに思い切り睨みつけたヒカリをぶら下げたまま、たれ目の男、ギャラガ国の第二騎士団第二部隊隊長レオニス・アダラはため息をついた。





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