確かに俺は文官だが

パチェル

文字の大きさ
上 下
102 / 413
第2章

過保護になるのも仕方がない48

しおりを挟む



「話そうぜ? 辛いことも楽しいことも。俺がヒカリに言うようにヒカリも言って? でさ、一緒に寝ることでヒカリが戦えるんなら、俺は大歓迎なわけ。簡単簡単。ヒカリの可愛い寝顔みられるんなら一石二鳥だよ。もちろんおねしょしても俺は怒らない。呆れもしない。だってヒカリは俺がおねしょしたってそんなことしないだろう」

「…しないとおもう…」
「そこはしないって断言してほしいなぁ」
「絶対はほしょーできないよ」

 人間だもの。とヒカリはある朝の母と父を思い出す。
 玄関で正座している父と無言で床を拭く母と、さっさと学校行った方がいいぞヒカリ、と声を掛ける兄ちゃんを。その顔がやたら真剣だったのでスピカがどうかしたのかと視線で問うてきた。


 ヒカリは話していいものか迷ったが、保証できない理由を話したくなった。

「あのね、前ね、お父さんが、いっぱいよぱらって、玄関でおねしょしたことあったんだ。朝起きたら、お母さんにめっちゃ、怒られてた。これ、内緒ね」
「ぷっ、くくくく、それは、怒られるなぁ」
「さけはのんでものまれるな? あってる?」
「あってるあってる」

 笑いに耐えられなくなってヒカリを抱えたまま、後ろにばたりと倒れこんだスピカはくすくすと震えていて、ヒカリも同じように笑っていた。







 と言うわけで隣にはスピカがいる。
 あの後はヒカリの頭を撫でながら小さな声で歌を歌い始めた。ヒカリの額にスピカの顎があたった。時々、ヒカリを見下ろすように視線を寄こして目が合うと、その眼がにこりと細められる。


 寝転がったベッドは寝るには困らないけど、二人で寝るには少し狭くて。
 だから、ヒカリはスピカに抱え込まれて寝ている。こんな風にホールドされて寝るのは初めてな気がするなと温かい赤の瞳を覗きこんだ。ますます温かさを帯びるような瞳に心がポカポカする。



 あとスピカの胸がギュウギュウとヒカリにぶつかる。もっと固いと思ってたけど。

「スピカの胸って、なんか、気持ちいね」
「う、え、いきなり、何?」

「何か、キンニクのかたまりと思てたから、もっと、カチカチかとおもってたけど」
「けど?」
「ちょうといい、弾力っていうか。ずっとさわてても、あきが? こない」

 そうそう、何かずっと触っていたくなる感触のおもちゃを彷彿とさせるような、無限何とか的なものと相通じるものがあると思う。

「このクッション、ほしいね、てかんじ」
「じゃあ、ほら」

 そう言うとスピカがヒカリの頭を優しく抱えて胸に抱きかかえる。
 ぎゅむぎゅむと挟んできて、しまいには筋肉をぴくぴく動かすのでおかしくなってしまった。


「く、ふふふ、や、もう、スピカっ! あははは、笑かさないでっ。全然眠くならないよ!」

 両手で押しのけて顔を見上げると、スピカも笑っていた。

「今度、どうやったら動くか教えて?」
「えー、ヒカリにできるかなー」
「ははは、まずはきんにく、付けないとだ、ね」

 スピカの部屋はセイリオスの部屋と違って明るい色で統一されている。しかし物は少なげで。

「スピカの部屋は、物が少ないね?」

 ヒカリの部屋よりも少ないのではないだろうか。聞けば、仮住まいだからと言う。

「そうなの。本当の家じゃないの?」
「居候的な感じだからな。俺の家は今や物置だな」
「僕と同じだね」

 スピカはここのところ家にはとんと帰っていない。
 言った通り物置としてしか機能はしていなかった。必要なものだけをここに持ち込んだ結果、何とも寂しいのだ。

 ぎゅむぎゅむと動いていた無限ムニムニが動きを止めた。どうしたことかと、目の前にあるもりもりした筋肉からぷはっと顔を出すとスピカの瞳がヒカリを捉える。

「じゃあ、今度の休みは俺の買い物に付き合ってよ。この部屋にさ、もう少し色々置きたいんだけど今一つ決められなくてさ」
「おー、何、かうの?」
「まずはこの部屋に合う棚だな。薬を置くためのいい棚が欲しいんだよな。後は薬草を保存する棚だろう。後はラグも欲しい。ここにあったやつはちょっと趣味が合わないし」

 この部屋にあったのは元をたどればスピカのために誂えられた家具などだった。
 しかしそれは大人になる前のスピカに誂えられたものだったので、今の自分が使うにはかわいらしすぎるとも思っていた。仮住まいだと思って手を加えていなかったが、今のスピカにとってはもはや仮住まいどころではなくなっている。

 これを機に家具を買いそろえて、あわよくばヒカリとお出かけできるじゃん、俺って天才とも思っている。


「後はもう少し大きいベッドだな」
「ベッド? 小さい?」

 小さい小さい。
 一人用だから二人で寝るにはちょっと狭い。だから今、ヒカリはスピカの腕のなかに閉じ込められているのだが。

 ヒカリの形のいい頭を一つ撫でるとこちらを見上げてくる。
 腕の中に閉じ込められているとそのしぐさもしづらいだろうに、いちいち話すときに目を見上げてくる。

「スピカ、約束ね。今度の休み買い物行こう」
「やっぱりベッドはまた今度でいいかもな」

 二人の言葉が被ってしまった。

「えっ?」
「いんやー、何もないよー」


 沢山笑うと眠くならないと思っていたのにスピカの心臓の音が耳から入って自分の心臓にまで届くようで、そのリズムを聞き入っていたらいつの間にか眠っていて、いつの間にか朝だったのだ。



 スピカの胸筋は偉大だと思ったし、自分も欲しいと思った。



 もし灯が一人、心細い夜には同じように抱きしめてあげられたらいいなと思うのだ。



 灯は今、一人で泣いていないだろうか。

 それが少しだけチクリとヒカリのどこかに刺さった。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

奴の執着から逃れられない件について

B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。 しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。 なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され..., 途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。

処理中です...