確かに俺は文官だが

パチェル

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第2章

過保護になるのも仕方がない24

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「つまり、その二つは精霊の歓迎なんだね。俺ももらったなー」



 タウは不思議そうに訳を話すヒカリにどっち付かずの反応を返す。その目は少し泳ぎながら。


 えっと確か、16歳だよね? 彼は16歳なんだよね?という目線をセイリオスに寄越すとセイリオスは静かに頷いた。
 そして首を振る。恐らく気付くまではそっとしておけということだろう。


 確かにネタバラシを大人がするのは無粋なことで、精霊に怒られることもあると言われている。
 でも、大抵の15歳は言い伝えだとわかっているし、子ども同士で話してもいる。



 もしかして、シンジテルノ? 



「あのね? タウさんはなに貰ったの?」
「えぇっと、俺はね、鑑定用の目利き眼鏡だったな」

 ねぇ、セイリオス、スッゴい根掘り葉掘り聞かれてるんだけど。
 目線で助けてほしくてSOSをだすが、面白そうな顔をしてキッチンの方へいってしまった。


 すると、ヒカリがセイリオスを目で追ってから、タウに近づく。あれ、この展開知ってるぞ。
 ちょっと耳は弱いんだけどー。


 案の定ヒカリが手で口を囲って内緒話を始めた。


「あの、セイリオス達から、何か、聞いてない?」
「な、何かって?」
「多分、精霊の歓迎、嘘だと思って」




 それを聞いたタウはあっ、よかった、と安堵した。
 そうだよな? まさか信じてる16歳がいるなんてことないよな?
 そうだよ、あれは、二人が用意したに違いないよと言おうとしてふと止まる。




 ドキドキしながら続きを聞いてみる。





「何が嘘なの?」
「たぶん、二人がお願いしたから、だから、セイレイが送ってくれたと思う。違う?」




 ちがーう、むしろあいつらが精霊ー! 腹筋に力をこれでもかと込めて息を吐く。
 信じてる! だめだよ、これは。疲れ切ったおじさんにはちょっと荷が重い。


「どういうこと?」


 早く戻ってこい。
 セイリオスまたはスピカ!! こんにゃろう! ヒカリはちょっと寂しそうな顔をして下を向く。



「あのね、まず、時期が変でしょう? 僕が来たのはずっと前なのに、今歓迎されて。なんでかわからない」
「ふんふん、で?」

「あとね、僕、洗礼受けてない……。だから精霊さんとは、お知り合い、じゃないの」
「ほうほう、で?」

「あと、ぼく、迷惑かけてばっかでしょ? そんな人、歓迎するかなぁ?」


 また床に座ってしまったヒカリは、机の上にだらんと凭れ掛かった。
 机の木が冷たくて気持ちいいのだろう。本当はまた込み上げてくるものがあったから冷たいものに触れたかっただけなのだ。


「だから、お知り合いの、二人が、頼んだ。ヒカリが欲しかったものも、その時に言って、ね。もしかしたら、買って、ね、精霊さんに渡してくださいって、言ったのかも」

 自分の頬の下の机を横目で見ながらそう言う。


「そっかぁ、あのさ、精霊はさ。本当に気まぐれなんだよ。晴れてるのに雨が降るのもそうだし、窓も開けていないのに風が通ったような気がするのもそうだし。だから、深く考えなくていいんだよ。間違ってても怒らないの。彼らは。気まぐれなんだから」
「そうかなー」



「そうだよ。ヒカリ。また精霊のこと考えてるの? お祝い返しなんてなんでもいいんだよ」


 そこでようやくやってきたスピカが話に加わった。どうやらお風呂に入っていたようだ。

「うん、そうだねぇ……。タウさん、話聞いてくれてありがとー。絵、描けたら渡すね? ……ふぁー」
「ヒカリそろそろ、寝ようか?」

「うん、わかった。タウさんお先に失礼します。おやすみなさい。スピカもお休みぃ」

 セイリオスが後ろから着いて行きながらヒカリは自分の寝室へと向かっていった。



 スピカは棚からあのアルコール度数のひっくいお酒を出して飲み始める。
 そしてタウにも一杯。ゴクリと飲むとぬるい温度で喉を通っていく。それを見てスピカがキッチンへ行き、氷を持って戻ってきた。
  

「あ、ありがとう」
「まぁまぁ、飲んで飲んで。ヒカリの話に付き合ってくれたんだから」
「いやぁ、楽しいから全然。嫌な上司の話のウン十倍面白いからいいんだけど、あっ、ていうかヒカリくんはどこまで信じてる感じなの。精霊の話」


 待ってましたとばかりにスピカが前のめりになる。そこでようやくタウは自分の役割を悟った。


「もしかして、俺、いいように使われたり?」
「もしかして何か言わないかなーと思って」

 ちょっと面白くなかったので、酒を見ながらつぶやく。

「疑ってたよ」

 そう伝えるとえっ、と残念そうな顔をする。

「やっぱり、わかるよな。精霊の本当の正体」
「本当の正体って、それほどもったいぶるようなものでもないだろう。ばれないほうがおかしいだろう」


 戻ってきたセイリオスが床に直に座る。先ほどヒカリが座っていたような位置だ。




「じゃなくってさー、自分が歓迎されるってことを疑ってたよ。あの子、変なところ、自信ないよな。」


 その後、ヒカリには特に口止めされていなかったのでぺらぺらと話した。話すうちに大人の顔が険しくなった。


「そもそも何で普通に贈り物あげなかったんだよ。変なことして、せめて洗礼終わったらまだ何とかなったかもしれないのに」
「それはだな……。あの噂の一件以来、ヒカリはあんまり物を受け取ってくれない。食べるものも少し減って来てて」

 スピカが手帳を持ってきた。
 中はヒカリのカルテだ。確かに体重は少しづつ落ちている。食べる量も減っている。これは細すぎるな。

「あの噂以前に少し、ヒカリを傷つけてしまって。その上、あの噂で。何だか変な距離がふとあるんだ。立ち入らないでくれって言われているような」

「まぁ、まったくの第三者の方が言いやすいこともあるだろうな。じゃあ、いっそのことそういう事にしようか。なんかお前ら、だいぶヒカリくんの中ですごくいい人認定されてるからさ。その説で行こうじゃないか」

 俺に任せておけとタウが言った数日後、絵が完成したヒカリとタウがまた内緒話をした。
 驚いたようなヒカリがその後、頬を染めてにこにこしていたことから作戦は成功したことが分かった。





 ヒカリは大人たちの予想通り精霊の存在を信じていた。
 日本からやって来て、魔法を見せられた後だ。そうなったらもちろん精霊もいると言われたら疑う事なんてしない。

 わぁ、やっぱりいるんだと思ったぐらいだ。



 そんなヒカリは自分が異分子だとはっきり自覚している。
 この世界にはもともといなかったものだ。こちらに来るときに誰かに、何かに説明されたわけでもない。つまり来て欲しくて招かれたわけではないという事だ。



 そんなものを歓迎するか? よほどのいい人ならありうるだろうか。



 そして疑問に思ったときにセイリオス達が歓迎してるに違いないと自信を持って言うものだから、そう考えてしまったのだ。

 セイリオス達が精霊に頼んだのではないかという事を。


 だから、欲しいものも知っていたのではないだろうか。


 貰ったものは本当に嬉しかった。
 すごく素敵で、やっぱり間違いだったから返してほしいと言われたら返すけど、すごく悲しくなるだろうと思う。


 だからもやもやした気持ちを紙に書いて箱にしまった。日本語で書いていたら誰に読まれる心配もないからだ。



 ヒカリがもしこの世界に招かれてやってきたとしたら、あんなことになるだろうか。
 ヒカリがこの世界に来たことに最初から気付いていたら、あんなことにはならないんじゃないか。
 ヒカリが歓迎されていたら、どうして自分がここにいるか教えてくれるんじゃないか。



 考えれば考えるほど、腑に落ちない。
 そして考えれば考えるほど嫌な想像が頭をよぎる。



 この世界に来てから自分は、すごく弱くなってしまった気がする。

 こんな自分を見たら灯は幻滅するかも。
 兄ちゃんが見たら、甘えんぼだなぁと言って笑うかも。

 どうしてか弟としての自分ばかりが出てきているようですごく困る。もうお兄ちゃんとしての歴史は長いほうだと思っていたのに。

 また勘違いしたら、さすがに立ち直れない気がするのもある。

 また帰る場所があるなんて思ってしまってから、ここは違うんだと。温かすぎて勘違いしたくなる気持ちが日に日に増していく。




 多分帰る場所なんて今のヒカリにはどこにもない。
 だから一人で生きていかなければならないのに。



 結局はそこが大きいんだと思う。





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