確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

暗躍するのはそこそこ得意23

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 早起きは三文の徳と最初に言っていたのは誰なんだろう。確かにいいこと尽くしだ。

 おいしいご飯は作れたし。
 おいしい顔が見られたし。
 しかも、嫌なドキドキも結構無くなったし。
 乗合馬車が途中で車輪が歪んでしまったから、朝からセイリオスと手を繋いでおしゃべりしながら歩いてこれたし。


 あ、これじゃ四文の徳だな。


 そんなことを考えながら、もう辿り着いてしまった王城の門前。
 名残惜しいような気もする。ここでいったんセイリオスとはお別れだ。ヒカリは課長と副課長に信用してもらうためのプレゼンを。

 セイリオスはお仕事だ。


「ディル、今日は警吏課に用があるんだ。これが書類だ」

 今日の受付も変わらずディルでヒカリは少しホッとした。
 緊張する日に見知った顔がいるだけでありがたい。フィルのおじさんなら尚のこと。「ん」とだけ言ったディルは戻ってきてあの日渡したように同じように革ひもがついているプレートをヒカリに渡した。


 そしてやっぱり相手の手からなかなか外されない。前の時もそうだったなと、何か言われるかなと思って待っていると。

「明日、図書館で待ってる」

 と言われてしまった。


「え? ディルさんが?」

 そう尋ねると、眉間にしわを寄せて。

「……あれだ」

 と言われた。

「あれって、フィル?」

 返事はかえってこないが、プレートが外されたのでお話はここで終了という事だろう。

「うん、わかったって。フィルに伝言、を、お願いします」
「ん」

 ディルはもうヒカリの方を見ず手元の新聞に目を向けていた。
 セイリオスにひかれて正門の方へ向かう途中、ちらりと振り返るとやっぱり手元の新聞を見たまんまで、見えてないかもと思ったが何となく手を振った。


 するとディルの方も小さく手を振った。
 それは見る人が見れば、寄ってきた動物にあっちいけとするようなしぐさにも見えるがヒカリは嬉しくって先ほどより大きく手を振り返すものだから、セイリオスも気づいてしまった。

 笑った二人がディルに手を振り続けるものだから、ディルはため息をついた。




 さっきまでとても楽しかったのだが、いつになく大きく見える警吏課の扉の前まで来るとやはり不安が押し寄せてきた。深呼吸をして、一度強くセイリオスの手を握って。


「セイリオス、ありがとー。ここまで、ついてきてくれて。じゃあ、ね」

 それから、パッと手を離した。


 温もりが消えないうちに警吏課に入らないとまた握ってしまいそうだから、そのままの勢いで警吏課に入ってしまおうと足を一歩踏み出した。




 が、しかし、ヒカリの脚は動かなかった。

 何故ならセイリオスの手がまた、ヒカリの手を取ったからだ。

「え?」

 とヒカリが言うと。

「え?」

 とセイリオスが言う。

「セイリオス、て、もういーよ? 大丈夫。一人で行けるよ?」
「ん? でもどうせ入るんなら、手を離さなくてもいいだろう?」
「じゃなくて、手つないでたら、セイリオスも入らないといけない、でしょ?」
「ん? そうだな?」

 二人で首を傾げていると、セイリオスが道端のベンチに手を取ったままヒカリを誘導した。
 確かに扉の前を占領していては仕事の邪魔だった。反省、反省、とベンチに腰掛けた。


 そしてまだ伝わる温もりのもとを凝視して、もう一度セイリオスに伝えてみる。


「もう、て、つながなくてもだいじょうぶ、よ」
「本当に大丈夫か?」
「うん、だいじょーぶ。だからセイリオスは仕事」

 仕事に行って来てと言おうとしたヒカリの言葉尻をセイリオスがとって、さらにヒカリの両手を取った。


「……ヒカリには悪いが、今日は休みだ。有休を使った。だから仕事はしない」
「!! え、なんで。僕のせい? ぼ、ぼく」


 思わぬ発言にとてもびっくりしてしまって、思わず手を離そうとする。
 しかし、セイリオスの手が離れない。磁石でもついているのかしらと思う。痛くないのに外れないってどうやったらできるんだろう。


「ちがう。ヒカリのせいじゃない。俺たちはヒカリを信じている。任せて安心できるって自信を持って言える。ヒカリはちゃんと自分の言いたいことを伝えてあの課長から信用印をもらってくるって」


 そう言って、でも、一緒にいると言ってくるセイリオスの目が真剣だったのでヒカリはとても怖くなった。
 こんな人がいっぱいいるところでそんなこと言ったら誰が聞いているかわからない。




 また、変な噂を立てられたらどうしよう。




 セイリオスが男娼のために仕事を休んだって。



 課長さんも思うだろう。
 仕事を休ませて、セイリオスの時間や評判やお金を使わせて。
 それで、セイリオスに言ってしまったら?
 お父さんみたいに思っている人から、そんなこと言われたら。
 泣いてしまうかも。



 他の人はめったに思わないが、ヒカリは想像してしまう。
 セイリオスが一人でこっそり泣いているのを、まるで見たことがあるかのように想像できる。
 とっても悲しそうに泣くものだから、つい近づいてしまうと思う。もう泣かないでって思う。



 セイリオスは誰よりも優しくて、責任感があって、頑張っているだけなのに。




「い、いやだ。ついてきたらダメだよ」

 まるで駄々っ子のようにヒカリはセイリオスが警吏課に入らないように手を引っ張って、立たせる。
 そしてぐいぐいと外れない手でセイリオスを警吏課から遠ざけようと全力で押した。

「仕事に行かないと、だめだ、よ。休むなら、家に帰って! もう、僕の事、気にしないでいーから。ありがとー。ばいばい! ありがとー。セイリオスは、だれにでもやさしーから! いいひともほどほどにしないと!」

 と謎のフォローまでしてしまいながら、セイリオスを全力で押す。
 セイリオスがヒカリの手の事を気にして離した勢いで肩がめり込むぐらいグイグイ押す。
 もう頭も押し付けて押す。


 綱引きならぬセイリオス押しだ。ここで引いたら負けてしまう!


 課長にさん見られる前にセイリオスを仕事場に連れていかないと。
 連れてさえ行けばタウさんが何とかしてくれる。もしくはデルタミラさんが。



 なのに、なのに!







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