確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない37

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 図書館の前で待ちぼうけを食らっていたヒカリはどこかぼんやりしていた。
 だからセイリオスが来た時も気づかずに、ふと嗅いだことのあるにおいがするなと思ったら、どこからか急いでやってきたセイリオスが隣にいた。

「待たせたか? すまんな」
「うぅん、ぼくはそんなに。でも」
「いえ、私の方は職務なので気にしないでください」


 ヒカリが見上げた先には警吏課の人が立っていた。
 難民部部長が交代の時間だとヒカリの所に連れてきた人だ。ずっと立ちっぱなしで座ってくださいと言うものの、座ろうともせずに何度目かの気にしないでくださいでヒカリもちょっと気付いた。

 仕事なのだと。
 座ってくれって、仕事を頼んだ方が言う事じゃなかったと。そこからヒカリは大人しくしていた。
 でも、やっぱり人が後に立ったままいられるのはなんだか居心地が悪いなと思った。


 実をいうと図書部員から不審者情報があったと聞いて目を光らせていただけなのだが。そんな人の就業時間を過ぎてまで待たせてしまったことにヒカリは大変恐縮した。


 お礼を言ってセイリオスの横でブランとなっている手を自然に握ると、なぜかセイリオスの眉がピクリと上がってからぎゅっと握り返された。
 早く帰って今日は残業があるというスピカのためにもおいしいご飯を作らないといけないなぁ。などと考え馬車に揺られていたヒカリはついぞ気付くことはなかった。


 セイリオスが自分をつぶさに観察していることには。



 馬車の揺れで体が少し跳ねて頭を座席にぶつけた時だった。

「ぎゃっ、『いったー』」

 そう言えばぶつけていたことを思い出し、ぶつけたところを摩ろうとしたらセイリオスがヒカリの肩を抱え込んだ。

「頭の後ろどうかしたのか?」
「あ、えと、ぶつけちゃったから、たんこぶがあるんじゃないかなぁ」
「何でぶつけたんだ?」

 ヒカリが痛がった所をよくよく見ているセイリオスには気づかれていないだろうか。ついつい目が泳いでしまうヒカリは外を眺めながら答えた。

「あの、本棚にぶつけた。ジャンプして取ろうとしたら、勢いが……」
「……踏み台じゃ届かなかったのか?」

「あー……見当たらなくて」
「棚虫は?」
「タナムシ?」
「高い本だながあるところにくっついている四角い箱みたいな形の奴だ。足がついていて数字を入れると自動で動いてそこの本を取ってくれる」
「そうなの?しらなかっ」

 面白そうな話につい、顔をセイリオスの方に向けてしまった。
 セイリオスの顔は夕日に照らされて、夏の暑さがギラギラと反射しているかのような色をしているのに。口元は笑っているのに。

 なぜか少し、悲しいような、苦しいような表情でヒカリを見ていた。

 胸がぎゅっと苦しくなる。
 嘘をついてることがばれてしまったかのような気持ちになった。
 ヒカリが後ろめたいと思ったからそんな表情に見えるのだろうか。セイリオスがゆっくりとヒカリが揺れないように体を包み込んだ。ヒカリもそれに身を委ねる。

「知らなかったか? 今度、図書部員に聞くといい。使い方も簡単だ。アイツらは風の力を利用していてだな……」

 ヒカリの頭上でセイリオスが棚虫の話をしている。
 今はどのような表情でセイリオスが話しているのか見たいような、見てはいけないような気がしてヒカリは落ち着かなかった。



 家に帰ると今日はオコジョが玄関で出迎えてくれた。

「オカエリナサイ」
「あぁ、ただいま」
「ただいまぁ」

 オコジョはそのまま去ろうとして、立ち止まり、こちらをまた見た。
 尻尾がピシーっと真っ直ぐ立って、そうしてゆっくり首を傾げる。

 そんな仕草も可愛くてヒカリも同じように首を傾げた。
 オコジョは近づき、ヒカリの周りをグルグル回りしきりに匂いを嗅ぎ始めた。

「ふはっ、ちょっと、くすぐたいっ、あっ」

 匂いを嗅いでいたオコジョはヒカリをグイグイとお風呂場の方へ押し始めた。何? どうしたの? と聞くが無言である。

「何? お風呂にはいれって、言うの?」
「オフロ、ヒカリハイラナイト」
「そんなに汚れたかなぁ」

 お風呂場の前まで来て聞くとオコジョがそんなことを言うので、ヒカリが自分の体を点検しているとオコジョがヒカリの眼を見て。

「ヒカリ、クサイ」

 と言った。

「スゴク、イヤナニオイ」

 しばし呆然として、思わずセイリオスを見るとセイリオスも驚いた顔をしていた。目が合う。

「いや、俺は何も気づかなかった。全然、本当。ずっと嗅いでおきたくなるくらい」

 などと変なことも言ってしまったセイリオスはオコジョに拳骨を食らわせていた。
 オコジョはケロッとしていたけど。


 しょんぼりしていたらセイリオスがお風呂場から出ていこうとしたので思わず、やっぱり変な匂いがしているのかと思い「えっ」と声が出た。振り返ったセイリオスはヒカリを見て笑う。

「本当に俺は匂いなんか気にしてないって。ヒカリの匂いなら何でもいいよ。それよりお風呂の用意をしてくるよ」
「わっ、本当? セイリオスとお風呂!!」
「いや、その……」

 セイリオスはヒカリの用意をしてこようとしただけだと言おうとして、やめた。
 一緒に入れることの何が楽しいかわからないが、喜ぶならいくらでも一緒に風呂に入ってやろうとセイリオスはお風呂の準備を始めた。



 ザバーッと頭からお湯を被り、セイリオスはヒカリにもお湯をかける。
 前はこんなに頻繁にはお風呂には入らなかったので完全にヒカリの影響だ。


 セイリオスが体を洗い終わって、そんなヒカリを見たところまだのようで。
 背中にこれでもかと手を伸ばし泡を広げてゴシゴシ擦っていた。


「ヒカリ、スピカに」
「わかってる、けどっ、……上手く洗えないの、よねー」

 ついついゴシゴシ洗ってしまうヒカリに、スピカがゴシゴシ禁止令を出してしまったので、ヒカリは掌に泡をたくさんのせて体を洗っているのだ。
 ただ背中だけが上手く洗えないのが難点で。


 今日は一段と入念に洗いたくて仕方ないのだ。

「……ヒカリ、洗おうか?」
「おっ! やったー! 洗ってー、洗ってー」

 と言いながら椅子を運びセイリオスの前に背中を向けて座り直した。
 そうだ、とセイリオスの手を取りそこに体用の石鹸と、網をのせて泡立て始めた。

「泡立てるのもやるから、ヒカリは他のところ洗っとけ」
「はぁーい、おねがいしまーす!」

 セイリオスの掌から出来た泡を取り言われた通り、他の部分を洗っていると背中に泡が乗る。くるくるくると小さく円を描くように、優しい力でセイリオスの大きな手がヒカリの背中を洗っていく。

「ここ、擦りすぎて赤くなっちゃったな。後で薬塗るぞ」
「えー、めんどくさい。だいじょーぶ」
「スピカが見たら……」
「うそうそ! ごめんなさい。塗るから」

 ヒカリが傷を作るとスピカは怒るし、悲しむし、貴重な能力をいとも簡単に使おうとするので、そうされるとヒカリは弱い。
 弱味に付け込むようだが、本当に嫌がってなくてただの遠慮ならしてもらいたくない保護者二人はこういう時にお互いの名前を出す。そうされるとヒカリはいいよと言ってくれる。だから二人もこれを使うときはヒカリのためになること以外は使わない。

「ほらもう綺麗になったから、終わりでいいか?」
「うん、ありがとー」

 二人でお湯に入るとヒカリがふびゃーと何とも言えない声を出す。

「今日はふびゃーか、大分お疲れだな」
「うーん、そうかなぁ」
「何かあったか?」

 ヒカリは未だにお風呂に入ると、ぐるぐる回ったりすいすいお湯の中を移動する。今日は確かに疲れた。何かあったっちゃ、あった。

 もし、セイリオスに言ったらどうなるだろう。ヒカリは怒られても全く構わない。ごもっともだと思うから。
 でも、難民部部長が怒られるかもしれない。







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