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第3章
因みに俺の胸にもあるんです1
しおりを挟むスピカの胸にも小さな歯型がある。話せば長くなるほどではない。
あの後、朝までヒカリはぐっすりでセイリオスも安心して警吏課への呼び出しに応えるために飛び出していった。
いや、寝ないのかよというひどい顔ではあったのだが。ここ最近でいうと一番ひどい顔でヒカリの眼が見えなくてよかったと思う顔だった。
スピカはヒカリを抱きかかえたまま、簡単に朝ご飯を食べて、ヒカリが同じ姿勢にならないようになるべく体を動かして、体を休めた。
そろそろ昼か。
ヒカリもお腹がすいているだろうと、滋養のあるスープを作る。
匂いを嗅いで、目が覚めないだろうかと思ったが、やはり無理そうで鼻をクンクンするだけだった。
何気にセイリオスが拾い集めたヒカリの落書きや文字の練習の紙を見返す。
そこに病院とあったから目についた。
その中の一枚は、ヒカリの国の言葉で書かれたものだった。
スピカは単語をぽつぽつとだけだがわかる。セイリオスとスピカならセイリオスの方が語学は得意なので任せっきりだ。
それでもゆっくりと文字を追えばそれなりに読める。
「あたま、くすり……え」
読み始めると止まらなくなった。それはヒカリの独白のようなものだった。
『言葉にすると一層怖くなった。怖くなって、知っている言葉で説明しようとした。むしろ誰かに説明してほしかった。頭がおかしくなってるならさっさと病院で薬でも打ってもらいたいとすら思った。でも、いつまでたっても目が覚めない』
『レグルスはどうなったの? 彼だけでも帰れたの? 教えて。僕は帰れるの?』
『でも本当に毎日、行ってきますとただいまを言う相手がいると嬉しいし、行ってらっしゃいとお帰りを言えた時は安心した。』
『だから、僕にとっては挨拶はとても素敵なもので、僕の、なんて言うんだろう。存在意義? は変かな。僕の仕事? みたいな感じ。突然この世界に来て、挨拶のいらない生活をして、帰れないってわかって。唐突にお帰りが恋しくなった。お帰りって誰かに言いたい。ううん、違う。僕もお帰りって言われたくなっちゃったんだ、きっと』
ヒカリは、たくさんの言いたいことを持ったまま、ここで毎日を必死に過ごしていた。
そこには楽しいことも辛いこともあって、不安がよく分かった。俺たちはヒカリの言いたいことを伝えてもらえてなかった。
全部見せるのは難しいことなんてわかっているけれど、俺はいつからこんなに貪欲になったんだろう。
こんなに一人の人間のすべてが知りたいなんて。家族でも思ったことがなかった。それこそ、医療という道にかけるのと同じくらいの欲がヒカリに向いている気がした。
何だろう。この気持ちは。
「早くお帰りって言わせてくれよ。ヒカリ?」
ヒカリを横に寝かせて抱きかかえて寝転ぶ。いつも寝ているときのスタイルで、結局ベッドを買い替えていないのでそのままだった。
ヒカリは日記にスピカのベッド、買いに行く。大きなのが良いとわざわざ書いていた。ベッドの値段はどれくらいだろうと推測の値段が書いてあり、自作も良しと締めくくられていた。作るつもりなのと思わず笑った。大工さんになるつもりか。それともセイリオスならベッドも作れるという信頼か。
勝手にヒカリの日記を読んだことの罰が起きた。
寝転んで一枚一枚読んでいたら胸に激痛が走ったのだ。
手が出そうになって抱えているもの温かさにストップをかける。
えーっと、と思って痛みの原因を探るとヒカリが嚙みついていた。
「イッテー。何? ヒカリどうした?」
抱きかかえていた手を動かす。ヒカリがいやいやと首を振るって暴れるのだ。
『離せ! 僕の体に触るな。やめろ。レグルスはどこにやった? 灯は? オコジョは? セイリオスー、スピカ―。離せっ。どこにやったんだよ。僕の大切な人たちなのに。許さないぞ』
非常にお怒りモードというか、あれ? 俺呼ばれた? と混乱している間にヒカリがものすごく暴れている。
こんなに怒っているヒカリを見るのが初めてでまじまじと見てしまう。怒るとこんな顔になるんだな。
スピカが声をかけてもとてつもない力でスピカを殴りつける。
『何にも見えない。なんか変な薬とか? 卑怯者! こんなの怖くないからな』
ついに腕の中から飛び出し、スピカに背を向けてしまった。
「まって、ヒカリ」
『ぎゃっ!』
ヒカリの頭がぽふんとスピカの胸に埋まる。
『いたっ!……くない?』
そうだった。ヒカリは後頭部を怪我していたのだ。とっさにセイリオスの真似をして、ヒカリの額に文字を書く。
『ヒカリ、アタマ、ケガ?』
何度か繰り返すと、ヒカリが声に出す。
『イタクナイ?』
『痛くないよ……スピカ?』
『ハイ』
「ほんとぅ。ふかふかしてる」
『ケガ、グリグリ、ダメ』
「ぐりぐり……、じゃないよ。ぽふぽふしてる」
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