確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない49

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「っていうことでさ、ぼくも、筋肉欲しいなってハナシ。いいよねー。やパリ一度は『ムキムキ』になりたいよね」

 成長期に筋肉をつけすぎると身長が伸びないからやめなさいと兄に言われていたので、いつかはムキムキになりたいとひそかに思い続けていたものだから、筋肉はあこがれである。

 逞しくて頼りがいがあるように見えるじゃん? これぞ兄だろうと。 
 むしろ燈兄ちゃんにはない要素だから灯は喜ぶんじゃないのかな、とか思っている。

 そんなヒカリに燈はとある野球漫画を読ませて断念させたのだ。立派な筋肉はいつでも付けられるが、身長はそうはいかない。成長期にカルシウムを蓄えてこそだ。
 どんな筋肉も硬い骨に支えられてこそ。俺も成長期が終われば筋肉でムキムキになるぞ、と。


 実際、燈はヒカリ曰く、隠れムキムキだ。
 ヒカリを抱きかかえて、灯まで抱き上げられる。ヒカリには言っていないし見せていないが、兄の矜持と言うやつだ。おしゃれもしたいが、ヒカリにキラキラの目で見られたいという見栄ともいうが。
 最近はとある格闘技を習って、ヒカリにいつ、見せてやろうかなんて考えていたのだが、ヒカリはそれを知らない。



「えっ、そういう話だったっけ?」

 如何に筋肉が素晴らしいか少ない語彙で語っていた、むしろ擬音だらけの話にフィルが突っ込んだ。
 え、何の話だっけとヒカリはもう違うことに注意が向いてしまって、今は自分のリュックをガサゴソ漁っている。
 今日はいつになくパンパンだと思っていたがどうやら見せたいものがあるらしい。

 話を聞いたかぎり、よく分かんねと言うのがフィルの結論になった。
 だって俺こどもだし、触っちゃいけないところは触ってなさそうだし、服だって脱いでないし、ふっつーに寝てるだけ。に思える。それにスピカのあんちゃんはいいこと言うし、何よりヒカリが楽しそうだ。
 後、筋肉はいいよなと。


 と、また一人うんうん頷いているとヒカリがたくさんリュックの中から紙と描くものを取り出した。
 今日はお絵描きでも始めるのだろうか。 

「俺、お絵描きとか苦手なんだけど」
「え、ちがうちがう。あそびじゃなくて、えっとね」

 要約すると、できるヒカリの保護者が用意したもので何かしらの調査するらしい。
 まぁ、何かしらと言えばあの件意外にはなさそうだとは思うけど。

「まずは、これを使います」

 ヒカリが手にしたのは何やら液体の入った瓶と筆のような棒である。

「なんか書くの?」
「ううん、あのねーこれをねー」

 ヒカリは何やらブツブツ呟きながら液体を筆に付け、変質者が触れたであろうと思われる棚虫や踏み台に塗りたくり始めた。

「いいのこれ?」

 と静かに隣に立っていた、顔なじみの図書部員にこっそりと聞くとちょっとひきつった顔をしつつ頷いた。

「どうやら、ヒカリさんが言っていた証拠を取るための魔道具らしいです。セイリオスさんが作られたらしいです」

 図書部員にはこの棚虫たちには素手で触れないようどこかに置いておいてほしいとヒカリが言っており、そういう措置になっている。
 タダの一般利用者のお願いを聞く義理などはそうそうないのだが、この図書部員は犯人を取り逃がしたことをかなり悔いているみたいで、上司に了承を得る前にヒカリに返事をしていた。

 ここに持ってきて仕舞っている分の棚虫や踏み台は、他のを違う配置にしておいてあるので問題はないらしいが。

 ちらりとヒカリの手元を見ると、この数日でヒカリが言っていたヘンテコなもんを作ったらしい。
 セイリオスの方も頼れるあんちゃんだったんだなと思っていると、どうやら塗る作業が終わったようだ。額の汗を拭っている。

「でね、このね、紙をー、……こう、やって、張り付けていくの。」
「とりあえずそれ、手伝うよ」
「ほんと? ありがとーフィルッ!」

 言われた通り紙をつけていく。
 そうすると塗りつけていた液体が全部紙に浸み込んでいく。最初は赤い色をしていたのだが、紙になじむと透明になっていき変な模様が浮かび上がっていった。

「これが、『えっと、こっちの言葉で指の紋章だから』指紋です」
「指紋、この変なのが?」
「そう、よーく指見て、ほら、グルグルあるでしょ? これね、人によって違うの。あー、疑てる? ほんとよほんと」

 そう言ってフィルの指に液体を塗って紙を張り付けるとディルの指紋が採集された。見ると確かに模様が浮かんでいる。ヒカリが先ほど取ったほかの指紋と比べてみると違うような気もする。

「でね、この紙をね、光に、当てるとー、ほら透けるの! すごい? すごい?」
「透けてどうするの?」

 紙が透明になって指紋だけが浮かび上がった。

「これを重ねるとね、ほら、全然違う」
「本当だ、結構違うんだな。すげぇ」
「本当、すごいんだ! セイリオスッ」

 キラキラした目をして紙を見あげているヒカリは、とても物騒な被害を捜査しているようには見えなかった。
 本当に気にしていないのか、ちゃんとケアしてもらっているのか、どちらもなのかもしれないけど。

「でね、これね、本当にみんな違うか。疑ちゃう、から、皆の指紋欲しいの。手伝ってほしい」
「サンプル集めですね。いいですよ図書部員の皆には私から協力してもらうよう頼みますね。使い方を教えていただいてもらってもいいですか?」
「そうゆうこと。なら俺も協力するよ。犯罪者を捕まえるためには善良な市民は協力を惜しまないって」
「ありがとう!」

 ヒカリは嬉しそうにいつも持っているリュックサックから瓶と棒と紙をたくさん出してきた。
 いつもより重そうだと思っていたが、結構な量だ。

「なぁ、それ、俺たちが了承しなかったら持って帰るつもりだったのか?」
「うん、あのね。フィル優しいから、受けてくれる気が、してた、へへっ」

 頭をかきながら全然申し訳なさそうに謝ったヒカリにフィルが小突いた。

「わかってんじゃねーか」
「でしょ? でしょ?」

 ここ数日で二人はかなり仲良くなった。
 始めが始めなので今更気を使わなくて良いだろうし、近い歳の人と話せるのは久々だったので無意識にヒカリが踏み込んでいるのだ。

 更に探偵のようなことをこっそりしているのもワクワクしている。今も。

「お前さぁ、めっちゃ楽しんでない?」
「ワカッテンジャネーカ!」
「真似すんなよっ、お前は危機感がないっ」
「だって、セイリオスが作ったんだ。僕の話、きいてね」


 ある日、こんなんあるかなぁと聞けば、セイリオスが詳しくヒカリに話を聞き、なにかを考え始めた。
 考え始めたセイリオスは停止していたので、ヒカリは変なことを言っちゃったからあの事バレるかも!
  とヒヤヒヤしたのだ。


 ところがどっこい、数日してセイリオスが出してきたのがこの簡易指紋採取キットだった。
 魔力が今のところ使えないヒカリでも使える素晴らしいもので。

 そりゃ、ちょっとは自慢したくなる。

 その上、セイリオスが良い道具は作れたけれど、本当に指紋が一致しないか検証するためにデータがいるんだ。
 俺の方でも集めるけど、ヒカリも知り合いとかに頼んでデータ集めてくれないか?

 なぁんて、ヒカリに可愛く頼んでくるものだから張り切らざるを得ないのだ。
 因みにスピカからしたらいつもと変わんないけどどこが可愛いの? ヒカリの方がかわいいよと言うのだが。


 楽しんでいるヒカリは、最早目的が変わってしまっていることなど気にしていない。
 日本では今やブラックライトで指紋を探して証拠にしているけれど、ブラックライトなんてどうやって動いているかはわからず、この指紋採取だってこういうのあるかな、というヒカリの拙い言葉で導き出したセイリオスのすごさを自慢できると思ったらいてもたってもいられなくなった。

 カバンにパンパンに詰め込んでいたら朝はスピカに怒られてしまうぐらい、早くフィルに見せたかった。


 一方的かもしれなくても、友達のフィルに。



 だからさ、疑わないでよ。
 すごくかっこいい大人なんだから。



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