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第2章
暗躍するのはそこそこ得意11
しおりを挟む図書館の二階は魔法関連の蔵書が収められている。この階の書物を見に来る人は多く、ヒカリはお邪魔したことのない場所だった。
来る用事がないから仕方がないのだが。
では、なぜ来ているのか。それは、ヒカリがお手洗いに行く途中、追いかけてきたフィルが空いているトイレの場所を教え、それが二階のこの場所だったのだ。
結構人がいそうだが、確かに空いていた。
そしてその流れでフィルが興味のある本を調べたいから付き合ってと言われたのだ。
ヒカリも、興味はあるにはあるのだが、魔法が使えない上に、内容も分野が違うので読みにくいことこの上なかった。
簡単に言うと飽きてしまったのだ。
なので、さっきメモしたよくわからなかった単語でも調べに行くかと階下へ降りようとした。
「ねぇねぇ、フィル。僕ちょっと一階の方で本を読んでくるよ」
「おっとっと、そうは問屋が卸さねぇー。ヒカリはここで俺と読書だー」
フィルが目の前に両手を広げて立ちふさがった。
「ソウハトンヤ? オロサネー? うーん、難しぃ……。あ、じゃなくてぼく、一階の辞書見に行きたいの!」
「俺に聞けよ。教えてやるぞ?」
「ほんと? じゃあこれ」
「……成帯土壌、間帯土壌、褐色森林土……」
「どーゆーいみ?」
「えっとな、土の話だ」
「ふんふん……で?」
ヒカリはメモを握って辛抱強く待ち続けた。フィルの眉毛がぐにゃぐにゃ動き、そして目を閉じた。
「土が……、なぁ、これってヒカリの勉強にいるか?」
「だから、意味がわからないと、いるかどーかも、はんだんできないよっ、ははは」
「だよな、ははは」
「じゃあ、行ってくるねー!」
「じゃなくて」
てっきりボケかと思って、あえてのツッコまず、階下へ下りようとしたが、やはりフィルは止めてくる。
何だろうかとフィルをジイッと見る。ただただ無言で。
「なぁ、ヒカリ。あっちに面白い本あったぜ」
「よかったね。フィル読んできたら良いよ! ヒカリには、まだむずかしー!から下でつづきやってくる」
「一緒に読もう?」
そう言われたらちょっと、言うことを聞いてあげた方がいいかなとも思えてくる。
フィルは年下だし。僕はお兄ちゃんだし。どうしようかなと考え始めたところでフィルを見ると小さく、ホッと息を吐き出していた。
「……フィル? もしかしてなしょ?」
「え? なしょ?」
内緒の発音は難しい方にはいるので、早口になると通じなくなる。セイリオスならそんなこともないが。
「あー、えっと秘密ある? かくしごとしている? ……あたり?」
フィルはその場でうろうろし始め、目をキョロキョロと動かす。え、ホントに隠し事なのか?!
「んと、だったらイーよ。フィルのおすすめの本を読みにいこう」
「え、いいのか? おれ、隠し事……」
「うん、だって、フィルのかくしごとはきっと、誰かのためでしょー。誰かのためのイーことなら、まわりまわって、僕のためにもなるんだって」
「えー、お前……。本当そのお花満開平和キラキラ頭、これ終わったらしっかり治してもらえよー」
「どういういみ? ちょとわかんなかった」
どういう意味? とヒカリが問いかけるとフィルはにっこり笑って。
「でも、俺、ヒカリのそーゆーとこ友達としてめっちゃ嬉しいかんな。覚えとけよ」
「え、なになに? 友達のはなし? じゃあ、次はヒカリの番? えっとフィルの男前のとこかっこいー」
「ば、だから、もー、やめろよ。はずいんだけど……」
フィルが照れて頭をかいている。
それを見てヒカリが更にフィルの好きなところを伝えようと逃げるフィルを目で追いかけた。
窓の前に立つフィルの赤いほっぺの向こう側が見える。
天気がよくて秋めいてきた空は少し高くなっている。雲が小さく切れてすいすいと流れていく。
少し下に目線を向ければ、中庭がよく見えた。
図書館に遊びに来た子どもがついでに遊んでいることも良くある。ヒカリも休憩がてらそこのベンチでぼんやりそれを見たこともある。
この中庭は市民に解放されていて、図書館に来た人はその流れでここにも入れる。いつもきれいに整備されていて市民の憩いの場所でもあった。
その中庭からは入れる所が限られているので警備もそんなに厳しい感じがしないので、市民の皆さんも寛いでいる。
お気に入りの木陰のベンチをちらりと眺めた。
「あっ」
「あ?」
ヒカリは窓辺に近寄った。
両手を窓に付けて眺める。その動きを目で追い、フィルはぎくりと肩を動かした。もうヒカリには見えていないのだけど。
「なーヒカリ、あっち」
『やっぱりセイリオスだ! こっち見ないかなぁ。隣はデルタミラ課長さんだ! 珍しいー。いつも眺めてもあんまり見かけないのに今日は二人揃ってみられるなんて運がいいのかな。声掛けに行こうかなぁ。でも仕事中だからだめだよなぁ。ね、フィルもそう思う?』
「……えっと、フィル以外はよく分かんなかった」
「えと、ごめんごめん。あのね、あのベンチのところのきのかげに、セイリオスと僕の上司がいます。会いに行こうかな?」
「うんと。ダメなんじゃない? 仕事中だろう?」
「そっかぁ、そうだよねぇ。あれ? いなくなた。どこ行っちゃたんだろう」
明らかにしょぼくれるヒカリにフィルは早く気を逸らさないとと焦ったが、思いのほかすんなりとあきらめてくれたようだった。
肩を借りて広間まで降りてきたセイリオスとその上司、ケーティはざっとあたりを見回した。
そこで大柄な直毛で剛毛の男と目が合った。警吏課課長のダーナーである。ダーナーは顎をしゃくり中庭の方を差すと、そのまま図書館には入らずに去って行った。
男は入口に警吏課の看板でもあろうダーナーに恐れをなして中庭の方へ向かったらしい。
もし、入り口を正面突破されたらダーナーが職務質問をかけるところだった。
警吏官には職務執行法の中に、異常な挙動、その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者、または既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができるというものがある。
もちろんこれは拒否できるものだ。
しかし、拒否すれば疑われることこの上ない。しかもこの警吏課課長のダーナーはそういった職務質問で犯罪を未然に防いだこともある。
彼の嗅覚を知っている犯罪者なら彼のいる場所を避けるのは必至だった。
セイリオスは広間で待ちぼうけを食らっているケーティのところの使用人へ事前に用意していた魔紙を渡し、あったことを伝えた。
使用人はセイリオスを気遣うような目で見て去っていた。
そのまま中庭へと二人で走って行った。
中庭には市民も多くいるので刺激しないように変質者を追いかけなければならない。
変質者は人目を避けずに堂々と何でもないように進んでいく。広間と比べると人がそれほど多くないので、見失う危険はほとんどない。
むしろこちらが見つかってほかの市民を巻き込まないようにする方が難しい。
セイリオスは木陰に向かい、人目から隠れ二人でマントをかぶることにした。二人を覆うほど大きいマントは被ると姿を周りから隠してくれる優れものだ。これもアンティークのもので今となっては再現できない超絶技巧の一つである。
これは家を預かった時、同時にあの家にあった物でセイリオスの好きにしていいという言質は取ってある。
もう少し人がいなくなってくれればいいのだが。
まぁ、奴が目的地まで行って糞尿にまみれるまで待つのもいいかもしれないが、それを追い詰めるのは楽しくなさそうだ。
さらに言うと、そんな奴と格闘でもしてみろ。
ヒカリと帰れなくなる。
ここはやはり、警吏課の皆さんに頑張ってもらおうか。
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