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第2章
暗躍するのはそこそこ得意28
しおりを挟む「それに、難民施設に入ったら他の難民の人より故郷に帰る機会がなくなります」
ヒカリはそのほかの根拠も持ち出すことにした。
施設から故郷へ帰る人の多くは帰る故郷が平和になったから帰るのだ。
しかし、ヒカリには平和かどうかは関係ない。
「僕の故郷がどこにあるのか、わかりますか?」
「お前がしらを切っているかもしれないじゃねぇか」
「そうかもしれません。でも、僕にはないものを証明できる手段がありません。だからこれを見てください」
そう言ってヒカリが出した紙の束、一枚一枚を数えていたらきりがないほどの量の紙の束がいくつも出てきた。
そこに書いてあるのは見たことのあるものないものが書かれていた。窓から見た景色。自分の部屋。森りんの銭湯。登下校の道。思い付くまま、順番に思い出して描いた。遠足や旅行。授業で学んだこと。面白かったテレビ。続きが気になる漫画。新作が出るゲーム。
沢山、沢山、描こうと思えば次々出てきた。
灯の病院。兄ちゃんのバイト先。両親の仕事。
だけど、皆の顔を描くことは何故かできなかった。描こうとすると泣いてしまいそうになった。
「そこに書いてあるのが僕の故郷です。それがすべて僕の想像から出たものだと思いますか?」
ヒカリは買った色ペンで様々な絵をかいていた。
コレ単体だと証拠にはなり得ない。しかし、ヒカリもヒカリで考えていたわけで。どうやってヒカリが嘘でなくこれらがあったところから来たと信じさせるか。秘策はもう打ってあるので安心して証言を続ける。
「絵が上手なんですね。これは才能ではないですか」
『うーん。でも、僕、県のコンクールで賞を取ったことぐらいしかないからなぁ。才能とか言ったら烏滸がましいと思います』
つい、日本語で話していたので慌ててラクシード語で話す。
「僕の絵は、えとぅ、こきょうでもちょとほめられるくらい。だから、こちでもおなじ。芸術は人のこころを動かすもの、でしょ? かんたんじゃないです。あと、えと、……あった! 難民で芸術家で成功した人すごく少ない。僕は、絵の勉強全然してないです。今から始めたら、長ーい時間かかる」
副課長さん、世の中そんなに甘くないんですよはヒカリの心のなかだけで呟いた。
でも、誉めてもらえたのは嬉しいのでなぜかちょっと胸を張る。
カシオも手元の提示された資料を見れば、確かに芸術家になれたものは少ない。
その才能を開花させるには、現在のラクシード国ではパトロンを得るのが一番手っ取り早い。彼らの中にも勿論いるだろう。
「これはなんだ?」
「それは、『電車』です。そっちは『バス』です。乗り合い馬車の馬がいなくていいものです。金属の箱です」
「これは?」
「それは『車』です。馬の代わりの乗り物です」
「コレも金属か?」
「はい」
そのあともヒカリの絵について質問が大分長い間続けられた。
聞くと内容がどう考えてもおかしな所がなかった。
強いて言えばわからない所があるのが疑わしいくらいで。
それも仕方がない。飛行機がなぜ飛ぶのかなんか説明できる人の方が少ないだろう。なぜ電波があると電話が通じるのか。AIが何故勝手に計算するのか。
知らないものは知らないのだから、ヒカリは元気よく知りません! わかりません! を連発した。
「それに、僕の暮らしていたくには、海に囲まれていて、となりに大きな大陸があり、ました。大きな海の向こうにはまた、違う大陸がありました。僕の国の日本はしきじりつがほぼ100%に、近いです。他国の言葉もかんたんに、習えました。四季があって、お米を育てるのに適していた所です」
「オコメ?」
「お米? ……最近よく食べられるようになった穀物ですね」
そう、オコメがあるのならと探してみたところ東の大陸の方からこちらに入ってきたらしい。
スピカはヒカリがどんなものを好むかたくさんの種類のものを毎日出してくれていたのでお米にも出会うことができた。
「ならば、あなたはそちらの方から来たのですか?」
「でも、そこに日本という島国はアリマセン。見つけられないです」
「うーん、こちらでは違う呼び方をしているのでは?」
「僕の知ってるとなりの大陸も他の大陸も全然呼び方が違います」
「じゃあ、お前の故郷はどこにあんだよ?」
「それは、連れてきた人に聞くのがはやいとおもうます。 確実なのは僕の知ってる故郷はこの地図にはないです」
長い質問のあと二人は絵をじっと見たまま黙っていた。
ヒカリも結構疲れたので用意されていた水を飲んだ。
静かな部屋にヒカリのゴクゴクと喉を鳴らす音と資料をペラペラめくる音が響く。
「あなたの故郷がどこにあるか、あなた自身はどうお考えですか?」
カシオから質問が投げかけられる。それにヒカリは少し、身じろぎをした。
「……それは、あんまりはなしたくないです」
「おや、どうしてですか?」
「さっきまでの饒舌さはどうした? 何をためらってんだ?」
「おくそくの話は、せきにんがもてないです。自分でもよくわからなくて、うんと、その、妄想みたいなはなしだから。冷静に聞いたらばかばかしいって思うから。はなしたら、その、しんようされないかもしれない。僕の想像のこんきょが見つけられなかたから、はなせない」
ヒカリとしては確実にそうだと思うのだが、異世界の話の根拠になるようなものは何一つ、公的機関で見つけられなかった。
だから憶測のみの話はできない。こんなセイリオス達にだって言っていないことを話して頭がおかしいとされたらと思うと、ちょっと怖い。
でもいつか話したいとは思っている大切なことだ。今はまだなだけで。
そうして、へへっと笑ってしまった。
笑った顔を見てカシオは納得したようだった。
「まだ信用に値しないという事ですね。わかりました」
どうやら通じたらしい。ダーナーもふんっと鼻息荒く納得してくれたようだった。
「まぁ、お前が難民のままだと故郷が探せないってのはわかった。だが、お前が他国のスパイって線も考えられる。故郷が滅ぼされたのなら嘘ではないしな」
「スパイ……、セイリオスさんとスピカさんを騙してるかってことですか? あ、えと、その、二人と、セイテキセショクがあるかって? ことですか?」
自分で言ってて恥ずかしくなって、性的接触のところは声が小さくなった。
逆ならわかるよ? セイリオスとスピカがスパイならカッコいいからヒカリならすぐ騙されてイチコロだと思う。
賢いからヒカリを騙すのなんかあっという間で。多分性的接触しなくても騙せると思う。という変な自信さえある。
でも、逆は出来そうにない。
恥ずかしすぎる。嫌とかいうわけではなくて、むしろ、今までの経験から誰かとそういうことをしなくてはいけないのなら二人にお願いしたいくらいだ。
あんな痛くて、辛くて、苦しくて、心臓が万力で潰されそうになって、死にそうに、死にたくなるようになるなら、いっそのこと二人にしてもらって消えてしまえたらと思う。
まぁ、二人はそんなことしないんだけど。
だから、そう思うのだろうけど。
カシオは注意深くヒカリを観察していた。
質問したあと吃りながら頬を少し赤くして、何か考え、そのあと目を伏せ、顔色が悪くなった。そしてとても、悲しそうな目をした。
また、倒れられるのは困る。いろんな意味で。
だから、立ち上がってヒカリを支えにいこうとした。
しかし、ヒカリは顔を上げて力強い瞳で二人を見た。何故か立ち上がっている二人を。
「僕は二人を、裏切るようなことは、しません」
力強く答えた。
「もし、そうしないと、いけないなら、それは、もう僕じゃない。そんな僕は日本にかえっても、りっぱなお兄ちゃんでは、いられないから。そんな、ぼくは帰れなくていい。そんな僕なら、僕は自分を消す事ができます。……今の僕が、イキテテいいと思えるのは、こきょうの皆にぼくとして会いたいから。この世界でまだ、生きてていいと思えるのはふたりのおかげだから。その理由がなくなるなら、僕はそんな僕はいらない、です」
そんな自分は。
そんな自分になるなら。
しんでしまえばいい。
ヒカリから思わぬ冷たい言葉が飛び出た。
それは、ヒカリの本心だ。
今のヒカリの生きる理由は、自分のまま帰ること。
そう思わせてくれたのは二人だ。なら、その二人を裏切る、傷付けるようなことがあるのならその理由は消えてしまう。
何の迷いもない。
「でも、これじゃ何の証拠にもならない」
ダーナーが絵を見たままそう呟く。
「そうですね。でも、今僕が話していることは証拠になるでしょう。だって」
だって、二人が飲ませたじゃないか。
僕の本心を疑うことなんて二人が出来るわけがない。
だから、ヒカリはにっこり笑う。
あぁ、自白剤があってよかった。
これで、セイリオスとスピカが酷い誹謗中傷を受けなくて済むんだ。これで、二人の親みたいなダーナーの誤解が解けるんだ。
よかった。
だから思わずその笑顔で伝えてしまう。
「よかた。これで、課長さん仲直りできます! 二人やさしーから、ごめん言ったらゆるしてくれる。フフフ。大丈夫。もしケンカなっても僕が仲直り手伝うか、ら。」
大丈夫、ケンカの仲裁はうまい方なんだ。
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