281 / 421
第4章
帰り道の夕焼けは目に眩しい1
しおりを挟む「どうやら私が脅かしてしまったらしいな。そこまで怖い顔とは思っていなかったのだが」
「は、それは、畏れ多かったのかと」
薬草庫の職員の言葉に、かの人は困ったような顔をしてこちらを見てくる。嫌な予感がする。
「お前、付いておいてやれ。たまには違う人間も診ておかないと腕が鈍るのではないか」
などと笑われ、逃げられてしまった。
こちらはそのつもりはないが、説教のように思われていて、何度「お前は私の母上か? いや、母上よりうるさいな」と言われたことか。
膝の上で寝返りをうつ、名も知らぬ子どもの頭を撫でる。
黒い髪がさらりと手に纏わりつき、指の隙間から落ちていく。
否が応でも思い出してしまい、撫でる手が止まった。
「私も何をしているんだか」
膝の上で少年が目を覚ましたが、太陽の光が眩しかったのだろう。目を細めて。
「おはよう」
というものだから、返事をする。
「あぁ、おはよう」
その安心しきった笑みにこれは寝ぼけているなとは思ったが、だからと言って慌てさせるわけにもいかない。
目覚めて知らぬ男の、しかも、おじさんの膝の上だと知れたら。
私なら慌てて転ぶに違いない。
なら、この少年はもっと慌てるだろう。
ヒカリは薬草庫の近くに魔道具の配達をしに来た。
薬草庫の所には医療関係の施設が多く、植物園のような所もある。
いつも静かで、ここら辺を歩くのは結構目にも楽しい。だから帰りはついつい、風景を眺めながら歩く。
少しのんびり歩いていたのもあったのか、声をかけられた。
薬草庫の温度管理センサーが壊れてしまったかもしれなくて困っているのだという。
幸い、その薬草は寒さに強いため慌てなくてもよいと言われたがヒカリは大急ぎで作業に入った。
早くしないと、ヒカリの手には負えなくなる可能性があるからだ。
ヒカリもこの生活が3ヶ月ほどたったので慌てずに処理ができるようになってきており、あーあれかなーと言われて思い付くことも増えた。
軍手をはめて、しっかりスイッチが切れているかとか確認をして、ゆっくりとスイッチのところの蓋を外す。
パカリッ。ウジャウジャ。
思った通り、中には足を沢山持って、ちょっとテカった、顎が鋭そうな虫がうじゃうじゃとぐるぐるお互いで絡み合っていた。節が何個もあってグネグネ絡み合っている。
寒い、または、雨が降りそうになるとこういうところに集まって難を逃れようとするこの虫の習性らしい。
で、その結果。
鋭すぎる顎か、鋭すぎるそのテカった体か。
とりあえずその一部がスイッチを繋げている線か術式を消してしまう。
術式だった場合、ヒカリにはどうしようもないが、線が切れている場合は簡単なので先に確認する。
幸い、線が切れていただけだったので、虫をキレイにぽいぽいして花壇の積み上げられた石のところらへんに捨てる。そしてスイッチのところに虫除けの薬草を擦り付けておく。
後は線を繋げて、スイッチをいれる。
「おー、ついたついた。 ありがとう」
「いえ、虫が入ることがあるので、ときどき、見て、虫除けを、つけておくといいですよ」
この台詞も慣れた。
何回も言った。
でも、何回も呼ばれる。
皆、無意識で魔道具はよくわからないから的な感覚があるようで、とりあえずすぐ呼ばれる。
一回、開けてみればいいのに。
でも、開けて予期せずあの虫うじゃうじゃいたら、ちょっと驚くかも?
やっぱり呼んでもらった方がいいかもな。
ここら辺を歩く人は大抵庭師のような格好の人か白衣を羽織っているような人が多い。
それもあって、ヒカリとしてはゆっくりのんびり歩ける場所なのだ。だから、今も虫よけの頻度はとか質問を受けて歩いていた。
そうやって薬倉庫から帰ろうとした時に、突然隣の人がヒカリの首根っこを押さえつけて、下を向かせた。
驚いていると何かが近づく音がする。
「君、私がいいというまで顔を上げちゃだめだよ」
隣の人が小声で話す。
ここは立ち入りに許可がいるような場所でもない。
なのに、こうしているってことは。
こうしないといけない人がいるということだ。
働く人はみな平等に。
ただし、その中でも例外がある。
やんごとなきお方である。
何かしらもめているような声がだんだん近づいてきて、ずっと下を向いていることや、首根っこを捕まえられていることや、もめるような大きな声に。
体が硬くなる。
呼吸を落ち着いて。
大丈夫。ちょっとずつでも訓練しているし。
できるできる。
ヒカリはそうやって自分の中のトラウマを押し込めようとした。
実際、結構耐えられていたと自分では思った。
そうそう、二人がいない事なんてこれからざらにあるんだから。
ここは薬倉庫。
危険なんてないない。
「おや、魔道具のとこかな? 見ない顔だな」
心の中で唱えていたら、いつの間にか目の前に来ていたようだ。
薬倉庫に用があるとは思わず、どうしたらいいのか戸惑っていると。
「あぁ、すまぬな。楽にせよ。もしや、仕事を中断させてしまったかな?」
隣の人が顔を上げていいよと言うから、恐る恐る、顔を上げた。
その人の髪の毛がゆるっと風に揺れて。
それしか目に入らなかった。
「いえ、今しがた魔道具の修理をし終わったばかりで、この魔道具関連課のものは移民で臨時職員なので」
声が遠く聞こえて。
気付いたらベンチの上でおじさんの膝の上で眠っていた。
「あれ?」
あたりを見回すと、薬倉庫の近くのベンチだった。
よくわからずにいるとおじさんが質問をしてくる。
めまいは?
腹痛は?
今日、何かいつもと違うものを食べはしなかったか?
少し、触れる。
今は何日か、わかるか。
とかとか。
「おいしゃさん?」
「君は本当にここで働いているのか?」
いくつかの質問の後、ヒカリが問うた声がかぶった。
「確か、ここで働くには13歳以上の規定があったと思うのだが」
「あ、えと。16さい。もうすぐ、17さいになります」
「それは、そうか」
そして徐にすまなかったと言って、膝の上に抱えていたヒカリをベンチの上にそっと座らせる。
おじさんの上は温かったので、謝ってもらうことではないが、少しだけ恥ずかしかった。
起きたとき家かと思って普通におはようとか言ってしまったからだ。
「君は何か持病とかがあるか?」
「じびょー。つかえないくすりとかあります。使いすぎて、使うとへんになります。あとは、その嫌なことあると、へんになります」
「……、今日その薬物を摂取した可能性は?」
「ないです」
「と言うことは何か嫌なことがあったのか。君は先ほど、我らが王の前で倒れたのだ。覚えていないのか」
「おうさ、ま。初めて、みました」
「そうか。では嫌なこともなかったのか」
嫌な事と言うか……。
何が自分の中のトリガーなのかわからないけど、それに今回は触れたのだとヒカリにも分かった。
息が荒くなる。
目に痛い。あの色が思い出された。
汗の水分が含むと色が濃くなっていって。
それがギラギラしていた。
揺れる揺れる。
何度も光の上で。
金属のようなきらめきを思わせる、少し青みがかった銀色。
ヒカリが初めて。
人の尊厳を奪われたあの時に見た色が目の前に現れた。
目に焼き付いたあの色は忘れられないのだろう。
あれが蹂躙の始まりだったのだから。
65
お気に入りに追加
548
あなたにおすすめの小説
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
僕は肉便器 ~皮をめくってなかをさわって~ 【童貞新入社員はこうして開発されました】
ヤミイ
BL
新入社員として、とある企業に就職した僕。希望に胸を膨らませる僕だったが、あろうことか、教育係として目の前に現れたのは、1年前、野外で僕を襲い、官能の淵に引きずり込んだあの男だった。そして始まる、毎日のように夜のオフィスで淫獣に弄ばれる、僕の爛れた日々…。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
凶悪犯がお気に入り刑事を逆に捕まえて、ふわとろま●こになるまで調教する話
ハヤイもち
BL
連続殺人鬼「赤い道化師」が自分の事件を担当する刑事「桐井」に一目惚れして、
監禁して調教していく話になります。
攻め:赤い道化師(連続殺人鬼)19歳。180センチくらい。美形。プライドが高い。サイコパス。
人を楽しませるのが好き。
受け:刑事:名前 桐井 30過ぎから半ば。170ちょいくらい。仕事一筋で妻に逃げられ、酒におぼれている。顔は普通。目つきは鋭い。
※●人描写ありますので、苦手な方は閲覧注意になります。
タイトルで嫌な予感した方はブラウザバック。
※無理やり描写あります。
※読了後の苦情などは一切受け付けません。ご自衛ください。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる