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第3章
長すぎた一日28
しおりを挟む宙に漂う感じがする。
また意識が乖離し始めている。
隔離された自分がふよふよと宙を漂って、波のように風に揺られる。そして自分を見ている。
あぁ、この感じ久しぶりだなぁという気持ちも漂って、やがて正しくつかみ取れなくなる。
あのお屋敷で疲れ切って、こういうことが始まるとヒカリは段々とこの状態になることが増えた。
セイリオスに救い出されたときにはほぼほぼこの状態だった。その間起きたことははっきりとは思い出せなくなる。
宙で漂って、自分だと認識するのに、その感覚がつかめない。記憶にも残らない。
そのおかげで馬車にいた時の震えがなくなっていた。
抵抗するのが怖くて、させられることの忌避感でずっと震えていた体がもう震えていない。
けれど感覚は一切ない。
表情も動かない。ずっと震えていると体も疲れるのか、この状況になることが多かった。
ふよふよと意識体のヒカリは何となくだが気づいている。これはきっと防衛反応のうちの一つだなぁと。
今もヒカリのことを上から眺めている。ドローンが空撮するようなものだ。
馬車が止まって、ヒカリは今が逃げる好機だと思い馬車から飛び出そうと足を踏み出した。
頑張れ。自分を応援してみる。
外に飛び出すと、大きな建物があった。いくつも部屋のあるような、それでいて寂れているような。
そっちに行っちゃだめだよ。
ヒカリは、すぐにそっちとは反対の方向へ足を向ける。
木々の生い茂ったほうへ必死に走った。後ろから追いかける音がするが構わず走った。
しかし、すぐにびりびりを食らって倒れた。
あぁ、そっかぁ。魔法があったんだった。
失敗しちゃったなぁ。痛いよなぁ。ごめんね。そっちに戻れないよ。
今だけは痛みから逃れられる。
だから暢気にこんな事を思える。そう思うけど、その思考すら流れていってしまう。かぜにそよそよ。
どべしゃと思いっきり顔からこけてしまった。
体がしびれているのだ。土で白いシャツが汚れた。
後ろから焦ることなく騎士が近づき、ヒカリを引っ張り上げた。
「そんなにあの医者のとこ帰りたいの? それとももう一人のほう?」
「そんなに俺らのじゃ物足りなかったか? どんだけあの医者とのセックスが恋しいんだか。でも、残念だなぁ。それはもう叶わない話だ。お前の具合がよかったら、俺らのもんとして扱ってやるからおとなしくしとけよ」
ヒカリは体がしびれていて動けない。
話も聞きたくないし、声も出さない。
そのまま麻袋に押し込まれて肩に担がれた。
お腹もちっとも苦しくない。返事もしたくないし。ちょうどいいや。
「それにあの医者も警吏たちも今から吠え面かくからな。どっちみち戻れないしな。あぁ、君を抱え込んだせいで、嵌められて。彼らは今から信頼や職を失って人生もめっちゃめちゃだ。かわいそうぅ」
「そのためにもお前は必要なコマなんだよな。お前が生きようが死のうが計画には関係ないからな。おとなしくしといたら命だけは助けてやるよ。一生俺らの便所として使ってやるから」
肩に担がれた無抵抗なヒカリのお尻を撫でながらそんなことを言って、笑いあう。
途端ヒカリの顔に表情が戻った。
ん?
ちょい待ち! 何か、いま、聞き捨てならないこと言わなかった?
今まで瞬きすらしていなかった、ヒカリの目が二、三度ぱちぱちと動いて布に睫毛が擦れた。
医者とか警吏とか、それって、スピカやダーナーさんやカシオさんやチャコさんやセイリオスのこと?
だよね? え、何? どういうこと? 吠え面って、嵌められるって? 僕が「コマ」って、「コマ」って何かわからないけど計画って言ってた。僕のせいで信頼を、職をなくすって?
はぁ!? あっりえない!
混乱しながら状況を整理していくヒカリはいつの間にか建物の一室に運ばれていた。
結局、飲み込まなかった精液と泥でべたべたになった服で袋に入れられたまま床に転がされた。
肩から落とされたのですごく痛かったが、声を出さないように気を付けた。
意識を失っていると思われたほうが油断してくれるかなという算段のもとだ。
そのまま部屋を出ていく気配がして、心の中で指を鳴らした。
靴音が遠ざかっていくのを聞いて、すぐにヒカリは芋虫の様に動き、足の指を使って紐で縛られている袋の先を開いていく。
後ろ手に縛られている手首が痛いがそんな事お構いなしだ。
袋が徐々に開いて足の先が出る。
ふと赤ん坊は足から出るのが大変だと学んだ時のことを思い出す。
そういえばその後、お腹の中の明に声をかけたのだった。
頭から出ておいでよ。足からだと詰まっちゃうんだってさ。そうなったときは兄ちゃんも手伝うけどさ、たぶんできることがあんまりないんだ。すごく苦しい気がするから。できるだけ、頭から出てもらえると嬉しいな。そりゃ、僕がお医者さんだったらきっと助けてあげられるんだけどさ、応援するぐらいしかできないからさ。
袋はそれなりに大きめだったので、上下逆さになって頭を袋の入り口にする。
そこからこすりつけるように頭の先に袋の入り口をセットしたら、少し頭をあげてぐりぐりと通していく。
赤ちゃんだった時の記憶はないんだけど、こんな感じだったのかもなと思いながら。
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